桜華の檻

咲嶋緋月

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容疑者

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可笑しな事に紬の姿は、誰にも見えていない様子見で、朝餉を頼んだが一人前。布団を二組敷いただけで変な目を向けられた。

「普通の人には、私の姿は見えないよ。」

確かに彼女は言った。貴方にも見えるんだと。

ならば、彼女は、
「嬢ちゃんは、幽霊なんやな。」

死神と聞いたが、そこは信じたくもない最澄は、自分を納得させるべく言葉を発する。

「せやけど、嬢ちゃんは何を食うん?」

届いた朝餉を前に自分だけ食べるのは忍びなかったのか、そんな事を聞く彼に小さく息を吐き出していく。

————彼には、自分の声は届かない。

自分を幽霊だと思い込みたいのだろうが、自分は死神で、命を狩る事が仕事である。

これをどう説明するか悩んで居れば、けたたましく戸が開いていく。

肩を揺らす最澄は、人間らしい反応をしていくが、血相を変えた男が口にした言葉に顔を真っ青に変えていく。

————菊乃屋で君藤が亡くなった

人を忘八だと罵った女が死んだ。
バチが当たった。知らせを聞いて一番最初に思ったのは、この言葉だった。

だが、罵られたのは昨日の夜。誰かが聞いていたかもしれない。

そして視線は、少女へと向けられる。

朝餉を運んだ子も、今伝えにきた男も少女の姿は、見えてはいない様子で、この状況で自分が疑われない事などあるだろうか?

何一つやましい事などしては居ない。次から次に頭をよぎるのは、己の身の保身のみ。

「君藤が?どうして?」

冷たくあしらったのは事実。身の保身も考えた。だが、口から出たのはどうして亡くなったのかという疑問であった。

「それが、なんでも裸で客間に倒れていたと。」

昨日追い出した君藤が客間に居たという。
大層嫌がっていた客を菊乃屋でもてなした。それは、どう考えてもおかしな話しで、

「君藤には、昨日暇を出したんよ。
夜に客が嫌やからと泣きつかれたのに、菊乃屋で客を取る。そんな事あるんやろか。」

「実は、、旦那が疑われてる様で・・・。」

同じ商いをしている菊乃屋で、藤乃屋の花魁が変死。それは、疑われても仕方のない事であるも、己に刃を向けられれば、どうしようもない感情が湧き上がってしまう。

やってはいない。
それが事実。

だが、証拠もない。
夜はある意味1人であったのは確かな事。

「そうか。ほんなら、後で奉行所に行くよって。心配せんでもえぇ。な?」

疑われるなら、晴らせばいい。
知らせてくれた男に愛想のいい笑みを見せ優しい口調のまま言い放つ。

「へぇ。分かりました。」

そう言って男は、入ってきた時とは打って変わって静かに部屋を後にした。

やましくもない。君藤が死んだのには、自分には関係もない。そう。その時は思っていた。


少女の目は、最澄に向けられ、ゆっくりと外へと動いていく。

「人の欲は、悍ましい。」

————俺を殺してくれへん?

最澄のあの言葉だけは、本心。
仮面を被った彼は、思いがけぬ事件に巻き込まれていく。



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