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シェードカオン
笑劇──空虚の弔い
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暗い雲が空を覆う。白いものが微かに舞う。瀟洒な教会は雪化粧をし、踏む大地も凍てついている。そこを行く人は皆黒い衣装に身を包み、世界はまるで黒と白とに塗り分けられているかのようであった。
その日は強い寒気がシェードカオンを襲っていた。
参列した人々の息も白く凍りつく。
マドゥの姓を持つ者のため用意されている広い墓地。その一角にギルバートの墓が作られる。
遺体はなく、空の棺が納められるだけだ。だからそれは、死者を送るのではなく、単なる節目のための儀式に過ぎない。
参列した人々にも悲嘆の色はない。
葬儀でマドゥ家の人々のすぐ近くまで参列を許されるほどの者は、詳細を知っているか、そうでなくとも状況判断でなにが起きたのかを察することができる者達だからだ。
たとえ死を悼むものがいようと、それは何ヶ月も前の出来事だ。涙はとうにつきた。
裏切り者の死を悼むものはなく──それでも公にすることができないだけに葬儀には出席する──できの悪い芝居じみた葬送だ。
沈んだ喪服の妻だけが、真に悲しんでいる。
立ち並ぶ遺族──マドゥコネクションの大ボスたる父と母。兄と弟と妻──小さな娘は悪天候のため室内に子守と供に残された──その間近の参列席に加害者たる者が参列しているのが、笑劇の最たるものだろう。
ギルバードの妻と母親は黒いベールで表情が隠れているためどのような感情を持っているのかは分からない。
父である大ボスは悲痛な表情をし、兄であるエドワードは事務的な無表情で無視しているが、三男のアレクサンダーは気になるのか、ときおり視線をそちらに向ける。
遺族の席ではないものの、最上級の幹部の席にまざりクロスは葬式に参列していた。
クロスの身分では本来そんな席ではないのだが、恐らくはこの後の幹部会で大ボスの子供の一人として扱うと発表することが微妙に影響している。
その証拠にクロスはボディチェックをうけなかった。
本来参列者は幹部といえどボディチェックを行い武装解除される。それを免れるのはマドゥの姓を持つ大ボスの家族のみだ。
家族席に入れるわけにはいかないが、さりとてただのメンバーの一人として扱うこともできない。そんな苦肉の策なのだろう。
うっかり見落としたと言いつくろうつもりなのか、同伴している部下にも身体検査はなしだ。
独身のクロスは、なぜか夫人が立つべき席に部下の一人を立たせている。本来なら別の列に並ぶべき者だが、クロスが「こいつはいいんだ」と無理矢理連れてきた。
長い黒髪に、大振りなサングラスをかけた若い男だ。
二人とも防寒のためか着膨れているように見える。もっとも高齢者の多い幹部席では、似たように着膨れている者が多く、そういう意味では目立たない。
若さと、長身の威風堂々とした立ち姿に、端正な男らしい容貌が人目を惹く。両頬の目立つ傷が危険な雰囲気を引き立てている。
そばに立つ部下も長身だが、クロスには少々及ばない。サングラスで顔が隠れているがすっきりとしたあごのラインと通った鼻筋や口元が整った容姿であることが知れる。
クロスと違い、居心地の悪さを感じているのか俯いて、なるべく目立たないようにしているのが見て取れる。
花だけでそこにいるべき主を持たない空の棺が納められ、土をかけられる。葬送曲が流される。真新しい墓がひとつ作られた。司祭が祈りを捧げ、弔いの鐘が鳴る。
遺族が祈りを捧げるため墓に向かって進み出たとき──異変が起きた──
一部の墓が口をあけ、複数の人影を吐き出した。
いつからそんな所に潜んでいたのか、その手には銃器が握られていた。遺族──大ボスとその家族との間に障害物はほとんどない──射線がひらけている。
突然のことに呆然とする大ボス達にそいつらは銃口を向けた。慌ててガード達がカバーしようとするが──間に合うはずもない。
空気を切り裂く稼動音。銃声とともに、それはマドゥコネクションのものなら一度は耳にしたものだ。
銃器から吐き出された弾丸は、大ボスとその家族の前に立ちはだかった二つの人影に阻まれた。
二人に降りかかる粉雪が空中で止まってとける。それがライトシールドを展開させていることを知らしめた。
分厚いコートの下は、喪服と同じ黒ではあるが『サザンクロス』の制服だった。足には『韋駄天』。それが大ボス達を救った。
「大ボスと家族を避難させろ!」
クロスは制服に装着している拳銃を抜き放っていた。ここにいたってやっとガード達は大ボスの壁になるように位置を固め、大ボスとその家族を遮蔽物の陰に引き込んだ。
「行け!」
「OKボス!」
甲高い『韋駄天』の稼動音。
束ねられた黒髪が鮮やかに翻る。スピードについていけずに大振りなサングラスが地に落ちて砕ける。顔をあらわにしたスワロウの両手には愛用の剣が握られていた。
クロスの銃撃は墓石で身を隠しながら射撃する襲撃者の手元を襲い、次々と銃を取り落とさせる。敵もライトシールドを展開させているというのに、なぜかクロスの弾丸は何もないかのごとく命中する。
武器を失った敵の目前には、すでにスワロウが迫っていた。
閃く白刃は一刀で障害物となりうる墓石を両断し、二刀目が武器を構える間も与えず血肉を切り裂いた。
血飛沫が上がり、そのときにはもうスワロウは別の敵に向かっていた。間の障害物となる墓石は、まさに飛燕のごとき旋回でかわし、最短の時間で襲い掛かる。
高速の『韋駄天』を使いながら、そこまで小回りの効くものを他の誰も知らない。
空の弾倉を落し、予備の弾倉を入れ替える。その時間はわずか数秒。弾丸を補充したクロスは敵の足止めに弾幕をはる。
ライトシールドを貫く銃弾。それから身を護るには遮蔽を取るしかない。
クロスの銃撃から身を護るため、墓石から離れられない敵はスワロウの餌食だ。銃をあきらめヒルト鉱石の武器を取ろうにも、そのときには肉体に、スワロウの刃が食い込んでいた。
会場は蜂の巣を叩き落したかのような騒ぎになった。
最初の射撃が大ボスとその家族に集中し、それをクロスとスワロウがかばったため、その射撃での死者はいなかったが、そこにいるのはコネクションの幹部達である。一人でも死者がでればコネクションにとっては大きな痛手だ。警備の者は参列客を避難させるのに必死だ。
手元に武器があれば応戦していただろうが、その場で武器の携帯が許されていたのは、警備の者と、意図的に目溢しされた『サザンクロス』の二人だけだった。
大ボスの家族は最初からなんの武装もしておらず、警備にしても教会内の者は形式上の武装しかしていない。避難させるにしても、遠くに逃げるか、墓石の影に身を潜めるしかない。ライトシールドすら装備していなかった警備員は客の頭を下げさせ、あるいは自分の身を盾とするしかなかった。
クロスが片っ端から相手の銃を打ち落としていなければ、被害はもっと酷いものになっていただろう。
「こいつら!」
それに気づいたスワロウは剣を手放し、男のあごを掴んで口をこじ開けたが、すでに手遅れだった。男はがくがくと震え、血を吐き出して絶命した。
スワロウは舌打ちした。
「殺しちまったのか? おまえにしちゃあ、珍しいな」
「すまねえ、ボス。こいつら口の中に自決用の毒を仕込んでいやがった」
スワロウは行動不能になる程度の傷しか負わせていなかったが、相手は全員毒を使って自殺していた。
「……捨て駒だな。成功しても失敗しても、直後に命を絶つ手筈だったんだろう」
確かに教会内の警備はお粗末だが、外の警備はコネクションのお膝元にふさわしく厳しいものだ。ましてや会場となる教会の周りは何十にもなる警戒態勢が整えられている。
逃げ出す算段をするよりは、自殺した方が手っ取り早い。コネクションの中枢を襲撃したのだ、捕らえられれば、どのような目にあわせられるかは、明白だ。おぞましい苦痛を味わうよりは、死を選んだというだけ。賢い選択だろう。
「面倒なことになりそうだな」
時間にすれば、数十分か十数分のことだっただろう。
しかし、コネクションの本拠地であるシェードカオンで、しかもコネクションの中枢である大ボスとその家族、最高幹部が襲撃されるというのは、前代未聞のことであった。
人々のうろたえぶりも仕方ないだろう。
「大ボスと家族は?」
クロスは警備らしい男達に声をかけた。
「おかげさまで、ボスに怪我はありません。エドワード様が跳弾で軽症を負いましたが、他のご家族は無事です」
警備の男はクロスに頭を下げた。
実質敵は『サザンクロス』の二人で片付けてくれたようなものだ。
二人が盾とならなければ、最初の銃撃でコネクションの頭とも言える大ボスとその息子がそろって射殺されていただろう。
またクロスが銃撃により敵を牽制していてくれたおかげで、他への攻撃もなかった。
クロスの援護を受けてスワロウ(警備員は名前を知らなかったが)が短時間で敵を殲滅してくれたおかげで、跳弾と避難のときのどさくさで、多少の怪我人はいたが死者はない。
攻撃手段もなく、逃げ惑うことしかできなかったことを考えれば破格の被害の少なさだろう。
大ボスは左右を警備員に付き添われていた。伏せたり遮蔽が取れる場所まで体を低くして逃げたせいか、泥にまみれ、髪も乱れている。
「おまえに助けられたようだな……」
「僥倖でした。お怪我がなくてなにより。申し訳ありませんが、敵に死なれてしまいました」
「この状況では、よくやってくれた。礼を言う」
教会の中や敷地の外から人がやってきて騒然となっていた。
怪我人は運び出され、怪我をしなかった者も、精神的な打撃を受けたり、汚れたりして皆その場を離れようとしていた。
大ボスの三男に当たるアレクサンダー・マドゥはまだその場を離れられない一人だった。
遮蔽として利用した墓石の影で立つこともできず、頭を抱え歯の根があわないほどに震えていた。奇麗にセットされていた髪も乱れ、泥に汚れ貴公子然とした容貌も台無しである。
「アレクサンダー様、もう大丈夫です」
警備員が声をかけるが、アレクサンダーはまだ震えていた。
「……うん……分かってるよ……分かっているんだけどね……た、立てない……」
目の前の荒事に、繊細なアレクサンダーの精神は大打撃を受けていた。
銃口が向けられ、発砲された。飛び込んできた人影がなければ、死んでいた。その後ガードの連中に墓石の影に引っ張り込まれ、銃撃戦が終わるまで伏せていた。
それだけで自分は恐慌状態に陥ったというのに、異母弟のクロスはどうだろう。
いくらライトシールドを張っていたとはいえ、自ら銃撃に身を晒すなんて、アレクサンダーには信じられなかった。
それどころか反撃し、殲滅してしまった。もう、同じ人間とは思えない。
アレクサンダーの位置からも見事に両断された墓石が見える。
「き、君、あの墓石を斬れる?」
ガード連中はちらりと墓石に目をやり、互いに視線を交し合った。
「無理です。いくら強靭なヒルト鉱石の武器を使っても、あそこまでは……」
「じ、じゃあ、彼ってば、凄腕なんだ」
「そのようです……」
長い黒髪の秀麗な顔立ちのクロスの部下。つけた世話役は顔立ちのせいで甘く見ていたようだし、アレクサンダーとしては、クロスが彼を特別扱いするのは愛人だからだと思っていた。
だが、その腕前を見てしまった今では、実はそうとう襲撃を警戒していたのだと分かる。返り血を浴びた姿は、顔立ちが変わったわけでもないのに凄みを感じさせる。『サザンクロス』の幹部あたりかも知れないとアレクサンダーは思った。
「どうした?」
警備の者に何事か指示を出していたクロスが、声をかけてきた。
「や、やあクロス……助けてくれて、ありがとう……な、情けないけど……腰が抜けて……これだから、ギル兄さんには腰抜けって言われてたん……役立たずで……」
少し涙がにじんできた。
クロスは軽く首を傾げて、腕を掴んで立たせようとした。しかし、腰が立たないアレクサンダーは手を貸されても立てない。クロスは立たせるのをあきらめ、肩に担いだ。
「ひぇっっ!」
クロスはそのまま一番近い建物に向かった。成人のアレクサンダーを担いでいるというのに、その歩みはゆるぎない。
「気にするな。人間には向き不向きがある。あんたは荒事に向いてないだけだ。だからといって役立たずだと決め付けるのは狭量だな」
アレクサンダーは驚いた。自分でも情けないと分かっているだけに、そういうことに強い人間がそんなふうに言ってくれるとは思わなかった。
「あんたが仕切った娯楽関係はうちの者にも評判がいい。酒も食い物も旨いし、アトラクションやショーは面白いとさ。人を楽しませるのがあんたの本領だろう、兄貴」
「クロスゥ……」
アレクサンダーは思わず涙ぐんだ。
クロスは初めてアレクサンダーを兄と呼んだ。精一杯の譲歩だった。『お兄ちゃん』などとは、死んでも呼べないが、これならなんとか言える。
現場は惨憺たる有様だったが、事態の収拾のため人は動き出した。
その日は強い寒気がシェードカオンを襲っていた。
参列した人々の息も白く凍りつく。
マドゥの姓を持つ者のため用意されている広い墓地。その一角にギルバートの墓が作られる。
遺体はなく、空の棺が納められるだけだ。だからそれは、死者を送るのではなく、単なる節目のための儀式に過ぎない。
参列した人々にも悲嘆の色はない。
葬儀でマドゥ家の人々のすぐ近くまで参列を許されるほどの者は、詳細を知っているか、そうでなくとも状況判断でなにが起きたのかを察することができる者達だからだ。
たとえ死を悼むものがいようと、それは何ヶ月も前の出来事だ。涙はとうにつきた。
裏切り者の死を悼むものはなく──それでも公にすることができないだけに葬儀には出席する──できの悪い芝居じみた葬送だ。
沈んだ喪服の妻だけが、真に悲しんでいる。
立ち並ぶ遺族──マドゥコネクションの大ボスたる父と母。兄と弟と妻──小さな娘は悪天候のため室内に子守と供に残された──その間近の参列席に加害者たる者が参列しているのが、笑劇の最たるものだろう。
ギルバードの妻と母親は黒いベールで表情が隠れているためどのような感情を持っているのかは分からない。
父である大ボスは悲痛な表情をし、兄であるエドワードは事務的な無表情で無視しているが、三男のアレクサンダーは気になるのか、ときおり視線をそちらに向ける。
遺族の席ではないものの、最上級の幹部の席にまざりクロスは葬式に参列していた。
クロスの身分では本来そんな席ではないのだが、恐らくはこの後の幹部会で大ボスの子供の一人として扱うと発表することが微妙に影響している。
その証拠にクロスはボディチェックをうけなかった。
本来参列者は幹部といえどボディチェックを行い武装解除される。それを免れるのはマドゥの姓を持つ大ボスの家族のみだ。
家族席に入れるわけにはいかないが、さりとてただのメンバーの一人として扱うこともできない。そんな苦肉の策なのだろう。
うっかり見落としたと言いつくろうつもりなのか、同伴している部下にも身体検査はなしだ。
独身のクロスは、なぜか夫人が立つべき席に部下の一人を立たせている。本来なら別の列に並ぶべき者だが、クロスが「こいつはいいんだ」と無理矢理連れてきた。
長い黒髪に、大振りなサングラスをかけた若い男だ。
二人とも防寒のためか着膨れているように見える。もっとも高齢者の多い幹部席では、似たように着膨れている者が多く、そういう意味では目立たない。
若さと、長身の威風堂々とした立ち姿に、端正な男らしい容貌が人目を惹く。両頬の目立つ傷が危険な雰囲気を引き立てている。
そばに立つ部下も長身だが、クロスには少々及ばない。サングラスで顔が隠れているがすっきりとしたあごのラインと通った鼻筋や口元が整った容姿であることが知れる。
クロスと違い、居心地の悪さを感じているのか俯いて、なるべく目立たないようにしているのが見て取れる。
花だけでそこにいるべき主を持たない空の棺が納められ、土をかけられる。葬送曲が流される。真新しい墓がひとつ作られた。司祭が祈りを捧げ、弔いの鐘が鳴る。
遺族が祈りを捧げるため墓に向かって進み出たとき──異変が起きた──
一部の墓が口をあけ、複数の人影を吐き出した。
いつからそんな所に潜んでいたのか、その手には銃器が握られていた。遺族──大ボスとその家族との間に障害物はほとんどない──射線がひらけている。
突然のことに呆然とする大ボス達にそいつらは銃口を向けた。慌ててガード達がカバーしようとするが──間に合うはずもない。
空気を切り裂く稼動音。銃声とともに、それはマドゥコネクションのものなら一度は耳にしたものだ。
銃器から吐き出された弾丸は、大ボスとその家族の前に立ちはだかった二つの人影に阻まれた。
二人に降りかかる粉雪が空中で止まってとける。それがライトシールドを展開させていることを知らしめた。
分厚いコートの下は、喪服と同じ黒ではあるが『サザンクロス』の制服だった。足には『韋駄天』。それが大ボス達を救った。
「大ボスと家族を避難させろ!」
クロスは制服に装着している拳銃を抜き放っていた。ここにいたってやっとガード達は大ボスの壁になるように位置を固め、大ボスとその家族を遮蔽物の陰に引き込んだ。
「行け!」
「OKボス!」
甲高い『韋駄天』の稼動音。
束ねられた黒髪が鮮やかに翻る。スピードについていけずに大振りなサングラスが地に落ちて砕ける。顔をあらわにしたスワロウの両手には愛用の剣が握られていた。
クロスの銃撃は墓石で身を隠しながら射撃する襲撃者の手元を襲い、次々と銃を取り落とさせる。敵もライトシールドを展開させているというのに、なぜかクロスの弾丸は何もないかのごとく命中する。
武器を失った敵の目前には、すでにスワロウが迫っていた。
閃く白刃は一刀で障害物となりうる墓石を両断し、二刀目が武器を構える間も与えず血肉を切り裂いた。
血飛沫が上がり、そのときにはもうスワロウは別の敵に向かっていた。間の障害物となる墓石は、まさに飛燕のごとき旋回でかわし、最短の時間で襲い掛かる。
高速の『韋駄天』を使いながら、そこまで小回りの効くものを他の誰も知らない。
空の弾倉を落し、予備の弾倉を入れ替える。その時間はわずか数秒。弾丸を補充したクロスは敵の足止めに弾幕をはる。
ライトシールドを貫く銃弾。それから身を護るには遮蔽を取るしかない。
クロスの銃撃から身を護るため、墓石から離れられない敵はスワロウの餌食だ。銃をあきらめヒルト鉱石の武器を取ろうにも、そのときには肉体に、スワロウの刃が食い込んでいた。
会場は蜂の巣を叩き落したかのような騒ぎになった。
最初の射撃が大ボスとその家族に集中し、それをクロスとスワロウがかばったため、その射撃での死者はいなかったが、そこにいるのはコネクションの幹部達である。一人でも死者がでればコネクションにとっては大きな痛手だ。警備の者は参列客を避難させるのに必死だ。
手元に武器があれば応戦していただろうが、その場で武器の携帯が許されていたのは、警備の者と、意図的に目溢しされた『サザンクロス』の二人だけだった。
大ボスの家族は最初からなんの武装もしておらず、警備にしても教会内の者は形式上の武装しかしていない。避難させるにしても、遠くに逃げるか、墓石の影に身を潜めるしかない。ライトシールドすら装備していなかった警備員は客の頭を下げさせ、あるいは自分の身を盾とするしかなかった。
クロスが片っ端から相手の銃を打ち落としていなければ、被害はもっと酷いものになっていただろう。
「こいつら!」
それに気づいたスワロウは剣を手放し、男のあごを掴んで口をこじ開けたが、すでに手遅れだった。男はがくがくと震え、血を吐き出して絶命した。
スワロウは舌打ちした。
「殺しちまったのか? おまえにしちゃあ、珍しいな」
「すまねえ、ボス。こいつら口の中に自決用の毒を仕込んでいやがった」
スワロウは行動不能になる程度の傷しか負わせていなかったが、相手は全員毒を使って自殺していた。
「……捨て駒だな。成功しても失敗しても、直後に命を絶つ手筈だったんだろう」
確かに教会内の警備はお粗末だが、外の警備はコネクションのお膝元にふさわしく厳しいものだ。ましてや会場となる教会の周りは何十にもなる警戒態勢が整えられている。
逃げ出す算段をするよりは、自殺した方が手っ取り早い。コネクションの中枢を襲撃したのだ、捕らえられれば、どのような目にあわせられるかは、明白だ。おぞましい苦痛を味わうよりは、死を選んだというだけ。賢い選択だろう。
「面倒なことになりそうだな」
時間にすれば、数十分か十数分のことだっただろう。
しかし、コネクションの本拠地であるシェードカオンで、しかもコネクションの中枢である大ボスとその家族、最高幹部が襲撃されるというのは、前代未聞のことであった。
人々のうろたえぶりも仕方ないだろう。
「大ボスと家族は?」
クロスは警備らしい男達に声をかけた。
「おかげさまで、ボスに怪我はありません。エドワード様が跳弾で軽症を負いましたが、他のご家族は無事です」
警備の男はクロスに頭を下げた。
実質敵は『サザンクロス』の二人で片付けてくれたようなものだ。
二人が盾とならなければ、最初の銃撃でコネクションの頭とも言える大ボスとその息子がそろって射殺されていただろう。
またクロスが銃撃により敵を牽制していてくれたおかげで、他への攻撃もなかった。
クロスの援護を受けてスワロウ(警備員は名前を知らなかったが)が短時間で敵を殲滅してくれたおかげで、跳弾と避難のときのどさくさで、多少の怪我人はいたが死者はない。
攻撃手段もなく、逃げ惑うことしかできなかったことを考えれば破格の被害の少なさだろう。
大ボスは左右を警備員に付き添われていた。伏せたり遮蔽が取れる場所まで体を低くして逃げたせいか、泥にまみれ、髪も乱れている。
「おまえに助けられたようだな……」
「僥倖でした。お怪我がなくてなにより。申し訳ありませんが、敵に死なれてしまいました」
「この状況では、よくやってくれた。礼を言う」
教会の中や敷地の外から人がやってきて騒然となっていた。
怪我人は運び出され、怪我をしなかった者も、精神的な打撃を受けたり、汚れたりして皆その場を離れようとしていた。
大ボスの三男に当たるアレクサンダー・マドゥはまだその場を離れられない一人だった。
遮蔽として利用した墓石の影で立つこともできず、頭を抱え歯の根があわないほどに震えていた。奇麗にセットされていた髪も乱れ、泥に汚れ貴公子然とした容貌も台無しである。
「アレクサンダー様、もう大丈夫です」
警備員が声をかけるが、アレクサンダーはまだ震えていた。
「……うん……分かってるよ……分かっているんだけどね……た、立てない……」
目の前の荒事に、繊細なアレクサンダーの精神は大打撃を受けていた。
銃口が向けられ、発砲された。飛び込んできた人影がなければ、死んでいた。その後ガードの連中に墓石の影に引っ張り込まれ、銃撃戦が終わるまで伏せていた。
それだけで自分は恐慌状態に陥ったというのに、異母弟のクロスはどうだろう。
いくらライトシールドを張っていたとはいえ、自ら銃撃に身を晒すなんて、アレクサンダーには信じられなかった。
それどころか反撃し、殲滅してしまった。もう、同じ人間とは思えない。
アレクサンダーの位置からも見事に両断された墓石が見える。
「き、君、あの墓石を斬れる?」
ガード連中はちらりと墓石に目をやり、互いに視線を交し合った。
「無理です。いくら強靭なヒルト鉱石の武器を使っても、あそこまでは……」
「じ、じゃあ、彼ってば、凄腕なんだ」
「そのようです……」
長い黒髪の秀麗な顔立ちのクロスの部下。つけた世話役は顔立ちのせいで甘く見ていたようだし、アレクサンダーとしては、クロスが彼を特別扱いするのは愛人だからだと思っていた。
だが、その腕前を見てしまった今では、実はそうとう襲撃を警戒していたのだと分かる。返り血を浴びた姿は、顔立ちが変わったわけでもないのに凄みを感じさせる。『サザンクロス』の幹部あたりかも知れないとアレクサンダーは思った。
「どうした?」
警備の者に何事か指示を出していたクロスが、声をかけてきた。
「や、やあクロス……助けてくれて、ありがとう……な、情けないけど……腰が抜けて……これだから、ギル兄さんには腰抜けって言われてたん……役立たずで……」
少し涙がにじんできた。
クロスは軽く首を傾げて、腕を掴んで立たせようとした。しかし、腰が立たないアレクサンダーは手を貸されても立てない。クロスは立たせるのをあきらめ、肩に担いだ。
「ひぇっっ!」
クロスはそのまま一番近い建物に向かった。成人のアレクサンダーを担いでいるというのに、その歩みはゆるぎない。
「気にするな。人間には向き不向きがある。あんたは荒事に向いてないだけだ。だからといって役立たずだと決め付けるのは狭量だな」
アレクサンダーは驚いた。自分でも情けないと分かっているだけに、そういうことに強い人間がそんなふうに言ってくれるとは思わなかった。
「あんたが仕切った娯楽関係はうちの者にも評判がいい。酒も食い物も旨いし、アトラクションやショーは面白いとさ。人を楽しませるのがあんたの本領だろう、兄貴」
「クロスゥ……」
アレクサンダーは思わず涙ぐんだ。
クロスは初めてアレクサンダーを兄と呼んだ。精一杯の譲歩だった。『お兄ちゃん』などとは、死んでも呼べないが、これならなんとか言える。
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