離宮・番外編

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離宮・オメガバース版 1

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 本編は、アマゾンのkindleに自己出版しています。
 もしこの本編がオメガバースだったらバージョンでの読み切り短編になります。
 こちらだけでも話がわかるように書きました。


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 この離宮と呼ばれる隔離された世界で、彼はひとり佇む。
 窓から見える景色が、彼の世界のすべてだ。この塔のような寂れた建物から、時折見える彼に想いを馳せるのみ。
 一度でいいから話をしたい。
 一度でいいから自分へ向けてくれる笑顔が見たい。
 一度でいいから……虚しい。所詮虚しい夢物語であり、彼はここから出られない。
 何かの気まぐれでも起こらない限り、彼の終の棲家である。
 それでも彼は夢物語に想いを馳せる。一度だけでいいからと願う想いは、大空に舞う鳥にも届かない。


 彼の名はスイ。産まれも育ちもこの離宮だ。母親はここで働く侍女だったが、投獄され、失意の内に儚くなる。母が亡くなって以降も、スイはこの離宮から一歩も外に出る事は許されなかった。
 幼き子どもが歳を重ね、十年が過ぎていたとき、窓の下に楽しみが出来た。
 恋をした相手は軍人。彼は、出陣の度にここから見える道を通っていく。

 一度でいいから彼と話をしてみたい。彼はどのような声なのだろう。どのような笑顔なのだろうか。一度でいいから、その笑みを自分に向けて欲しい。
 所詮囚われの身なのだ。夢を見ることくらいは許して欲しい。
 叶わぬ夢を、小さな胸に抱く。

 そんなある日、偶然が起こった。はじめて感じる昂ぶりに胸がざわめく。恋い慕う彼が、離宮のすぐ近くを通ったのである。仲間と笑いあう声が、微かに聞こえる。
 偶然だろうが彼の名が聞こえた。
「……フェイ」
 全身に流れる血が沸騰するかと思ったとき、見つめていた慕う男が振り向いた。咄嗟に身を伏せ蹲る。
 見られてはいないはず。
 淡い恋心は、決して知られてはならぬもの。おそらく自分は、この隔離された場所から出られることはないだろう。ならば彼に存在を知られても虚しいだけ。
 ドクドクとうるさい鼓動を沈めようと、ただひたすらに蹲っていた。

 出会うべくして出会うものを、人は奇跡と呼ぶ。または運命の出会いだろうと。
 フェイの姿を見かけた七日の後。
「王の言葉です。一つ望みを叶えると」
 王の側近がひとり訪れ、鉄格子の外で叫んだ。
「……」
 迷いはある。けれどもこのような温情は、今後はないだろう。ならばと想い、一筋の糸をたぐり寄せるように口を開く。
「フェイ様に会いたいです」
 願いは王に届けられ、スイは離宮を離れることになる。

 この世界には男女という第一性の他に、甲乙丙種と呼ばれる第二性が存在する。
 甲種は、すべての能力に秀でた存在。王族や軍の幹部に当たる職には、彼らの多くが徴用されている。ついで乙種。乙種はいわゆる一般の人々だ。
 総人口の一割ほどの丙種は、男女問わず子を孕む種と言われている。先日発情の兆しを感じたスイは、丙種と判定された。丙種は優秀な甲種を生むことが出来るようだ。
 けれどもスイは何も知らない。自分の第二性を知らずに、いや第二性がこの世界に存在することなど、何も知らないまま、数刻後に生まれ住んだこの塔を離れることになる。


「スイ様、着きました」
 馬車から見える景色に見惚れていたため、スイは酷く驚いた。
「あ……あ、りがとう、ございます」
「どうぞ」
 呆けているスイを急かすように従者がドアを開け、降りるよう促される。慌てるも、足がもつれてよろめいてしまう。
「……」
「あ、すみま、……あの、すみません」
 無言の圧が心苦しいけれど、ともかく降りなければと急いだ。なんとか従者に着いて行くと、目の前を歩いている従者が止まった。
「はじめまして――で、いいでしょうか。フェイです」
「あ」
 急ぐあまり俯いていたが、聞こえた声に勢いよく顔を上げる。
 ドクンと心臓が跳ねた。
 あの窓から見えた彼だ。
 しかし見たかった笑顔ではなく、取って付けたような表情に困惑する。
「……はじめまして。スイです」
 今まで人と話すことはあまりなかったので、どう返答すればいいのかわからず、挨拶を繰り替えす。困惑していたのに、更に困惑を重ね、息をのんだ。
「荷物を持ちます」
 フェイに言われ、ハッとする。スイの荷物は、一抱えほどの持ち手のついた籠ひとつだから、自分で持てる。大丈夫だと伝えようと思ったとき、フェイの手が伸び、籠を受け取られる。
 そのとき手が触れあい、先ほど同様の高鳴りを感じた。フェイを見つめたまま目が離せない。この昂ぶりの意味を知りたくて、知らずに縋るような眼差しを送っていたが、ふいと視線を逸らされた。
「こちらです」    
「……あ」
 逸らされたのではなく、ただ荷物を持ち歩き出しただけだ。それなのに胸が潰れたのかと思うほどの衝撃を感じ動けない。
「スイ様?」
「……あ、はい」
 スイが着いてきていないと感じたのだろう、フェイは立ち止まり振り向くと、着いてくるよう暗に促してくる。 
 この動悸は何なのだろうと説明のつかない変調に驚きながらも、急いで後を追った。
 もしかして、ここでお話ができるのだろうか。
 案内されているということは、ここでフェイと話せるかもしれないと気付く。期待に胸が膨らみ、再びドキドキと心臓が高鳴ってくる。思考の波に埋もれていたスイは、思わず自分の足を絡ませ躓いた。 
「あっ」
「危ないっ」
「っ」
 フェイは振り向くと、傾いだ体を抱き留める。
「大丈夫ですか。すみません、少し早すぎましたか」
「……っ」
 な、に……?
 心臓が口から飛び出すのではないかと狼狽える。フェイの言葉に応えたいが、自分の身に起きている状況を飲み込めない。
「スイ、様」
「はっ……はぁ……っ」
 何故このように体が熱いのだろうか。
 抱き留められた体を強く抱きしめられると、いよいよスイは混乱を極める。フェイの深衣に顔を埋めるように抱き込まれ、鼻腔いっぱいに匂いを吸い込みクラクラする。
 フェイも何も言わず、ただ抱きしめている。
「もしや、スイ様は丙種でしょうか」
「え……あっ……ぁ……へ、いしゅ、とは?」
 丙種とは何だろうかと思うけれど、足に力が入らず立っていられない。ぐらりと視界が回ったかと思うと、スイの意識は薄れていった。
 どこか遠くの方で、自分の名を呼ばれている気がしたけれど、このように名を呼ばれたことなどないと思い、胸が温かくなる。
 ――フェイ様。
 甘い匂いがする。
 たとえひと時でも触れ合えたことに感謝したいと、恋心を抱いている人の名を何度も胸の内で呼んだ。

   

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