会いたい・・・

小田成美

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第二百六話 迷走

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「若奈」

梨奈の父親が、原田刑事を睨み付けて梨奈の頑張りを訴えた妻の肩を透かさず抱いた。



「……子供……」

梨奈の母親の訴えを聞き、山口刑事が信じられないものを見る目で俺に視線を向けてボソッと呟いた。



「失礼ですが、梨奈さんの現在の容態について、詳しく教えてもらえませんか」

ここにきて、漸く自分たちが考えていた梨奈の状態と現状とに大きな違いがあると悟ったらしい原田刑事が、山口刑事の呟きを無視して梨奈の父親に願い出た。



「本当に、何もご存じないのですか」

「個人の傷病等に関する情報は個人情報に含まれるため、安易に聞き出すことはできないのです」

梨奈の父親が妻の肩を抱いたまま不愉快さを声音に載せて問い返したのに対し、原田刑事は詳しい情報は得ていないのだと認めた。



原田刑事の答えを聞いた梨奈の父親は再び俺を見返した。

原田刑事の語った話の内容は筋が通っているようにも感じられたが、本当にそうなのか、あるいは梨奈が怪我を負わされた原因について、単なる事故として手早く処理するために片手落ちの対応をしようとしているのか、俺たちには判断がつきかねた。

はっきりしていることは、梨奈の現状について『何も知らない』ということだけだった。



俺を見る梨奈の父親の瞳からも目の前にいる二人の刑事への不信感と、どこまで話すべきかという迷いが読み取れた。

俺は梨奈の父親の目を見つめ返し、視線で話を引き取ることを伝えた。



原田刑事と山口刑事の思惑はどうであれ、今にも病室のドアを開けてしっかりとした足取りで梨奈が現れるとでも考えている節がある、梨奈に関する情報の差し替えだけは、今この場で行わなければと強く感じていた。

何より、原田刑事と山口刑事の梨奈を軽んじているとも取れる言動が、鼻に付き我慢ならなかった。



俺は、慎重に言葉を選び並べていった。

「梨奈が樫山美咲さんにより負わされた怪我は深刻なものだったらしく、多くの血を失ったそうです。そのことが原因で、私の子供を妊娠中の梨奈は流産の可能性があり、母子共に命の危険がある状況だと説明を受けています」

「現在、梨奈さんの意識はありますか。何か話されましたか」

「詳しい状況をお知りになりたいのであれば、担当医の方から直接話を聞い下さい。私共から、これ以上申し上げることは何もありません」



俺の説明を聞いても態度を変えることもなく、梨奈には会わせてもらえないのだと話していたにも拘わらず、その話の真偽を確かめるように梨奈の状態を質す原田刑事に対して、俺は用心の必要がある相手として自分の記憶に刻み付けた。




『分かりました』とあっさり引いた原田刑事は一呼吸置くと、話題を換え俺に向けて問い掛けてきた。

「今回の事故が起きた背景について、新井さんに伺いたいのですが……」
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