ここは血塗れ乙女亭!

景丸義一

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主菜 ただいま営業中!

第60話 懲罰の道

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 この日、おれは何度目かになる月に一度の定例訪問を受けていた。こっちが習慣にしたくてやってるわけじゃないんだが、向こうがしつこくやってくるんでな。それに話すことはいろいろある。
 その相手とは、ボロ教会の司祭レイル・キナフィーだ。
 うちで孤児を引き取って以来、こいつは義理を重んじてか毎月必ず一回はおれに会いにきては子供たちの様子を確かめ、些細な街の噂話なんかを置いて行ってくれる。
 最初はあまり仲良くなれそうにないと思っていたが、なんのことはない、リエルが気に入っただけあってあいつと同様の頑固者だ。筋は最後まで押し通し、筋の通らないことが大嫌い……その点ではゼルーグもヒューレも同類だな。
 しかし、毎回懲りずに同じ話題を取り上げるのはどうにかならんもんかな。やるにしてもやりかたってもんがあるだろう……
 最初に本人がいっていたとおり、こいつは政治にも社交にもまるっきり向かないな。
「リトレ家の件ですが……」
「またそれか……」
 このやり取りもこれで何度目だったか。
「そろそろ赦免なさってはいかがですか? 彼らとて望んで悪事に手を染めたわけではありません」
「そんなことはわかってる。望む望まないに関わらず罪の大きさが度を越しているのが問題なんだ。おれたちが許したところで市民は許さない。あの親子によっていったい何人の市民が殺されたと思うんだ」
「だからといって贖罪の機会さえ奪うというのはあまりに無慈悲というものでしょう」
「憎悪の視線を向けられながら生きる以上の贖罪もないと思うがな。そっちの勧誘はどうなんだ?」
 答えはわかっているが、最近おれはこいつとのやり取りの中でひとつのかすかな楽しみを見出している。
 それは、キナフィーにとって答えたくない答えのわかりきっている質問をしたときに、ほんの少しだけ、不愉快さを噛み殺したように歪める表情を引き出すことだ。
「エストさんも熱心に説いてくださっていますが、なんとも……」
「そりゃそうだろう、ゼレス教によって国を追われたも等しいからな」
「あなたはどちらの味方をしているんですか」
「どっちの肩ももつ気はない、知ってるだろ」
「しかし、アランさんは毎日憎悪の目に晒されながらも、ときには暴力を振るわれながらも、自らの境遇を受け入れ耐えておられる。それに幼い息子にはなんの罪もないというのに……」
「頑固な一家だな、まったく」
 おれは、孫だけは許してうちで雇ってもいいといったんだ。しかし当の孫がそれを拒否した。「父の罪は私の罪、父の栄誉は私の栄誉」と、ガキらしからぬことをいって。
 根性があるのはいいが、この町でその理屈はもはや通用しない。通用させない。本人の罪は本人の罪だし、本人の栄誉は本人の栄誉、どちらも家族といえど他人には関係ないものだ。
 おれ自身ももともとそういう社会で生まれ育っているから、この毒から抜け出すには時間がかかることもわかってる。
 だから、放置なんだ。
 本人たちにも償う意思があり市民も商工会への恨みをすぐに消せるわけではない以上、ある程度までは時間に任せるしかないだろう。

 そこへ、新たな客を連れてリエルがやってきた。
「ルシエドさま。サリエリ家のユストゥス・ジルベールどのがお越しです」
 誰だっけ、と顔を見て思い出した。護衛隊長だ。あの目鼻立ちのはっきりしたちょび髭面は一度見たら忘れないな。
「失礼します、ルシエド卿。今日は私個人としてお願いがあって参りました」
「では、私はこれで」
 去り際を得たキナフィーもリエルと一緒に帰ろうと踵を返した。
「不躾で申し訳ないが、リトレ家のことでお話が」
 意外な名が飛び出してきて、キナフィーの足がとまった。
 なにやら面倒なにおいがしてきたぞ……
 せめて先客が出て行ってから切り出せばいいものを……
「失礼ですが、あなたはリトレ家の方々とご面識が?」
 おそらくキナフィーはキナフィーでおれとは逆のにおいを嗅ぎ取ったに違いない。優秀な戦士ってのは流れに敏感だならなあ……
「おや? これは意外な……ゼレス教の司祭さまですか。ええ、私はかつてジャカーロ・リトレ氏に師事したことがありましてな。先ほど偶然お見かけし、話を聞いた次第で……」
「リトレに師事? なにを?」
 きな臭いな、おい。
「や、まあ、任務遂行における心得などを少々……」
 やっぱり……
 本当にこいつら、護衛に使える技術はなんでも取り入れるんだな。くそ、厄介な繋がりが出てきちまった。
「ではユストゥスさんも、リトレ家の方々の窮状を憂いて直談判に?」
「さようですが……あなたも?」
「意外に思うでしょうが、私個人は中央とは一切関係ありませんので」
 一切って言い切る当たり、こいつの性格がわかるな。
 ユストゥスはじっとキナフィーを見て、首を振った。
「いえ、まさかこんなところに他にも同志がいるとは思わなかったので」
 なにが同志だ、くそ、こいつら、もう手を組みやがった。
「ルシエド卿、リトレ家の者たちがこの町でなにをしたのかは、おおよそ見当がついております。そしてなにゆえ現在のような境遇に置かれているのかも」
「それはつまり、なぜおれが許さないかを承知しているということだな?」
「はい。ですから、贖罪の別の方法を提案したく」
「ほう?」
「ジャカーロどのとアランどのが法に詳しいことはご存じですか?」
「そりゃあ、刑吏だったんだから多少は知ってるだろう」
「いえ、多少どころではありません。彼らはれっきとした専門家です」
「なに?」
 それは初耳だぞ……
 キナフィーを見やると、向こうはもっと驚いていた。
「とくに息子のアランどのは刑吏の現状を嘆き、いっそのことはっきり司法の構造に組み込むべきだと考えておられた。このあたりの国々ではまだ抵抗があるでしょうが、大陸東部などでは刑吏は法の番人として尊敬を集める職業なのです」
「そいつも初耳だ……刑吏が法の番人?」
 おれの国では思いっきり差別の対象だったぞ。やつら自身も陰気で媚び売りでそのくせ金回りがよく裏社会との繋がりが深かった。嫌われて当然の存在だったんだがな……
「この町は現在、法整備、とくに訴訟が滞っていると聞いております。彼らに罪を償わせるのであれば罰を与えるのではなく、社会に貢献させてはいかがでしょうか」
「素晴らしい。是非そうなさるべきです、店長」
 今やこの町一番の嫌われ者であるやつらが、法に関わる……それを、市民は受け入れるか?
 そりゃあおれがいえば堂々と文句をいうやつはいないかもしれないが、むしろ法に不和を持ち込むことになりはしないか?
 それにそろそろ領都から市長の息子が赴任してくる手筈になってるし、そっちの意見も聞かないことにはな……
「しかし、やつらはなんでそれをいわなかったんだ? この町が必要としているのはわかってたはずだろう?」
「ルシエド卿、あなたの口からその質問が出てきたことに私は感激しております」
「はあ?」
「忌み嫌われる刑吏が法に口を出すことに不快感を示さない者は、おそらくこのあたりの国にはいません。ですが、あなたはそうお尋ねになった。なぜいわかった、と。それはあなたが、刑吏に対してもリトレ家に対しても、本当は悪意をおもちでないという証拠です」
 おれ、揚げ足を取られてる……?
 悪意がないわけじゃないはずなんだがな……
「店長、どうでしょう。一度アランさんとそのあたりについて話し合ってみては?」
「ううむ……」
 本当に専門家であるなら、確かに今は喉から手が出るほどほしい。
 しかし本当かどうか、会って話をしてみなければわかるはずもない、か……
「いいだろう」
 今日は夜までデスクワークの予定だったし、向こうはどうせそのへんで馬糞拾いでもやってるだけだろうから、今から会ってはっきりさせてやろうじゃないか。
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