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コトウ
葬送
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死者に手向けるのは、純白の百合がいい。
生前なにをしていても、死んでしまえば安らかに眠れる。
霧のような雨が降っていた。
クロスは真新しい墓に、花を添えた。
身内は無いようなものだと聞いた。
今さらこんな死体を送っても、迷惑なだけだろう。
だから、自分が弔った。
故人がどう思うかは、分からない。
単なる自己満足かも知れないが、せめてこの手で送ってやりたかった。
クロスはしばし無言で佇み、死者を悼んだ。
「すまんな、俺にはこんなことしかしてやれん」
クロスは踵をかえして立ち去った。
雨はまだやまない。
「よく助かったもんだな……」
「このざまだがな」
スワロウの肉体は機械に繋がれ、ベッドに寝かされていた。部屋の壁いっぱいに置かれている医療器具が命を繋いでいる。
機械に繋がれ、腕すらいくつもの点滴のチューブを挿されて、身動きの取れないスワロウが辛うじて動かせるのは、首ぐらいなものだ。
「クローン臓器に取替えだとよ。培養がすむまで、このままだ」
「それでも生きてりゃいい……ヴィオとマリオが死んだ……」
ヴィオが死んだのは、スワロウにも分かった。メットを粉砕され、頭がはじけるのが見えたからだ。
二人が先頭で弾丸の大半を受けてくれたからこそ、クロスを庇いきれたのだ。そうでなければ、生身の肉体など跡形をとどめることさえ出来なかっただろう。
マリオネットの装甲と、強固な機械を植え込まれたヴィオのサイボーグボディのおかげで、命を拾った。
「マリオもか?」
「弾が操縦席に入り込んだ。跳弾が中で暴れたらしい……ダグラスは腹に少し喰らったが、生きてる。おまえと同じだな。アランは足を、リッパーは腕一本、取替えだ」
幹部のうち二人が死に、残りも重傷。改めて被害の大きさが伺える。
「マリオとヴィオの葬式はすませた」
「……よく、あのドクターがやらせてくれたな」
マリオネットとヴィオは、生まれつきの異常で本来なら動くことすらできない体だったという。
それをあるマッドサイエンストが家族から買い取り、実験体とした。サザンクロスに所属していたのは、実戦に絶えられるかのテストだったという。
「必要なのはデータだけだ。機械部分を取り除いた生身だけを引き取り、葬式を出した。墓は、コードジュエルだ」
「……あいつらは、あんたに心酔していた。あんたを守りきって、あんたに弔ってもらったんなら、本望だろうさ」
コードジュエルはサザンクロスの本拠地だ。スワロウが寝ている間に色々あったらしい。コトウには守備要員と政治向きのことをする人員を置いて、本隊は引き上げたそうだ。
「本家からは、なんと?」
「なにも」
「……気をつけろよ。公には出来なくとも、あんたがギルバートを殺したってのは、分かるやつには分かる。中には敵討ちしようってやつもいるだろうさ」
「そのときは、ぶち殺す。それが誰だろうと知ったことか」
「……身内かもしれんぞ、そうなったら──」
クロスは不敵な笑みを浮かべた。
「コネクションの名前が変わるかも知れんな『サザンクロス』とな」
いざとなれば、組織をも飲み込んでやるという事だ。
こういう覇気は、自分には無いものだと、スワロウは思った。
「強いな、あんたは……そこが──」
「──惚れ直したか?」
いつの間にかあごをクロスに持ち上げられていた。そこに──
「ちょっと待て! 何を──」
「にゃ~ははは、スワロー、退屈してるでしょ~。どう? いいでしょ?この腕見せに来たんだ♡ どう? ハイブリットにして、ナイフ仕込んだんだ──」
無くなったはずの左腕をリッパーは見せた。ちゃんと指までも精巧に動く、新しい腕、その掌からナイフが飛び出していた。
ハイブリットはクローン生体にサイバネティックを組み込んだもので、生来のものと同じように動くが、仕掛けを組み込むことも出来る。
その腕を自慢しにきたのだろう。
そこでリッパーは笑顔のまま凍りついた。
クロスがスワロウのあごをはなした。
「──もしかして、お邪魔虫しちゃったぁ? ボス、ごめんねぇ」
「大したことじゃねえ。この相手に何ができる」
スワロウは声も出なかった。
「そうだけどさ~、スワローが真っ赤だよ~。悪いこと、しようとしてたでしょ?」
「なっな、な!」
赤面し、口ごもるスワロウに対して、クロスは眉ひとつ動かさなかった。
「あ~、照れなくていいから~。どーせ、ボスとの仲は、もう皆知ってるから」
「なんだとおぉぉ!」
スワロウは心臓が止まるかと思った。
「僕ちゃんはそれどころじゃなかったけどさ、皆の前でチュ~したってえ。そんで、後で勇気のあるやつがさ、ボスにスワローとどういう関係か聞いたそうだよ」
思わずクロスを見るスワロウだった。
クロスは平然と答える。
「ありのまま、教えてやったぞ」
「〰〰〰〰(何をどう、言ったんだあぁぁ!)」
「いやいや、ボスってば、本当に大物! 一日で『サザンクロス』中に知れ渡ったそうだよ」
にひひひ、とリッパーが笑った。
いっそ死んでしまいたい、とスワロウは思った。
「よかったね~公認の仲になれて。慣れるコツ、退院まで、みっちり教えてあげるよ」
「んな事、言いに来たのか! おまえは!」
子供のようにリッパーが笑う。
「ひやかしにきたに、決まってるじゃん。リハリビ以外は意外と暇~。任せといてよ、ボスが喜ぶようなこと、教えてあげるから」
クロスが爆笑した。
「そいつは、楽しみだな」
「あんたな!」
「おまえは、俺のもの、なんだろう?」
スワロウは息を飲んだ。
確かに、そう言った。
その言葉の意味をクロスは正確に把握したということだ。
あの時は、最後だと思ったから、言えた。
助かってしまった今、それを受け止めなければならない。
「早く帰って来い、どうやら俺は、おまえが必要なようだ」
クロスはそういい残して帰っていった。
受け止めた自分自身の感情に、クロスは素直に従うことにした。
昔は、大切なものを守る力は無く、ただ失われることを嘆くことしか出来なかった。
だから、大切なものを作らないよう、自らの心を戒めた。
だが今は──大切なものを奪おうというのなら、誰であろうと打ち殺す。
たとえそれが、秩序をぶち壊す事になろうとも、知ったことではない。
自らの心の赴くままに、進むだけ。
若い百獣の王は、知らずに王座への道を歩き始めていた。
生前なにをしていても、死んでしまえば安らかに眠れる。
霧のような雨が降っていた。
クロスは真新しい墓に、花を添えた。
身内は無いようなものだと聞いた。
今さらこんな死体を送っても、迷惑なだけだろう。
だから、自分が弔った。
故人がどう思うかは、分からない。
単なる自己満足かも知れないが、せめてこの手で送ってやりたかった。
クロスはしばし無言で佇み、死者を悼んだ。
「すまんな、俺にはこんなことしかしてやれん」
クロスは踵をかえして立ち去った。
雨はまだやまない。
「よく助かったもんだな……」
「このざまだがな」
スワロウの肉体は機械に繋がれ、ベッドに寝かされていた。部屋の壁いっぱいに置かれている医療器具が命を繋いでいる。
機械に繋がれ、腕すらいくつもの点滴のチューブを挿されて、身動きの取れないスワロウが辛うじて動かせるのは、首ぐらいなものだ。
「クローン臓器に取替えだとよ。培養がすむまで、このままだ」
「それでも生きてりゃいい……ヴィオとマリオが死んだ……」
ヴィオが死んだのは、スワロウにも分かった。メットを粉砕され、頭がはじけるのが見えたからだ。
二人が先頭で弾丸の大半を受けてくれたからこそ、クロスを庇いきれたのだ。そうでなければ、生身の肉体など跡形をとどめることさえ出来なかっただろう。
マリオネットの装甲と、強固な機械を植え込まれたヴィオのサイボーグボディのおかげで、命を拾った。
「マリオもか?」
「弾が操縦席に入り込んだ。跳弾が中で暴れたらしい……ダグラスは腹に少し喰らったが、生きてる。おまえと同じだな。アランは足を、リッパーは腕一本、取替えだ」
幹部のうち二人が死に、残りも重傷。改めて被害の大きさが伺える。
「マリオとヴィオの葬式はすませた」
「……よく、あのドクターがやらせてくれたな」
マリオネットとヴィオは、生まれつきの異常で本来なら動くことすらできない体だったという。
それをあるマッドサイエンストが家族から買い取り、実験体とした。サザンクロスに所属していたのは、実戦に絶えられるかのテストだったという。
「必要なのはデータだけだ。機械部分を取り除いた生身だけを引き取り、葬式を出した。墓は、コードジュエルだ」
「……あいつらは、あんたに心酔していた。あんたを守りきって、あんたに弔ってもらったんなら、本望だろうさ」
コードジュエルはサザンクロスの本拠地だ。スワロウが寝ている間に色々あったらしい。コトウには守備要員と政治向きのことをする人員を置いて、本隊は引き上げたそうだ。
「本家からは、なんと?」
「なにも」
「……気をつけろよ。公には出来なくとも、あんたがギルバートを殺したってのは、分かるやつには分かる。中には敵討ちしようってやつもいるだろうさ」
「そのときは、ぶち殺す。それが誰だろうと知ったことか」
「……身内かもしれんぞ、そうなったら──」
クロスは不敵な笑みを浮かべた。
「コネクションの名前が変わるかも知れんな『サザンクロス』とな」
いざとなれば、組織をも飲み込んでやるという事だ。
こういう覇気は、自分には無いものだと、スワロウは思った。
「強いな、あんたは……そこが──」
「──惚れ直したか?」
いつの間にかあごをクロスに持ち上げられていた。そこに──
「ちょっと待て! 何を──」
「にゃ~ははは、スワロー、退屈してるでしょ~。どう? いいでしょ?この腕見せに来たんだ♡ どう? ハイブリットにして、ナイフ仕込んだんだ──」
無くなったはずの左腕をリッパーは見せた。ちゃんと指までも精巧に動く、新しい腕、その掌からナイフが飛び出していた。
ハイブリットはクローン生体にサイバネティックを組み込んだもので、生来のものと同じように動くが、仕掛けを組み込むことも出来る。
その腕を自慢しにきたのだろう。
そこでリッパーは笑顔のまま凍りついた。
クロスがスワロウのあごをはなした。
「──もしかして、お邪魔虫しちゃったぁ? ボス、ごめんねぇ」
「大したことじゃねえ。この相手に何ができる」
スワロウは声も出なかった。
「そうだけどさ~、スワローが真っ赤だよ~。悪いこと、しようとしてたでしょ?」
「なっな、な!」
赤面し、口ごもるスワロウに対して、クロスは眉ひとつ動かさなかった。
「あ~、照れなくていいから~。どーせ、ボスとの仲は、もう皆知ってるから」
「なんだとおぉぉ!」
スワロウは心臓が止まるかと思った。
「僕ちゃんはそれどころじゃなかったけどさ、皆の前でチュ~したってえ。そんで、後で勇気のあるやつがさ、ボスにスワローとどういう関係か聞いたそうだよ」
思わずクロスを見るスワロウだった。
クロスは平然と答える。
「ありのまま、教えてやったぞ」
「〰〰〰〰(何をどう、言ったんだあぁぁ!)」
「いやいや、ボスってば、本当に大物! 一日で『サザンクロス』中に知れ渡ったそうだよ」
にひひひ、とリッパーが笑った。
いっそ死んでしまいたい、とスワロウは思った。
「よかったね~公認の仲になれて。慣れるコツ、退院まで、みっちり教えてあげるよ」
「んな事、言いに来たのか! おまえは!」
子供のようにリッパーが笑う。
「ひやかしにきたに、決まってるじゃん。リハリビ以外は意外と暇~。任せといてよ、ボスが喜ぶようなこと、教えてあげるから」
クロスが爆笑した。
「そいつは、楽しみだな」
「あんたな!」
「おまえは、俺のもの、なんだろう?」
スワロウは息を飲んだ。
確かに、そう言った。
その言葉の意味をクロスは正確に把握したということだ。
あの時は、最後だと思ったから、言えた。
助かってしまった今、それを受け止めなければならない。
「早く帰って来い、どうやら俺は、おまえが必要なようだ」
クロスはそういい残して帰っていった。
受け止めた自分自身の感情に、クロスは素直に従うことにした。
昔は、大切なものを守る力は無く、ただ失われることを嘆くことしか出来なかった。
だから、大切なものを作らないよう、自らの心を戒めた。
だが今は──大切なものを奪おうというのなら、誰であろうと打ち殺す。
たとえそれが、秩序をぶち壊す事になろうとも、知ったことではない。
自らの心の赴くままに、進むだけ。
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