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離宮・オメガバース版 2
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フェイに抱き上げられると、長い廊下を進んでいく。目に入るものすべてが目新しく、気になってしまう。そのような場合ではないと思いながらも落ち着かない。鼓動は先ほどからドクドクとうるさい。心なしか吸い込む空気が薄く感じられる。吸い込めば甘い匂いが鼻腔に流れ込んでクラクラする。甘い匂いに酩酊していくように感じられ、このような場所で醜態を晒すわけにはいかないと思い、出来るだけ空気を吸い込まないようにするから、余計に目眩がした。
心ここにあらずの状態で運ばれ、辿り着いた部屋に圧倒される。
「……あ」
――綺麗。
「こちらです」
「……ありがとう、ございます」
この部屋でフェイと話をするのだと思うと、変な汗をかいてしまう。ただでさえ先ほどから息が上がっている。忙しない心臓も、さらに激しくなっている。服の上から鼓動が見えるのではないかと思ってしまうほど、ドクドクと鼓動が高鳴っている。さすがにこれはおかしな状態だと思い、逃げ出したくなった。
「先の話ですが、スイ様は丙種としてここへ来られましたか」
「へい、しゅ、……?」
そのとき、フェイが口を開いた。驚き、今しがた考えていたことを忘れる。
「そうです。この匂いは……わかりませんか」
「な、に……?」
問われる今が理解出来ないものの、鼻腔に香ってくる匂いには抗えない。ただでさえ恋い焦がれた人なのだ。その人が自分を見ている。この瞬間を、後生大事に抱えて生きていくのだろうかと思えるほどに高揚していた。
そっと寝台に下ろされ抱きしめられると、自然と涙が零れ出す。
「どうされましたか」
「……いえ」
どう話せばいいのだろうか。自分の半身に出会ったような昂ぶりを感じた。苦しくて嬉しい。この相反する感情の名前をスイは知らない。
今まで人と話をしたことなどなく戸惑ってしまう。それでもフェイは、スイの言葉に耳を傾けるように顔を覗いてくる。優しい人なのだろうと思う。
「……匂い、が」
すん、と匂いを嗅いで、思いを紡ぐ。吸い込めば脳内がクラクラするけれど止まらない。フェイの甘い匂いが苦しいほど嬉しいから、もっと吸い込みたいと思い顔を上げると、フェイの微笑みを見る。
「恐らく私たちは番です。運命など信じている訳ではないのですが、恐らくは」
「うん、めい、……ですか」
聞いたことのない言葉だ。いや聞いたことがあった。ずっと以前に、塔の入り口にいた兵が雑談をしていたときだ。
この世界には第二性と呼ばれるものが存在するけれど、詳細などスイは知らない。けれども焦がれるような思いが運命ならば、手を伸ばしたい。けれども伸ばせるような自分ではないと、心のどこかで、もうひとりの自分が囁いてくる。
「……あ」
それでも伸ばした手がフェイに握られるから、期待してしまう。
「私には詳細がわからない。王から聞かされている話は王の子を娶れというもの。けれどもあなたは男だ。だが丙種であるならば、娶ることは難しくても番になることが出来る」
「……つがい?」
「そうです。番。番は甲種と丙種の間にのみ成立するものです。恐らく王はそこまでを考え――……いえ、確証はないな。だがここまで惹かれ合うのは運命の繋がりがあるからでしょう。あなたはどう思いますか」
「……どう、どうとは……? あの……」
フェイの真意が見えないから戸惑ってしまう。
「運命とは互いに惹かれ合うもの。あなたは自分の意思でここへきた。そうですね」
「は、い」
「ならば互いの本能のままに」
フェイに見つめられているところから溶けてしまいそうだ。この感覚が惹かれ合うというものであれば――スイはフェイの瞳に吸い込まれるように頷いていた。
流れるように時間は進み、月明かりは雲に隠れていく。空はすっかり漆黒に覆われた頃、素肌を晒したふたりがいた。
狂おしいほど交わり、どちらの汗かわからないほど肌を重ねた。
「……あ」
目を開けば、恋い焦がれていた人が自分を見つめている。
「目が覚めましたか」
「あの、……はい」
先ほどまで抱き合い、愛を囁かれていたことが思い出されると頬が染まる。
「正直に言いますね。王命であなたはここへ来た」
「は、い」
その通りだ。そうでなければ話をするどころか、このように番になることもなかっただろう。
「王命に逆らえば死罪です」
「……だから、ですか?」
王命でスイはここへ来た。だから命に逆らわずに自分を抱き、番になった。
スイの視界がぼやけていく。何故だろうと思っていると、慌てたようにフェイが抱きしめてきた。
「ああ、すみません。泣かせるつもりはなかったのですが。ともかくこのような自体ではありますが、縁あって番になりました」
「……縁が、あって、ですか?」
鼻をすすりながら尋ねると、苦笑しながらフェイは頷いた。
「ここからはじめませんか」
「ここから、ですか?」
「はい。あなたも私も、互いのことをよく知らない。だから今から互いのことを知っていきましょう。なに、時間はたくさんあるのですから。我々は番です」
「は、い」
ぐずぐずと涙を流しながら、スイは何度も頷いた。
きっかけはどうであれ、寂れた住み処を出て、想いを馳せた人のそばにいる今が現実なのだ。今は本能が繋げた縁だが、ともに過ごすうちに、互いのことを知り、本能を超えた想いを抱くだろう。そのときに、もう一度伝えたい。
何の縁もなかった今までだったのだ。ならば――スイは目を閉じ、息を吸い込んだ。この匂いが勇気をくれる。
「私はあなたを信じます」
そのときフェイの言葉が耳に飛び込んできた。
「私はあなたを信じたい」
「は、い。僕は、……僕はフェイ様を信じていますから」
「ありがとう、スイ」
「フェイ様」
見つめ合い抱き合えば、互いの匂いを吸い込む。不安はあるけれど、この人と一緒であれば大丈夫だと、乗り越えていけるとスイは思った。
夜が明ける。
ここからはじまるのだと思った。鳥かごに囚われていたような息が詰まる生活は姿を変え、番であるフェイのそばに場を移す。これからどのような困難が待ち受けているのかわからないけれど、フェイと一緒だから乗り越えていける、乗り越えたいとスイは思った。
END
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
離宮のオメガババージョンです。どこをオメガバにしたらいいかなと思って考えて考えて……で、冒頭かなと思って考えました。冒頭で発情し、番になったらバージョンですね。ここから本編のように、互いに助け合い、その間にはスイの発情期もありで云々。熱い夜を――と思いながら、今回は朝チュンですみません。雰囲気だけでもお伝え出来たら幸いです。
いつもありがとうございます。
まだまだしんどいときが続いていますが、みなさまもご自愛くださいませ。
お読み頂きありがとうございました。藍白。
心ここにあらずの状態で運ばれ、辿り着いた部屋に圧倒される。
「……あ」
――綺麗。
「こちらです」
「……ありがとう、ございます」
この部屋でフェイと話をするのだと思うと、変な汗をかいてしまう。ただでさえ先ほどから息が上がっている。忙しない心臓も、さらに激しくなっている。服の上から鼓動が見えるのではないかと思ってしまうほど、ドクドクと鼓動が高鳴っている。さすがにこれはおかしな状態だと思い、逃げ出したくなった。
「先の話ですが、スイ様は丙種としてここへ来られましたか」
「へい、しゅ、……?」
そのとき、フェイが口を開いた。驚き、今しがた考えていたことを忘れる。
「そうです。この匂いは……わかりませんか」
「な、に……?」
問われる今が理解出来ないものの、鼻腔に香ってくる匂いには抗えない。ただでさえ恋い焦がれた人なのだ。その人が自分を見ている。この瞬間を、後生大事に抱えて生きていくのだろうかと思えるほどに高揚していた。
そっと寝台に下ろされ抱きしめられると、自然と涙が零れ出す。
「どうされましたか」
「……いえ」
どう話せばいいのだろうか。自分の半身に出会ったような昂ぶりを感じた。苦しくて嬉しい。この相反する感情の名前をスイは知らない。
今まで人と話をしたことなどなく戸惑ってしまう。それでもフェイは、スイの言葉に耳を傾けるように顔を覗いてくる。優しい人なのだろうと思う。
「……匂い、が」
すん、と匂いを嗅いで、思いを紡ぐ。吸い込めば脳内がクラクラするけれど止まらない。フェイの甘い匂いが苦しいほど嬉しいから、もっと吸い込みたいと思い顔を上げると、フェイの微笑みを見る。
「恐らく私たちは番です。運命など信じている訳ではないのですが、恐らくは」
「うん、めい、……ですか」
聞いたことのない言葉だ。いや聞いたことがあった。ずっと以前に、塔の入り口にいた兵が雑談をしていたときだ。
この世界には第二性と呼ばれるものが存在するけれど、詳細などスイは知らない。けれども焦がれるような思いが運命ならば、手を伸ばしたい。けれども伸ばせるような自分ではないと、心のどこかで、もうひとりの自分が囁いてくる。
「……あ」
それでも伸ばした手がフェイに握られるから、期待してしまう。
「私には詳細がわからない。王から聞かされている話は王の子を娶れというもの。けれどもあなたは男だ。だが丙種であるならば、娶ることは難しくても番になることが出来る」
「……つがい?」
「そうです。番。番は甲種と丙種の間にのみ成立するものです。恐らく王はそこまでを考え――……いえ、確証はないな。だがここまで惹かれ合うのは運命の繋がりがあるからでしょう。あなたはどう思いますか」
「……どう、どうとは……? あの……」
フェイの真意が見えないから戸惑ってしまう。
「運命とは互いに惹かれ合うもの。あなたは自分の意思でここへきた。そうですね」
「は、い」
「ならば互いの本能のままに」
フェイに見つめられているところから溶けてしまいそうだ。この感覚が惹かれ合うというものであれば――スイはフェイの瞳に吸い込まれるように頷いていた。
流れるように時間は進み、月明かりは雲に隠れていく。空はすっかり漆黒に覆われた頃、素肌を晒したふたりがいた。
狂おしいほど交わり、どちらの汗かわからないほど肌を重ねた。
「……あ」
目を開けば、恋い焦がれていた人が自分を見つめている。
「目が覚めましたか」
「あの、……はい」
先ほどまで抱き合い、愛を囁かれていたことが思い出されると頬が染まる。
「正直に言いますね。王命であなたはここへ来た」
「は、い」
その通りだ。そうでなければ話をするどころか、このように番になることもなかっただろう。
「王命に逆らえば死罪です」
「……だから、ですか?」
王命でスイはここへ来た。だから命に逆らわずに自分を抱き、番になった。
スイの視界がぼやけていく。何故だろうと思っていると、慌てたようにフェイが抱きしめてきた。
「ああ、すみません。泣かせるつもりはなかったのですが。ともかくこのような自体ではありますが、縁あって番になりました」
「……縁が、あって、ですか?」
鼻をすすりながら尋ねると、苦笑しながらフェイは頷いた。
「ここからはじめませんか」
「ここから、ですか?」
「はい。あなたも私も、互いのことをよく知らない。だから今から互いのことを知っていきましょう。なに、時間はたくさんあるのですから。我々は番です」
「は、い」
ぐずぐずと涙を流しながら、スイは何度も頷いた。
きっかけはどうであれ、寂れた住み処を出て、想いを馳せた人のそばにいる今が現実なのだ。今は本能が繋げた縁だが、ともに過ごすうちに、互いのことを知り、本能を超えた想いを抱くだろう。そのときに、もう一度伝えたい。
何の縁もなかった今までだったのだ。ならば――スイは目を閉じ、息を吸い込んだ。この匂いが勇気をくれる。
「私はあなたを信じます」
そのときフェイの言葉が耳に飛び込んできた。
「私はあなたを信じたい」
「は、い。僕は、……僕はフェイ様を信じていますから」
「ありがとう、スイ」
「フェイ様」
見つめ合い抱き合えば、互いの匂いを吸い込む。不安はあるけれど、この人と一緒であれば大丈夫だと、乗り越えていけるとスイは思った。
夜が明ける。
ここからはじまるのだと思った。鳥かごに囚われていたような息が詰まる生活は姿を変え、番であるフェイのそばに場を移す。これからどのような困難が待ち受けているのかわからないけれど、フェイと一緒だから乗り越えていける、乗り越えたいとスイは思った。
END
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離宮のオメガババージョンです。どこをオメガバにしたらいいかなと思って考えて考えて……で、冒頭かなと思って考えました。冒頭で発情し、番になったらバージョンですね。ここから本編のように、互いに助け合い、その間にはスイの発情期もありで云々。熱い夜を――と思いながら、今回は朝チュンですみません。雰囲気だけでもお伝え出来たら幸いです。
いつもありがとうございます。
まだまだしんどいときが続いていますが、みなさまもご自愛くださいませ。
お読み頂きありがとうございました。藍白。
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