悪役は静かに退場したい

藍白

文字の大きさ
表紙へ
上 下
17 / 18
連載

後日談・SS エンドの数日後。

しおりを挟む
 ぶくぶくと水の中に沈んでいる。息苦しくて藻掻くが、やはりいつものように何も掴めない。
 あの日も、今のようにずぶ濡れだった。

 転生前の自分が、雨に濡れている。土砂降りの中、ランドセルを背負ったまま、校舎を出ている。もしかしたら父親が迎えに来てくれるかなと、ほんの少し思っていたが、淡い期待も時間の経過と共に薄れていく。
 急な雨だったから、子どもたちを迎えに来た保護者たちが、傘を持って昇降口に向かって来ている。嬉しそうな表情を浮かべながら帰宅していく学友たちを傍目に、自分に奇跡は起きないのだとあらためて知る。
 周囲から人気がなくなった頃、一向に止む気配のない強い雨脚の中、足を踏み出した。
 傘を忘れた自分が悪い。
 父は仕事で忙しいのだから、迎えに来られるはずはない。
 必死に自分に言い聞かせながら、浮かんでくる他の思いを押し殺していく。家でも顧みられたことはないのだから、迎えになど来るはずはない。頭の中では理解しているのに、もしかしたらと夢を見た自分が馬鹿なだけ。
 それでもまだ心のどこかで期待しているが、無駄なことなのだと、成長するにつれ自覚していく。
 人に与えられるものが、自分にも当然のように与えられるのだと、どうして言えようか。
 掴んだはずの陽の光は、指の隙間をすり抜けていくだけ。眩しい陽の光がある場所は、どうなっているのか、たしかめることは永遠に出来ない。
 それなのに右手に温かさを感じて不思議に思う。水の中は冷たくて、沈めば沈むほど冷えていくものだろうに、指先まで温かくなっている気がする。まるで掴めない陽の光に包まれているみたいだ。

「――……アム、リアム」
「……あ、……オーウェン」
 どうしてここに、と声にする前に、覗き込まれるようにオーウェンに見つめられている。
「熱が出たと聞いた。疲れが出たのだろう」
 額に当てられた手が冷たい。今は春先なので、それほど寒くはないだろうと不思議に思う。オーウェンはリアムと目が合うと、ふっ、と微笑んだ。
 水に浸したタオルを絞り、額に載せられる。
「水を」
 口元に水差しを運ばれ、何度か飲み込む。
「知らせを聞いて慌てた」
 明け方、いつものようにダニエルが起こしに来たら、熱を出しているリアムに気付いたのだという。ダニエルから知らせを受けたロイドは、かかりつけ医に連絡し、同時に自分の元にも知らせてくれたのだとオーウェンは言う。
「来て、くれたんだね。忙しいのに、ごめんなさい」
 オーウェンは、転生前の父と同じように忙しいと思う。いや、一国の王子なのだから、その比ではないかも知れない。それなのに熱を出したくらいで手を煩わせてしまったことを詫びると、何故リアムが謝罪しているのか理解出来ないと言わんばかりの表情を浮かべられる。
「忙しくても来るさ」
 オーウェンの呟きに、首を傾げる。するとオーウェンは、にこりと微笑み、リアムの右手を両手で包み込んだ。
「昨日も、もしかしたら無理をしていたのではないのか」
「……無理は、してなかったけど、してたのかな」
 熱が出たということは、前日に何か違和感があったのかもしれない。
「これからは、何でも俺に相談して欲しい。ひとりで抱え込むな。ああ、違うな」
「オーウェン……?」
 一度頷くと、オーエンは口を開く。
「抱え込めないように、しっかり見ておくとしよう。俺の失態だな」
 握られている手が温かくてむず痒い。どうしたものかと視線を彷徨わせていると、「リアム」と名を囁かれる。
「……なんか、オーウェン、眩しい」
 何だか恥ずかしくなり、誤魔化すように目を閉じると、「そばにいるから、安心して休んで」と言われる。そっと目を開け、瞬きすると、オーウェンは頷いた。
「……執務は大丈夫?」
 今日の執務は大丈夫なのかと心配になりながらも、握られている手が温かくて、睡魔に引き込まれる。
「問題ない」
「ほんとに?」
「ああ、気にせず休んで。おやすみ、リアム」
「……うん、おやすみ」
 すう、と吸い込まれるように意識が薄れていく。

 ハッとして目を開ければ、雨に打たれている。見上げた瞬間、青い傘が視界に入った。振り向くと、微笑んでいる番がいる。
 わずかに首を傾げた後、オーウェンは着ているジャケットを脱いで肩にかけてきた。驚きのあまり呆けている自分の手を、オーウェンが繋いできた。何を言うこともなく、自然と歩き出す。
 夢だと思うのに、繋いだ手が温かくて頬が緩む。
 この後、きっと雨は止むだろうと思う。これほどまでに眩しい人がいるのだから、もうこの夢を見ることはないだろう。
 忘れたいけれど忘れられずに夢に出てくる幼い頃の記憶は、きっと眩しい陽の光の下では霞んでしまうのだろうと、繋いでいる手に力を込めた。


 END





 ーーーーーーーー




 後日談のSSです。これでお終いになります。
 今作をかわいがって下さって感謝しています。また次作でお会い出来ますように……!
 お読み頂きありがとうございました。藍白。



しおりを挟む
表紙へ
感想 127

あなたにおすすめの小説

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。