創造主の幻影

のどか

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意にそわぬ任務

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 歴史を信じるならば、トランサーは”コモンヒューマン“と呼ばれた種が自らの助けにするために作った種族である。しかし”コモンヒューマン“は長きにわたり二つの陣営に別れて相争い、やがて滅びた。そして強度に勝る、その道具たる我らトランサーのみが残ったのである。残された我らトランサーが今だ戦い続けているのは、”コモンヒューマン“の戦いにいまだ決着が付いていないからだ。そのため戦い続けているのである。これが我がフェリックスと宿敵カイザーである。
 どちらかの理念が勝利を収める日まで戦いは終わらないだろう。
 このデータは確かなものであり、複数の記録が真実であると証明している。
 しかし”コモンヒューマン“の絶滅には今だ疑問が残っている。なにせコモンヒューマンの領土であった惑星は数多いが、様々な理由で放棄されたり、戦いによって消失したデータも数多い。あるいは忘れ去られた辺境の地で、その子孫が生き残っている可能性も捨て切れない。
 そのため、戦いの疲弊によって放棄されたかつての領土たる惑星の探査が義務づけられている。もっとも、”コモンヒューマン“の発見はあまりにも可能性が薄く、今では形式的な物になりつつある。そのためこれらの多くは実戦経験の乏しい新兵の研修として行われている。
 だから、私がこの任務に付くことになろうとは、思いもしなかった。
 通称ジーニアス系一二世代アルカード。
 正式名ジーニアス・アルフレッド・イプシロン・ガーナック・フェリッナックス・サーディ・シズマ・レイナルド・デニー・ヴィクトリー・スナイパー・アルカード。

「……お言葉ではありますが、ジェネラル・ジーニアス。私には不適切な人事かと思います。撤回を」
「おや、気に入らなかったかな、ジーニアス・アルフレッド・イプシロン・ガーナック・フェリッナックス・サーディ・シズマ・レイナルド・デニー・ヴィクトリー・スナイパー・アルカード。しかし、この任務については要請ではなく、要求なんだがね。残念だが、君に拒否権はないのだよ」
 アルカードの要求を、全く同じ声、よく似たイントネーションが拒否した。
「アルカード、これは二四会議によって決定された事項なのだよ」
「ジェネラル・ジーニアス、たかが、新兵の教育が、でありますか」
 アルカードの声に僅かに動揺がまじった。
「そう、私が提案した」
「ジェネラル・ジーニアス!」
「君のためを思ってのことなのだがね。君はこれくらいでないと拒否するだろう。いいかね、アルカード。ライガ戦からここのところカイザー軍とも大きな戦いはない。しかし、戦争が終わった訳ではないのだよ。またいつ大きな戦いになるかもしれない。だからこそ、常に良質な兵士の育成が必要なのだよ。それには実戦経験豊で優秀な教官がいる。君にしたっていつまでもワンマンアーミーでいたって仕方ないだろう。限りある資源は有効に使われなければならない」
 ヴィジョンの中で、あくまでもにこやかに微笑みながらジェネラル・ジーニアスが言う。それでいて全く揺るがぬ強さを秘めた言葉であった。
 もっとも、二四会議によって決定されたことならば、よほどのことが無い限り覆らない。二四のメインコンピューターに組み込まれた、全ての高級士官の元である二四のルーツ・マトリクスであるジェネラルの決定。アルカードに勝ち目は、すでにない。抗いようのない運命に叩き落とされたと溜め息をつくしかないのである。

 新兵を教育するには辺境へ向かうことになる。そのため教官に選抜されたものは指定されたスペースポートへ赴き、そこで準備ができしだい、あらたなベースキャンプとなるスペースシップを任され、クルーでもある新兵とともに辺境へ旅立つ。
 機体の整備と荷物の搬入が終わるまでの時間、教官は生徒である新兵との接触を避けるため決められたエリアで待機する。
 アルカードが任されることになったスペースシップの準備はまだしばらくかかる。今までアルカードの個人艇であった『ヒルデガルド』から丸ごとマトリクスとメモリーを移植することになったのだから、あらたにインプットし直すことが多い。なれたヒルデガルドがベースキャンプなのはありがたいが、ヒルダは大変だろう。今までは一人の面倒ですんだが、これからは未熟な五人が加わる。サポートは五倍以上だ。
「アルカード、アルカードだろう? 私だ。ヴィクトリアスだ。ライガ戦以来じゃないか。ここにいるということは、君も教官に選ばれたのかい」
 振り向くまでもなく、それがジーニアス系一二世代ヴィクトリアスであることが、アルカードには確信できた。声が自分と――ひいてはジェネラル・ジーニアスと――全く同じだったからだ。仕方がない。自分達はジェネラル・ジーニアスから数えて一二番目のコピーなのだ。
「ああ、ヴィクトリアス、久しぶりだな」
「……なぜこっちをむかない……」
「悪いが、しばらくは鏡も見たくない」
「ああ、ジェネラル・ジーニアスと何かあったんだね。ははん、君を教官に選んだのはジェネラル・ジーニアスか」
「なぜそこまで話がとぶ!」
 アルカードは椅子を跳ね飛ばしてヴィクトリアスと向かい合った。予想と違わず、ジェネラル・ジーニアスと同じ顔が微笑んでいた。
 ルーツ・マトリクスを持つトランサーのヒューマンモードは、かつて実在したコモンヒューマンの外見を写している。つまりジェネラル・ジーニアスは実在したジーニアスという人物の人格と外見をコピーしている。そして次の世代毎に一機につき26のマトリクスのコピーを造る。なかには戦いによって完全破壊され、マトリクスもメモリーも失われるものもいるが、トランサーは自己改善能力があり、経験を積んだトランサーのマトリクスはルーツ・マトリクスとは微妙に異なる。生き残った物の中でも十二世代目である自分達はジェネラル・ジーニアスとはかなり違っているはずなのだが、外見は同じだ。
 なかでも、ヴィクトリアスとジェネラル・ジーニアスの性格はとてもよく似ているとアルカードは思う。栗色の髪と瞳、細面で端正な顔。やや細身の体つきという基本的な造りは全く同じなはずなのだが、目元と口元に僅かに漂う笑みがヴィクトリアスを穏やかで包容力のありそうな風情にしている。コモン・ジーニアスの二七のときの姿を写しているはずなのだが、童顔という訳でも無いのに、士官学校を出たての新米士官にしか見えない。頼りなさとは違う、それでもどこか守らなければならないと思わせてしまうものがある。あえていえば、少年の瑞々しさを残したどこか浮世離れした透明感だろうか。
 中身はそんな生易しいものではないが。
 同じジーニアス系十一世代スナイパーのコピーでありもとは全く同じなのだが、表情ひとつでアルカードとは別物だ。
 アルカードは常に抜き身のような鋭さを漂わせているといわれる。
「だって、アルカード。君が鏡も見たくないというのは、ジーニアス系のものと衝突したということだろう。そして、誰と組むのも嫌がっていた君を教官にできるのは、かなり上位の方で、そういう事を考えつくのはジェネラル・ジーニアスくらいなものだもの。間違っているかな?」
「違わない。何故そう聡い……」
「ジーニアス系の特徴のひとつだからね」
 ヴィクトリアスは微笑んだ。
「君は気に入らないかも知れないけれど、ジェネラル・ジーニアスにも何かお考えあってのことだろう」
「失礼します。ジーニアス系一二世代ヴィクトリアス様。ジーニアス系一二世代アルカード様ですね。メンバーのデータです」
 無表情な――恐らくルーツ・マトリクスをもたない――トランサーが二人にファイルを差し出した。
「ああ、ありがとう。私がヴィクトリアスだ。ブリュンヒルド・クルーのデータは? ああ、こちらね。ありがとう」
 ヴィクトリアスがデータを受け取り、アルカードもデータを受け取った。
「ごくろう」
 トランサーは一礼し、残りのデータを配布するべく去って行った。
 さっそく二人はコネクトしデータをチェックした。アルカードは不機嫌に顔を歪めた。
「見るか? これがジェネラル・ジーニアスのお考えだ」
 ヴィクトリアスはすすめられるままにデータに目をとおし、顔色を変えた。
「これは……このメンバーは……」
「同じだ……やや系統の違う者もいるが……ナターシャ・クルーと同じルーツ・マトリクスの持ち主ばかりだ。ショック療法のつもりかな」
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