会いたい・・・

小田成美

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第百八話 温度差

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 一刻も早く適切な手を打つ必要があることは、怒りで熱せられた俺の頭でも分かっていた。



「お茶を、淹れ直すよ」

俺は気持ちを切り替えようと肩に乗せられた父の手を掴んで外し、それぞれの前に置いてあった湯飲み茶碗を集めて温くなったお茶をシンクに流し改めて三人分のお茶を淹れた。



黒木弁護士は、母から取った念書を何に使うつもりなのだろうかと考えながら、父と母の前に湯気の上がる湯飲み茶碗を置いた時、母がポツリポツリと零した。

「本当に、良いお嬢さんだったのよ。清楚で、直向(ひたむき)で……」

俺は母が誰のことを言っているのか、すぐには理解できなかった。

そんな俺を横目で見た父が、母の話を遮(さえぎ)るように不快感を滲(にじ)ませながら言葉を差し挟んだ。



「お前は、誰の母親なんだ。俺には息子しかいない。手塩に掛けて大事に守り育てた、誰にでも胸を張って自慢できる息子が一人いるだけだ」

「私だって、尚哉しか産んだ覚えはないわ」

「だったら、なぜ、尚哉を傷付けるようなことを言うんだ。事情はちゃんと説明しただろ。それなのに、散々、尚哉を苦しめてきた相手の肩を持つようなことを言うのは、どういう了見なんだ。尚哉には、梨奈さんだっているんだぞ」



俺のことが原因で、目の前で言い合う両親の姿を見ているのは居た堪(たま)れなかった。

“この場を、なんとか収めないと……”
と考えているうちに熱くなっていた頭が徐々に冷え、思考が働くようになると黒木弁護士の動きが気になりだした。


「母さん。黒木弁護士は、母さんから念書を受け取った後、具体的にどうしろというようなことは言っていなかったかな」

「えっ」

「尚哉。大丈夫だ。明日の朝一番で、父さんの方から樫山専務に断りの連絡を入れる。今は、親の言いなりで結婚する時代じゃないんだからな」



自分たちが話していた内容とは繋(つな)がらない話を振られた母は、念書を取られた意味を深く受け止められず俺の問いに応えることに戸惑いを見せた。

母とは反対に問題の深刻さに気付いていた父が、俺を安心させるように言葉を掛けてきた。



父が美咲と俺の結婚に反対の意思表示をすることに大きな意味があることは分かっていたが、母の署名捺印した念書がある今、それが吉と出るのか凶と出るのか俺には判断がつきかねた。



そこで、俺は父に提案した。

「向こうがどういう態度をとってきたとしても、対処するための時間は必要になると思う。だから、少しでも時間を稼げるように、俺にはまだ何も話していないということにしてくれないか」

結婚の当事者である俺には、どういう要求であっても知らせる必要があるため、それを理由にごり押しされることを防ぎたいのだと伝えると、父も納得してくれ『分かった』と頷(うなず)いた。
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