桜華の檻

咲嶋緋月

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死神

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焼きつくような焦慮しょうりょを感じながら、腕にある小さな身体を壊れ物を扱う様に抱き上げ直す。大人しくしている少女は、頭の揺れを軽減させる為か、最澄の肩へと顔を埋めた。艶のある黒髪に、ある人を思い返すが、今は、それどころでは無く、ただ、足を動かした。

疾風のように駆ければ、煌々こうこうと燈された明かりがまるで線の様に見える。首元に当たる小さな吐息を感じながら、己の店である藤乃屋へとひた走った。

妓楼の大きさは、大見世・中見世・小見世など様々で、妓楼の作りは、すべて2階建て。ただ規模や格は見世によって異なったが、藤乃屋は、中見世であった。見世の前では、先程の見世と同じく男達が見立てをするべく人だかりとなっていたが、それはいつもの事である上、今は、それに構っている場合では無い。

見世の裏手に回り、裏戸から見世へと入る。妓楼の一階には、土間や台所、風呂やトイレがあり、奉公人はここで生活していた。その奥には、楼主の居室や奉公人の雑魚寝部屋と続く造りとなっていた。

楼主の居室へと下駄を放り投げて駆け込んだ。今は、見世が開いている時間。奉仕人には、1人も合わなかった。

ホッとして、抱えた軽い身体をそのままに、ずるりと畳に腰をつけた。

いつぶりだろうか。こんなに息を荒くして走ったのは…

「ハァ。ハァ…。ははは。」

息を切らしながらも思わず笑いが出てしまった。こんなに走る事など滅多に無い。だからか、空気が漏れる様な笑いを押さえきれなかった。

楼主一家の居間などは、すべて一階の奥まった場所にあり、此処なら営業時間に人が来る心配など無い。

「はぁー。」

息を整えるべく、大きく息を吐き出す最澄は、漸く黒髪の女の子を自分から離し、顔を覗き込んだ。

頬は赤く、小さな口、少し不安そうに瞳が揺れる。
歳にして、十いったか、いっていないかの幼い女の子は、大きな目は瞬きもしないでこっちを見ていた。

「驚かして、かんにんえ。」

宥める様に、頭に手を置く。
そのまま、頭を撫でれば、少女の目は、細められた。

(しかし、何でこの子が岡っ引きに追われていたんやろか?)

「嬢ちゃん?何で追っかけられとったん?」

「…私の、」

必死に何かを話そうとする彼女は、言いかけた言葉を不自然に止め、再び大きな瞳で最澄を見る。

「うん?」

言いやすい様に、相槌をうてば、彼女は、自分から視線を外した。

この子が特別な訳ではない。ただ、いつもの様に耳を傾けてあげるだけ。

妓楼には、色んな子が売られてくる。

親の借金のカタとして…、
生活に不自由となった家から…、
身寄りが無くなった子やら、本当に沢山の理由を小さな背に背負い込んで、此処に売られてくる。

————帰りたい。

————死にたい。

そんな事を言う子だって沢山居た。
そんな小さな子に、自分がしてやれる事は、話しを聞いてやる事ぐらいで、彼女らの本当の悲しみを取り除く事なんか、出来るはずがない。

大きな目に涙を一杯にして、親を求める子供。親の代わりにには、幾らでもなれる。だが、親にはなれない。涙を拭って、安心する様に笑みを見せるだけ。

それで安心出来るはずが無いのに、彼女らは、笑うんだ。

こんな、見も知らぬ男に向かって————。

「おじさん?」

————オジサン……ッ。


「嬢ちゃん?せめて、"お兄さん"にしとこか?」

頬がぴくぴく動くのを覚えながら、最澄は、女の子へと提案する。

「………うん。」

不服な様子で返事をした女の子は、小さな手を最澄の顔へと伸ばした。

「見えるの?私が…。」

「………は?」

————見えるの?

「君にも、見えるんだ。」

全く、意味が分からないのに、彼女の表情は、喜びに満ちている。

どれだけ考えても、答えのかけらも浮かんでこない。どうにか口を動かし、彼女に問う。

「お嬢ちゃんは、幽霊かなんかか?」

吉原にも、遊女の霊が出ると噂があった。噂というより、実際に折檻せっかんが原因で死んだ一人の遊女の話しが遊女達の間でもされる程に恐れられて居た。
       
「幽霊?足があるのに?」

立ち上がり、足を見せる彼女。
よく見れば、彼女の着る赤い着物は、紬糸つむぎいとで織られた絹織物で、絹より高価な代物だ。

 (益々、訳が分からない。)

幽霊でもなく、見るからに売られて来た訳では無さそうだ。絹より高価な着物を着せれるだけの金がある家の子であるのは、着ている着物を見れば分かる。

「嬢ちゃん、どうして吉原に来たん?」

探りを入れながら尋ねてみる。
もはや、それしか答えを見出せない。

「仕事をしに来たの。」

「……仕事?」

「そう。仕事。だってね、私は、————。」

彼女の言葉を聞いた時、最澄の喉は上下した。顔がこわばってうまく笑顔が作れない。

生真面目な一点の曇りもなさそうな顔をして彼女は、自分を死神だと言ったのだ。

死神————。

それは、生命の死を司る神。
性質上「悪の存在」的な認知をされるが、最高神もしくは次いで位の高い神で、「絶対的な力を持つ神」の能力の一部に「生死を操る能力」を合わせ持つ。

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