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第百話 あやふやな証言
しおりを挟むここの所、深刻な内容の話し合いが続いていたため、座卓の上からはビールが消え、替わりにコーヒーの入ったマグカップがそれぞれの前に置かれていた。
また、自由にお代わりができるようにと、空いている席の座卓の上にはコーヒーを満たしたコーヒーメーカーもミルクと砂糖と一緒に用意されていた。
「何をするつもりなんだ」
笑みを湛(たた)えたままマグカップを口に運んでいた達樹の腹の内が知りたくて、問い掛けた俺に達樹はマグカップを元の位置に戻し語り始めた。
「今回、訴えを起こす場所は、裁判所ではなく社内の監査委員会だろう。それに、訴える内容に、遺産相続の類が含まれているわけでもない。それらを踏まえて考えれば、子供の父親は誰かということはキーポイントとはなっても、特定される必要はないということになる」
「なぜ、そうなるんだ」
達樹の話に、俺は腑に落ちないものを感じて問い返した。
「監査委員会にとっては、新井尚哉が子供の父親かどうかは審判を下す際の判断基準の一つとなるだろうが、新井尚哉以外の誰が父親でも大差はないということだ」
達樹の話は理解できないものではなかったが、結局は、俺が父親かどうか特定される必要があるのではないかと、納得のいかない思いを感じていた俺に達樹が改めて説明した。
「監査委員会がお前を父親と見做(みな)す際の重要な材料となるのは、子供の母親である樫山専務の娘の証言だ。その娘の証言が、信頼に足(た)るものではないと監査委員会に印象付けることができれば、いくら樫山専務やその娘が子供の父親はお前だと言い張ったとしても、お前を子供の父親だと見做すことに躊躇(ためら)いを感じるはずだ」
「つまり、それは俺が子供の父親ではないことを証明するのではなく、樫山専務の娘が偽(いつわ)りの証言をしているのではないかと、監査委員会に疑いを持たせるということか」
達樹の話を聞いて俺が受け取った内容で間違いないか確かめると、達樹はマグカップに手を伸ばしながら肯定の返事をした。
「平たく言えば、そうなるな」
「本当にそうすることができれば、監査委員会の下す審判にも大きく影響を与えることができ、尚哉君のためにもなるだろう」
達雄先生が達樹の考えを推(お)すように話を繋(つな)ぐと、達樹はマグカップを手にしたまま話し始めた。
「子供に対する父親の責任は、とてつもなく重いものだ。だから、一般的には子供の父親であることを認めようとしない相手には、子供が生まれた後で親子鑑定などをしてその関係を医学的に確定させた上で、その相手に父親としての責任を求めることになる」
通常であれば、相手に言い逃れさせないように、そういう手段を取るのだろうなと思い俺は頷いた。
「このことは、監査委員会でも常識として頭に入っているはずだ。ところが、樫山専務は常識から外れ、父親かどうかはっきりしない相手に、権力をもって父親の責任を押し付けようとしたとなれば、監査委員会の受ける印象も大きく変わり、下される審判も尚哉と子供の関係を認めない内容となるだろう。そこで、監査委員会が公式に親子関係を否定したとなれば、樫山専務も今までのような態度はとれなくなる」
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