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第百五十話 驚天動地
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一月二十二日午後六時半過ぎ。
その日の業務を終えて、森山法律事務所の中で達雄先生とこれからの予定について打ち合わせをしていると携帯電話が鳴った。
仕事柄、いつ依頼人から連絡が入るか分からないため、基本的に通話はいつでも可能だった。
接客用の応接セットに達雄先生と向かい合って座っていた俺は、一言断りを入れ、自分のデスクの上に置いてあった携帯電話を取りに向かい、掛けてきた相手を確かめると真衣からだった。
一瞬、どうしようかと考え、それから通話ボタンに触れた。
「た、達樹。どうしよう……。どうしたらいいの……。ねえ、達樹。何とかして……」
電話が繋(つな)がった途端、こちらから呼び掛ける前に酷(ひど)く慌てて話し始めた真衣の様子に、俺の身体を緊張が駆け抜ける。
常にない真衣の状態に何か問題が起こったのだと悟った俺は、真衣を落ち着かせるためにいつも通りに真衣に話し掛けた。
「真衣。どうしたんだ。何かあったのか」
咄嗟(とっさ)の判断で、話しながらデスクの上に常備してあるメモ用紙とペンを掴み、応接セットの元の場所へ戻った。
「……りな……、梨奈が……」
応接セットのテーブルの上にメモ用紙を置いて『問題が起きた』と走り書きをし、心配気に俺を見ていた達雄先生に差し出そうとして、真衣の口から梨奈さんの名前が出たことで手が止まった。
予期せぬ名前に、俺は達雄先生の顔に視線を止めたまま、努めてなんでもない風に聞き返した。
「梨奈さん。梨奈さんがどうかしたのか。今、一緒にいるのか」
「……っ……うっ……うう……」
言葉にならず真衣の嗚咽(おえつ)だけが返され、否応なしに焦り始めている自分を意識しながら、それでも俺は堪(こら)えて真衣に話しかけた。
「真衣。何があったんだ。話してくれないと、何も分からないだろ」
「……あの女が……」
「あの、女……」
真衣が『あの女』と言った響きに不穏なものを感じ、俺は用心しながら言葉を繰り返した。
その途端、真衣が一気に捲(まく)し立てた。
「樫山美咲よ。あの女が、梨奈を傷付けたのよ」
背中に冷たい汗が流れた。
信じたくない思いと、あってはいけないことが起こってしまったという思いが同時に沸き起こる。
「……梨奈さんは、無事なのか……」
「りな……。きつく押さえたのに、一生懸命止めようとしたのに……、それなのに、どんどん血が流れて……」
辛(かろ)うじて言葉にできた俺の問い掛けは、多分に願望がこもったものだったが、真衣から返された答えに一瞬目の前が暗くなり気が遠退(とおの)き掛けた。
その日の業務を終えて、森山法律事務所の中で達雄先生とこれからの予定について打ち合わせをしていると携帯電話が鳴った。
仕事柄、いつ依頼人から連絡が入るか分からないため、基本的に通話はいつでも可能だった。
接客用の応接セットに達雄先生と向かい合って座っていた俺は、一言断りを入れ、自分のデスクの上に置いてあった携帯電話を取りに向かい、掛けてきた相手を確かめると真衣からだった。
一瞬、どうしようかと考え、それから通話ボタンに触れた。
「た、達樹。どうしよう……。どうしたらいいの……。ねえ、達樹。何とかして……」
電話が繋(つな)がった途端、こちらから呼び掛ける前に酷(ひど)く慌てて話し始めた真衣の様子に、俺の身体を緊張が駆け抜ける。
常にない真衣の状態に何か問題が起こったのだと悟った俺は、真衣を落ち着かせるためにいつも通りに真衣に話し掛けた。
「真衣。どうしたんだ。何かあったのか」
咄嗟(とっさ)の判断で、話しながらデスクの上に常備してあるメモ用紙とペンを掴み、応接セットの元の場所へ戻った。
「……りな……、梨奈が……」
応接セットのテーブルの上にメモ用紙を置いて『問題が起きた』と走り書きをし、心配気に俺を見ていた達雄先生に差し出そうとして、真衣の口から梨奈さんの名前が出たことで手が止まった。
予期せぬ名前に、俺は達雄先生の顔に視線を止めたまま、努めてなんでもない風に聞き返した。
「梨奈さん。梨奈さんがどうかしたのか。今、一緒にいるのか」
「……っ……うっ……うう……」
言葉にならず真衣の嗚咽(おえつ)だけが返され、否応なしに焦り始めている自分を意識しながら、それでも俺は堪(こら)えて真衣に話しかけた。
「真衣。何があったんだ。話してくれないと、何も分からないだろ」
「……あの女が……」
「あの、女……」
真衣が『あの女』と言った響きに不穏なものを感じ、俺は用心しながら言葉を繰り返した。
その途端、真衣が一気に捲(まく)し立てた。
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「りな……。きつく押さえたのに、一生懸命止めようとしたのに……、それなのに、どんどん血が流れて……」
辛(かろ)うじて言葉にできた俺の問い掛けは、多分に願望がこもったものだったが、真衣から返された答えに一瞬目の前が暗くなり気が遠退(とおの)き掛けた。
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