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前菜 開店準備に大車輪!
第1話 血塗れ乙女亭の模範的光景
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はあ、やれやれ……
今日もわが血塗れ乙女亭はやかましい。
ウェイトレスにちょっかいを出した客がそのウェイトレスに殴り飛ばされ踏みつけられて蹴り出されたし、酔っ払い同士が喧嘩を始めればうちの用心棒にまとめて捻り上げられて叩き出されたし、昼には宿泊客から隣の部屋で盛ってるカップルがうぜえと苦情がきて盛り場へ乗り込んだホテル係に女がなびいてしまい即興の修羅場と化したし、今は今でここがどういう場所か知らないよそ者の馬鹿がメニューにいちゃもんをつけてるし……
ちなみにうちはこれでも真っ当な宿つき飲食店だ。毎日午前十一時から翌午前一時まで営業してやってくる客に最高の……とはまだいいがたいが、いずれは最高のサービスを提供できるようになるべく日々精進しているし、開業間もない新興店とはいえかなりの広さと設備を備えていて人員だって揃ってる。
吹き抜けの一階はすべてが店舗で二階から三階が宿、四階が住み込み従業員用の住居で、五階が経営者たるおれと身内のプライベートエリア。もちろん浴場もトイレも馬小屋だってついてるし、地下には広い食料庫だってついてる、どこからどう見たって完璧に真っ当な店だ。
……少なくともそうあろうと心がけているんだ、うん。
ただなあ、日も暮れようというこの時刻に、
「なんだって酒場に甘味ばかり置いてあるんだ、ここはお菓子屋だったのか!?」
と大声でのたまくのは、うちでは超イケイケの自殺志願者にしかならないんだ。
その証拠に、見ろ、従業員や常連客が一斉に凍りついたじゃねえか。
酔客もその奇妙な雰囲気には気づいたらしい。
「おい、なんだよ、いきなり静まり返りやがって。なんか変なこといったか?」
「ええ、いったわね」
応える者が、一人。
厨房から食堂へと続く従業員専用通路を音もなく進み出る女。
光の加減で青白くも黄金にも見える長い銀髪だけが彼女を動的存在だと示すかのように揺れて、店内の視線を釘付けにする。
ただ単に彼女の美しさに目を奪われたやつも中にはいるだろう。輝く長い銀髪に、憂いと情熱を同居させたような赤黒い瞳、白磁のような白い肌は凹凸の目立つ女らしい柔らかな曲線を描き、色気もくそもない調理服がむしろ彼女本来の妖艶さを際立たせてしまっている……
顔の造形にしても体型にしても、高名な芸術家の女神像だって裸足で逃げ出すに違いない。そういう美女なのだ、アレは。
見た目だけは。
だが、アレがどういう存在かをよく知る者たちは、一瞬の間を置いて一斉に店の隅まで避難した。
「飲食店がスイーツを出してなにが悪いっていうのかしらァァ――ッ!!?」
怒れる女が赤いオーラをまとったかと思うと、そこから槍のような赤い棘が無数に飛び出し、無知な客を襲った。
ああ、今日もまたわが店に血の雨が降ってしまった……
彼女、クレア・ドーラの怒りによって酔客は文字どおりの血塗れとなり、死ぬ寸前まで血液を搾り取られた干からびた姿で(ついでに財布を奪われて)外に放り出されたのだった。
もうおわかりかな?
そう、彼女、クレア・ドーラはヴァンパイア。
ここは人間とヴァンパイアが共同経営する宿つき飲食店で、言葉どおりの意味で死ぬほど甘い物が好きな彼女の気に触れたら容赦なく血祭りにあげられることで有名なお店。
おれとしてはもっと穏やかにやっていきたかったんだがなあ。
まあ無理か!
なにせ開店するまでこの町でさんざん暴れ回ったしな!
おれたち何人殺したっけ?
お互い今さら人を殺しておいて罪悪感に苛まれるような経歴の持ち主じゃないしな。
だいたい全部やつらが悪い。おれたちはできるだけ穏やかに慎ましく商売をしたかったのに、ここのやつらが邪魔をするから……
「あなた、口直しのキス」
と、クレアが真っ赤に染まった唇を突き出してきた。
「血の味のするキスなんぞ一度味わえば充分だ。風呂に入ってこい」
「あっ、思いついたわ! ブラッディー・キスっていう真っ赤なお菓子を新しく出しましょう! ベースはなにがいいかしら、やっぱりトマト? いいえ、トマトに砂糖は合わないからここはイチゴね!」
全身血塗れ状態でおれに抱きつくからおれまで血塗れになっちまったじゃねえか、こいつめ、いつもいつも……
まあともかく、こいつが店名の由来になっていることはお察しのとおり。
まったく、この数ヶ月でおれの人生は随分と様変わりしちまったもんだ。色々あったんだぜ、本当に色々と……
今日もわが血塗れ乙女亭はやかましい。
ウェイトレスにちょっかいを出した客がそのウェイトレスに殴り飛ばされ踏みつけられて蹴り出されたし、酔っ払い同士が喧嘩を始めればうちの用心棒にまとめて捻り上げられて叩き出されたし、昼には宿泊客から隣の部屋で盛ってるカップルがうぜえと苦情がきて盛り場へ乗り込んだホテル係に女がなびいてしまい即興の修羅場と化したし、今は今でここがどういう場所か知らないよそ者の馬鹿がメニューにいちゃもんをつけてるし……
ちなみにうちはこれでも真っ当な宿つき飲食店だ。毎日午前十一時から翌午前一時まで営業してやってくる客に最高の……とはまだいいがたいが、いずれは最高のサービスを提供できるようになるべく日々精進しているし、開業間もない新興店とはいえかなりの広さと設備を備えていて人員だって揃ってる。
吹き抜けの一階はすべてが店舗で二階から三階が宿、四階が住み込み従業員用の住居で、五階が経営者たるおれと身内のプライベートエリア。もちろん浴場もトイレも馬小屋だってついてるし、地下には広い食料庫だってついてる、どこからどう見たって完璧に真っ当な店だ。
……少なくともそうあろうと心がけているんだ、うん。
ただなあ、日も暮れようというこの時刻に、
「なんだって酒場に甘味ばかり置いてあるんだ、ここはお菓子屋だったのか!?」
と大声でのたまくのは、うちでは超イケイケの自殺志願者にしかならないんだ。
その証拠に、見ろ、従業員や常連客が一斉に凍りついたじゃねえか。
酔客もその奇妙な雰囲気には気づいたらしい。
「おい、なんだよ、いきなり静まり返りやがって。なんか変なこといったか?」
「ええ、いったわね」
応える者が、一人。
厨房から食堂へと続く従業員専用通路を音もなく進み出る女。
光の加減で青白くも黄金にも見える長い銀髪だけが彼女を動的存在だと示すかのように揺れて、店内の視線を釘付けにする。
ただ単に彼女の美しさに目を奪われたやつも中にはいるだろう。輝く長い銀髪に、憂いと情熱を同居させたような赤黒い瞳、白磁のような白い肌は凹凸の目立つ女らしい柔らかな曲線を描き、色気もくそもない調理服がむしろ彼女本来の妖艶さを際立たせてしまっている……
顔の造形にしても体型にしても、高名な芸術家の女神像だって裸足で逃げ出すに違いない。そういう美女なのだ、アレは。
見た目だけは。
だが、アレがどういう存在かをよく知る者たちは、一瞬の間を置いて一斉に店の隅まで避難した。
「飲食店がスイーツを出してなにが悪いっていうのかしらァァ――ッ!!?」
怒れる女が赤いオーラをまとったかと思うと、そこから槍のような赤い棘が無数に飛び出し、無知な客を襲った。
ああ、今日もまたわが店に血の雨が降ってしまった……
彼女、クレア・ドーラの怒りによって酔客は文字どおりの血塗れとなり、死ぬ寸前まで血液を搾り取られた干からびた姿で(ついでに財布を奪われて)外に放り出されたのだった。
もうおわかりかな?
そう、彼女、クレア・ドーラはヴァンパイア。
ここは人間とヴァンパイアが共同経営する宿つき飲食店で、言葉どおりの意味で死ぬほど甘い物が好きな彼女の気に触れたら容赦なく血祭りにあげられることで有名なお店。
おれとしてはもっと穏やかにやっていきたかったんだがなあ。
まあ無理か!
なにせ開店するまでこの町でさんざん暴れ回ったしな!
おれたち何人殺したっけ?
お互い今さら人を殺しておいて罪悪感に苛まれるような経歴の持ち主じゃないしな。
だいたい全部やつらが悪い。おれたちはできるだけ穏やかに慎ましく商売をしたかったのに、ここのやつらが邪魔をするから……
「あなた、口直しのキス」
と、クレアが真っ赤に染まった唇を突き出してきた。
「血の味のするキスなんぞ一度味わえば充分だ。風呂に入ってこい」
「あっ、思いついたわ! ブラッディー・キスっていう真っ赤なお菓子を新しく出しましょう! ベースはなにがいいかしら、やっぱりトマト? いいえ、トマトに砂糖は合わないからここはイチゴね!」
全身血塗れ状態でおれに抱きつくからおれまで血塗れになっちまったじゃねえか、こいつめ、いつもいつも……
まあともかく、こいつが店名の由来になっていることはお察しのとおり。
まったく、この数ヶ月でおれの人生は随分と様変わりしちまったもんだ。色々あったんだぜ、本当に色々と……
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