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主菜 ただいま営業中!
第55話 真紅の悪魔の真骨頂?
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「シャルナくん、きちんと用意してくれているだろうね?」
男爵はクイクイと手招きして、シャルナにある物を要求した。
「ええ、用意してますよ……」
シャルナのほうは心底不本意そうに渋々それを差し出す。
商業ギルドの登録証明書だ。
特定の店舗を構えるすべての商会・商店・商人は必ず商業ギルドに登録しなければならず、これに反する者には社会的な制裁が加えられる。
……バリザードでいうと、ウチからだな。
そういううちとて当然登録してあるし、商工会を潰しに行ったときにやった工作にもこれが含まれていた。
いやー今となっては懐かしい話だ。まだ一年も経ってないのにな。
んで、結局こののらねこ工房はピリム・シャルナ・マッツォーリ男爵の三人による共同経営という方針でのらねこ商会として立ち上げることに決まり、その書類に不備がないかを男爵は確かめたかったわけだ。さすがにシャルナも男爵の名を弾くなんて無駄な嫌がらせはしないだろう。どうせあとから追加できるんだし。
「うむ、問題ない。それでは経営者の一人としてラファロ卿に頼みがある。わが商会の商品を宣伝するための絵を描いてはくれまいか?」
「引き受けたッ!」
「はやっ!」
とはシャルナ。
「報酬は一枚につきこれくらいでどうだろう?」
男爵は左手で右手を隠してラファロにだけその内側を見せた。
指が何本立ってるか知らんが、きっとおれが考えてるより桁がひとつかふたつは大きいんだろうな。どうせとっくに打ち合わせ済みなんだろうが……
「いや、男爵。すまないが予定は変更だ」
「なにっ!?」
意外な展開。どうせなら断っちまえ。
「なにが不満なのかね!?」
「むしろ逆だ! そんなにもらっては申し訳がない!」
ラファロはバサッとマントを翻し、再びクレアの前に跪き胸の前で手を組み合わせた。
「この絶世の美女を好きなだけ描いていいだなんて、これほどの破格の条件をつけてもらいながら金までもらうなど、そのようなあさましき真似は私の美意識が許さない!」
おい、誰が好きなだけ描いていいだなんていった。
「ああ、美しい。結婚してくれ」
なんという既視感……
なんて思ったときには天才画家は地べたに這いつくばっていた。
なんでだろうなあ?
「ゴホン、ラファロくん、彼女は既に結婚していてだな……」
きっと初対面の失態を思い出したんだろう、領主が気まずそうにおれをチラチラ見てくる。
無駄に上背あるくせに背中を丸めて上目遣いをするな、気色悪い。
「承知していますとも……」
ラファロのやつは、領主よりよほど根性が据わってた。
「承知していても、なおッ! この美を手中に収めずにはいられないッ! それが、美の求道者なのだッ!」
そんなに強く殴った覚えはないんだがふらつきながらもしっかり立ち上がり、まるでさらわれた姫を取り返さんとする勇者のように決然と言い放った。
ただし顔面は鼻血で真っ赤。
「とはいえご主人、大変失礼をした。私の美への探究心がそれほどのものであるという意味でどうかご理解いただきたい」
今度はしっかり礼儀を守ってぺこりと頭を下げる。
妙に憎めないやつだが、はっきりいおう。
……一番面倒なタイプだ。
「それではラファロくん、報酬はどうするのかね?」
「金銭に関しては格安で引き受けましょう。その代わりといってはなんですが、少々みなさんに協力していただきたいことが」
「なにかね?」
「まず、この町でわれわれが拠点とするための家を見繕っていただきたい。宣伝用の絵ということは当然商品カタログも出版して国内外に流通する。となれば無数の絵が必要であり、出版のためにはなにより版画が必要だ。そのための道具はすでに持ち込んだが、いかんせん量が膨大でしてね」
「それに関しては店長どのがお詳しいと思うが……」
一斉に視線がおれに集中する。
「そりゃまあ、この町の不動産はだいたい把握してるが……一二人で生活できる家ってことだよな?」
「もちろん」
「だったら、元商工会幹部の屋敷がそのまま残ってるが……」
「よし、買おう!」
「は? 買う?」
「そう、買う」
「いや、貸し出しもできるんだが……」
その屋敷はおれがストックしている物件じゃない。今回のように身分の高い者が訪れたときの接待などに使えるよう幹部の屋敷はすべて市に任せてある。ちなみにどれも敷地面積でいえばうちの店よりも広い。
「先ほどぐるりと町を見て回ったのだが、私はこの町が大変気に入った。なんとも活気溢れる、まるで新時代の到来を予感させるような明るい町だ! それにきっと長いつき合いになると思うのでね……!」
いいながら、またまたクレアに熱視線を送る。
送られてるほうはまーだお菓子を貪ってやがるけどな。
「そしてもうひとつ。私のモチベーションのために絶対に必要なことだ」
ここにきてようやく、ラファロの顔が職人のそれになった。へっぽこ領主より断然いい顔できるじゃねえか。
「この町のすべての美男美女を紹介してくれたまえッ!」
……ズコーッと滑稽劇のオチのようにずっこけたのは、シャルナただ一人。
おれはもう、呆れて微動だにもできなかった……
ちなみに本来なら話の中心にいるべきピリムはここまで完全に蚊帳の外。
「店長夫妻も然り、先ほど店にいた金髪の青年も然り、熱心に布教活動をしていた宣教師も然り、娼婦と思しき美女の群れも然り! この町は実に恵まれている、まるで宝石の展覧会ではないか! というわけで男爵。仕事はしよう。しかし仕事以外でも私は描きたいものを描く、そのための材料を提供してほしい」
「よし、契約成立だ!」
「勝手に決めるなっ!」
ついにシャルナが動いた。
「そもそも経営責任者は私ですっ、だから最終決定権は私にあるんですっ!」
「なにをっ!? ラファロを動かしたのは私だぞ!」
「それでも決めるのは私です!」
「ハッ! まさかまた私から才ある者を横取りしようというのではあるまいな!?」
「ふんっ、いけませんか?」
ああ、シャルナよ……
やはりおまえも商人か……
「そもそもっ! まだ本来の主役である商品をちゃんと見てもらってないんですから!」
「そういえばそうだった、私としたことが」
「あ、出番?」
とここでようやく工房の主が発言。
どうやら蚊帳の外を自覚してオフェリアと製品チェックをしていたようだ。
「にっしっし……ついにきちゃいましたか、この不遇の天才ピリムちゃんが成功した天才のドギモをヌく日が……!」
なにが天才だ、おまえら揃って変態だ。
「そんじゃあとっておきのファッションショーとイッちゃいましょーっ! クレアさんカモーン!」
「おい、まさかクレアに着せる気か!?」
「だってモデルじゃん」
「いやっ、それはそうだがっ……」
「ダーリンっ、楽しみにしててね!」
「待てっ、どんなのをっ……」
行っちまいやがった……
せめて少しでもまともな服を選んでくれと願いながら待つこと一五分。
「モノども控えぇ~い! われらが姫のお出ましなるぞぉ~!」
仕種まで芝居じみたピリムに導かれて戻ってきたクレアは、無言でこの場の全員を圧倒した。
ただただ美しかったのだ。
元がいいのをよく知っているおれですら、感動のような感覚に全身を支配され言葉がなかった。
クレアが着ているのは深い青色で統一されたドレス。
まともだ。
どう見てもかなりまともな格好だ。
きちんと襟も袖もついていて胸元のスリットもまったく深くない。上下も繋がっていてドレスと同色の長手袋までしている。
一般的に貴族の女が着るドレスよりはだいぶシャープで体のラインがはっきりしており、上半身は左、下半身は右側が白い刺繍で逆が黒い刺繍というシンメトリーを無視しているあたりがピリムらしいが、それでも驚くほどまともで、美しかった。
ちらりと周りを見やると、領主たちは早くも涙を流していた。
「こんなモンで満足してもらっちゃあ困りまっせお客さん! このドレスのスゴイところはこっからだーっ!」
いって、ピリムとオフェリアがクレアを左右から剥き始めた。
「おいっ!」
とめる間もなく、それは外された。
なんと、ドレスは二重構造になっていたのだ。
外された上着には襟と袖、そして白い刺繍が施してあった側が含まれている。
となれば当然、残ったのは黒い刺繍が施されている上半身の右と下半身の左になるわけだが、こいつが……
こいつが、毒だった……
やりやがった……!
「ブホォーゥッ!」
ラファロは耐えきれずに本日二度目の鼻血を噴いた。
それもそうだろう。残された下のドレスは、右肩から左足へと流れるように斜めに伸びた形で、左肩から胸元にかけて、右足にいたってはほぼすべてが丸出しの状態なのだ。
最初は白の刺繍がやや目立つ形で高貴なお姫さま感を演出していたが、上着を取ってみると残ったのは青と黒。露出度も格段にアップで清楚から妖艶に早変わりだ。
……ついでにいうと、胸元に光っている赤い宝石のネックレス。あれは確か最初に領主が貢いだやつだった気がするがまあどうでもいいか。
「ブルァ~ヴォオォォ……!」
男爵も魂を抜かれたような面をしているが、こいつの場合は服と中身、どっちのほうが高評価なんだろうか。
「さっ、次イクよーっ!」
まだあんのかよ……!
再び待つこと、十分。
「今年の夏、イケてるオンナはコレで決まりっ!」
再登場したクレアは、ドレスとは打って変わってなんともラフな格好をしていた。
しかしあの上着……
なんなんだ、あれは……
黒革なんだろうが、チュニックというにはあまりに短すぎる。下半身丸出しどころかへそまで見えてる。しかも前はボタン留めなんだが、上半分はクレアの胸がデカいせいか閉じられていない。いや、これは絶対わざとだろ!
「この上着はジャケットといって、某国の軍服を参考にしてみました~!」
それはいい。
そのジャケットとやらの中に着ている服まで短いのはなぜなんだ。
「だいたいおまえ、それは男物だろう」
なぜなら、下がズボンなのだ。しかもなぜかやけにダボっとしていてポケットが多い。
「相変わらず店長さんは考えが古いねェ~! イマドキ女だってズボンくらい穿きますトモ! ヒューレちゃんだって穿いてるじゃん!」
「いや、あれは軍装であって……」
「戦う女、働く女には動き易くて丈夫なズボン! あったりまえでしょっ!」
だとしてもへそ出しの必要はないだろ!
「さあさあ、ノッてきたところでジャンジャンいくよーっ!」
……その後も、おれたちはピリムの自信作を何度も見せつけられ、二回に一回はラファロと領主と男爵が鼻血を噴き、そろそろ貧血で倒れるんじゃないかと思っていると、トドメとばかりにピリムは最終兵器を繰り出してきやがった……
「オトコどもよ、平伏すがいいっ!」
それは、ピリムの普段着によく似ていた。
下は、そう、恐ろしく裾の短いズボン。どれくらい短いかというと尻の肉がはみ出るくらいだ。ついでに股上もアホほど短く下腹部が大事な部分以外完全に見えちまってる。
しかも、だ。
腰からはなにやら黒い紐が……
「ぴっ、ピリムちゃん、それって……」
さすがのシャルナも顔が真っ赤だ。
「ウン、紐パンの紐」
コイツ、なんてこと考えやがる!
ただでさえ下着なんて破廉恥なのに、紐で結ぶ下着だと!?
その紐一本引っ張るだけで脱がせられる下着だとおッ!?
「ブフゥーッ!」
スケベ三人が同時にノックアウトされた。
ナニを想像しやがった、てめえら……
と、怒りに燃えたおれだったが、視界の端に入った他の連中が律義に顔を背けていたのに少し感心して落ち着きを取り戻すことができた。
が、それもクレアに向き直るまでのこと。
「おまえっ、それ!」
「ん?」
クレアが着ている上着は(上着か?)、極限まで細くした肩紐と、もはや胸だけしか隠していない薄っぺらい布。
その布が描く双丘の頂上にはぴょこんと頭を出したような突起がふたつ……!
「わわわっ、クレアさんっ、なんでブラジャー着けてないんですかっ!?」
「だって暑いんだもん~」
おれもとうとう眩暈を抑えきれず、テーブルに手をついてしまった……
そのときなにか踏んだような気がするが気にしない。
その足元の隣から、最後の力を振り絞るかのようなか細くも真に迫る声が聞こえた。
「た、頼む……なんでもいうことを聞くから……私に女神を描かせてくれぇ……!」
こうして当代一の天才画家ラファロ・ヴィンチは、のらねこ商会と奴隷契約を結ぶのだった……
男爵はクイクイと手招きして、シャルナにある物を要求した。
「ええ、用意してますよ……」
シャルナのほうは心底不本意そうに渋々それを差し出す。
商業ギルドの登録証明書だ。
特定の店舗を構えるすべての商会・商店・商人は必ず商業ギルドに登録しなければならず、これに反する者には社会的な制裁が加えられる。
……バリザードでいうと、ウチからだな。
そういううちとて当然登録してあるし、商工会を潰しに行ったときにやった工作にもこれが含まれていた。
いやー今となっては懐かしい話だ。まだ一年も経ってないのにな。
んで、結局こののらねこ工房はピリム・シャルナ・マッツォーリ男爵の三人による共同経営という方針でのらねこ商会として立ち上げることに決まり、その書類に不備がないかを男爵は確かめたかったわけだ。さすがにシャルナも男爵の名を弾くなんて無駄な嫌がらせはしないだろう。どうせあとから追加できるんだし。
「うむ、問題ない。それでは経営者の一人としてラファロ卿に頼みがある。わが商会の商品を宣伝するための絵を描いてはくれまいか?」
「引き受けたッ!」
「はやっ!」
とはシャルナ。
「報酬は一枚につきこれくらいでどうだろう?」
男爵は左手で右手を隠してラファロにだけその内側を見せた。
指が何本立ってるか知らんが、きっとおれが考えてるより桁がひとつかふたつは大きいんだろうな。どうせとっくに打ち合わせ済みなんだろうが……
「いや、男爵。すまないが予定は変更だ」
「なにっ!?」
意外な展開。どうせなら断っちまえ。
「なにが不満なのかね!?」
「むしろ逆だ! そんなにもらっては申し訳がない!」
ラファロはバサッとマントを翻し、再びクレアの前に跪き胸の前で手を組み合わせた。
「この絶世の美女を好きなだけ描いていいだなんて、これほどの破格の条件をつけてもらいながら金までもらうなど、そのようなあさましき真似は私の美意識が許さない!」
おい、誰が好きなだけ描いていいだなんていった。
「ああ、美しい。結婚してくれ」
なんという既視感……
なんて思ったときには天才画家は地べたに這いつくばっていた。
なんでだろうなあ?
「ゴホン、ラファロくん、彼女は既に結婚していてだな……」
きっと初対面の失態を思い出したんだろう、領主が気まずそうにおれをチラチラ見てくる。
無駄に上背あるくせに背中を丸めて上目遣いをするな、気色悪い。
「承知していますとも……」
ラファロのやつは、領主よりよほど根性が据わってた。
「承知していても、なおッ! この美を手中に収めずにはいられないッ! それが、美の求道者なのだッ!」
そんなに強く殴った覚えはないんだがふらつきながらもしっかり立ち上がり、まるでさらわれた姫を取り返さんとする勇者のように決然と言い放った。
ただし顔面は鼻血で真っ赤。
「とはいえご主人、大変失礼をした。私の美への探究心がそれほどのものであるという意味でどうかご理解いただきたい」
今度はしっかり礼儀を守ってぺこりと頭を下げる。
妙に憎めないやつだが、はっきりいおう。
……一番面倒なタイプだ。
「それではラファロくん、報酬はどうするのかね?」
「金銭に関しては格安で引き受けましょう。その代わりといってはなんですが、少々みなさんに協力していただきたいことが」
「なにかね?」
「まず、この町でわれわれが拠点とするための家を見繕っていただきたい。宣伝用の絵ということは当然商品カタログも出版して国内外に流通する。となれば無数の絵が必要であり、出版のためにはなにより版画が必要だ。そのための道具はすでに持ち込んだが、いかんせん量が膨大でしてね」
「それに関しては店長どのがお詳しいと思うが……」
一斉に視線がおれに集中する。
「そりゃまあ、この町の不動産はだいたい把握してるが……一二人で生活できる家ってことだよな?」
「もちろん」
「だったら、元商工会幹部の屋敷がそのまま残ってるが……」
「よし、買おう!」
「は? 買う?」
「そう、買う」
「いや、貸し出しもできるんだが……」
その屋敷はおれがストックしている物件じゃない。今回のように身分の高い者が訪れたときの接待などに使えるよう幹部の屋敷はすべて市に任せてある。ちなみにどれも敷地面積でいえばうちの店よりも広い。
「先ほどぐるりと町を見て回ったのだが、私はこの町が大変気に入った。なんとも活気溢れる、まるで新時代の到来を予感させるような明るい町だ! それにきっと長いつき合いになると思うのでね……!」
いいながら、またまたクレアに熱視線を送る。
送られてるほうはまーだお菓子を貪ってやがるけどな。
「そしてもうひとつ。私のモチベーションのために絶対に必要なことだ」
ここにきてようやく、ラファロの顔が職人のそれになった。へっぽこ領主より断然いい顔できるじゃねえか。
「この町のすべての美男美女を紹介してくれたまえッ!」
……ズコーッと滑稽劇のオチのようにずっこけたのは、シャルナただ一人。
おれはもう、呆れて微動だにもできなかった……
ちなみに本来なら話の中心にいるべきピリムはここまで完全に蚊帳の外。
「店長夫妻も然り、先ほど店にいた金髪の青年も然り、熱心に布教活動をしていた宣教師も然り、娼婦と思しき美女の群れも然り! この町は実に恵まれている、まるで宝石の展覧会ではないか! というわけで男爵。仕事はしよう。しかし仕事以外でも私は描きたいものを描く、そのための材料を提供してほしい」
「よし、契約成立だ!」
「勝手に決めるなっ!」
ついにシャルナが動いた。
「そもそも経営責任者は私ですっ、だから最終決定権は私にあるんですっ!」
「なにをっ!? ラファロを動かしたのは私だぞ!」
「それでも決めるのは私です!」
「ハッ! まさかまた私から才ある者を横取りしようというのではあるまいな!?」
「ふんっ、いけませんか?」
ああ、シャルナよ……
やはりおまえも商人か……
「そもそもっ! まだ本来の主役である商品をちゃんと見てもらってないんですから!」
「そういえばそうだった、私としたことが」
「あ、出番?」
とここでようやく工房の主が発言。
どうやら蚊帳の外を自覚してオフェリアと製品チェックをしていたようだ。
「にっしっし……ついにきちゃいましたか、この不遇の天才ピリムちゃんが成功した天才のドギモをヌく日が……!」
なにが天才だ、おまえら揃って変態だ。
「そんじゃあとっておきのファッションショーとイッちゃいましょーっ! クレアさんカモーン!」
「おい、まさかクレアに着せる気か!?」
「だってモデルじゃん」
「いやっ、それはそうだがっ……」
「ダーリンっ、楽しみにしててね!」
「待てっ、どんなのをっ……」
行っちまいやがった……
せめて少しでもまともな服を選んでくれと願いながら待つこと一五分。
「モノども控えぇ~い! われらが姫のお出ましなるぞぉ~!」
仕種まで芝居じみたピリムに導かれて戻ってきたクレアは、無言でこの場の全員を圧倒した。
ただただ美しかったのだ。
元がいいのをよく知っているおれですら、感動のような感覚に全身を支配され言葉がなかった。
クレアが着ているのは深い青色で統一されたドレス。
まともだ。
どう見てもかなりまともな格好だ。
きちんと襟も袖もついていて胸元のスリットもまったく深くない。上下も繋がっていてドレスと同色の長手袋までしている。
一般的に貴族の女が着るドレスよりはだいぶシャープで体のラインがはっきりしており、上半身は左、下半身は右側が白い刺繍で逆が黒い刺繍というシンメトリーを無視しているあたりがピリムらしいが、それでも驚くほどまともで、美しかった。
ちらりと周りを見やると、領主たちは早くも涙を流していた。
「こんなモンで満足してもらっちゃあ困りまっせお客さん! このドレスのスゴイところはこっからだーっ!」
いって、ピリムとオフェリアがクレアを左右から剥き始めた。
「おいっ!」
とめる間もなく、それは外された。
なんと、ドレスは二重構造になっていたのだ。
外された上着には襟と袖、そして白い刺繍が施してあった側が含まれている。
となれば当然、残ったのは黒い刺繍が施されている上半身の右と下半身の左になるわけだが、こいつが……
こいつが、毒だった……
やりやがった……!
「ブホォーゥッ!」
ラファロは耐えきれずに本日二度目の鼻血を噴いた。
それもそうだろう。残された下のドレスは、右肩から左足へと流れるように斜めに伸びた形で、左肩から胸元にかけて、右足にいたってはほぼすべてが丸出しの状態なのだ。
最初は白の刺繍がやや目立つ形で高貴なお姫さま感を演出していたが、上着を取ってみると残ったのは青と黒。露出度も格段にアップで清楚から妖艶に早変わりだ。
……ついでにいうと、胸元に光っている赤い宝石のネックレス。あれは確か最初に領主が貢いだやつだった気がするがまあどうでもいいか。
「ブルァ~ヴォオォォ……!」
男爵も魂を抜かれたような面をしているが、こいつの場合は服と中身、どっちのほうが高評価なんだろうか。
「さっ、次イクよーっ!」
まだあんのかよ……!
再び待つこと、十分。
「今年の夏、イケてるオンナはコレで決まりっ!」
再登場したクレアは、ドレスとは打って変わってなんともラフな格好をしていた。
しかしあの上着……
なんなんだ、あれは……
黒革なんだろうが、チュニックというにはあまりに短すぎる。下半身丸出しどころかへそまで見えてる。しかも前はボタン留めなんだが、上半分はクレアの胸がデカいせいか閉じられていない。いや、これは絶対わざとだろ!
「この上着はジャケットといって、某国の軍服を参考にしてみました~!」
それはいい。
そのジャケットとやらの中に着ている服まで短いのはなぜなんだ。
「だいたいおまえ、それは男物だろう」
なぜなら、下がズボンなのだ。しかもなぜかやけにダボっとしていてポケットが多い。
「相変わらず店長さんは考えが古いねェ~! イマドキ女だってズボンくらい穿きますトモ! ヒューレちゃんだって穿いてるじゃん!」
「いや、あれは軍装であって……」
「戦う女、働く女には動き易くて丈夫なズボン! あったりまえでしょっ!」
だとしてもへそ出しの必要はないだろ!
「さあさあ、ノッてきたところでジャンジャンいくよーっ!」
……その後も、おれたちはピリムの自信作を何度も見せつけられ、二回に一回はラファロと領主と男爵が鼻血を噴き、そろそろ貧血で倒れるんじゃないかと思っていると、トドメとばかりにピリムは最終兵器を繰り出してきやがった……
「オトコどもよ、平伏すがいいっ!」
それは、ピリムの普段着によく似ていた。
下は、そう、恐ろしく裾の短いズボン。どれくらい短いかというと尻の肉がはみ出るくらいだ。ついでに股上もアホほど短く下腹部が大事な部分以外完全に見えちまってる。
しかも、だ。
腰からはなにやら黒い紐が……
「ぴっ、ピリムちゃん、それって……」
さすがのシャルナも顔が真っ赤だ。
「ウン、紐パンの紐」
コイツ、なんてこと考えやがる!
ただでさえ下着なんて破廉恥なのに、紐で結ぶ下着だと!?
その紐一本引っ張るだけで脱がせられる下着だとおッ!?
「ブフゥーッ!」
スケベ三人が同時にノックアウトされた。
ナニを想像しやがった、てめえら……
と、怒りに燃えたおれだったが、視界の端に入った他の連中が律義に顔を背けていたのに少し感心して落ち着きを取り戻すことができた。
が、それもクレアに向き直るまでのこと。
「おまえっ、それ!」
「ん?」
クレアが着ている上着は(上着か?)、極限まで細くした肩紐と、もはや胸だけしか隠していない薄っぺらい布。
その布が描く双丘の頂上にはぴょこんと頭を出したような突起がふたつ……!
「わわわっ、クレアさんっ、なんでブラジャー着けてないんですかっ!?」
「だって暑いんだもん~」
おれもとうとう眩暈を抑えきれず、テーブルに手をついてしまった……
そのときなにか踏んだような気がするが気にしない。
その足元の隣から、最後の力を振り絞るかのようなか細くも真に迫る声が聞こえた。
「た、頼む……なんでもいうことを聞くから……私に女神を描かせてくれぇ……!」
こうして当代一の天才画家ラファロ・ヴィンチは、のらねこ商会と奴隷契約を結ぶのだった……
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【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
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