白昼夢

白翠

文字の大きさ
上 下
1 / 1

顕現する私

しおりを挟む
 すてきな夢を見た。

 はじめは、なんでもない信号待ちの光景だった。
 見慣れたその道は、職場近くの交差点だった。道が大きいせいか自分が田舎者だからか、毎日この信号の待ち時間の長さには苛々させられていた。今日もうんざりとした気分で交差点に立っていた。暇だ。やることがない。こういう手持無沙汰にぼんやりと突っ立っている時間が、私には耐えられなかった。苛々を誤魔化すように、目の前を通り過ぎていく車をいくつか数えてみる。ひとつ、ふたつ、みっつを数えたら、ふと人間をやめたくなった。突拍子もなく、よし、やめてやろうと決意する。そして事実、今なら人間じゃないものになれるという確信があった。
 私は仕事用の鞄を小脇に抱えると、勢いよく前屈する。その勢いのまま靴の爪先をむんずと掴んで、上体を起こしてやる。すると、ぐるんと布団カバーをひっくり返すように、表皮と内蔵が入れ替わった。内蔵と言っても、多種多様な器官はなかった。私の内蔵は、黄色く腐った管しかなかった。血管らしきものすらない。ぶよぶよした黄色い一本の管が、絡まった毛糸のようにぐしゃぐしゃになりながら、どうにか何がしかの形を保っているのだった。私は不定型の塊ともいうべき醜悪な姿をコンクリート・ジャングルの真ん中に顕現させたのだ。そうして私は黄色い管の塊のような化け物になった。ぬらぬらと夏の陽光を照り返し、腐臭を撒き散らしながら顕現した化け物は、鞄をアスファルトに落とした。チープで突拍子もない瞬間を目の当たりにしたひとは、ぎょっとしたり、叫んだりする。突拍子もなく訪れるパニックは、特撮映画のワンシーンかハリウッドのゾンビ映画だ。しかし、それが私には快感だった。皆が避けてくれる。皆が見てくれる。皆が嫌悪してくれる。皆が憎悪してくれる。皆が自分に単純な感情をぶつけてくれる。皆が、皆が、皆が……。そしてその中央にいるのが、化け物としての自分なのだ。私は歓びと孤独を感じた。これで、なにひとつ、誰とも何も共有できない。この世界にあって寂しいと思うことは贅沢だ。誰とも繋がっていないという状況の稀有さ。そして、僅かに存在している他者からの評価も、あってないようなものだ。どれも一緒なのだから、特定の誰かを気にかけることもない。誰からも嫌われているという確信が、私を安心させた。どれも、なににも代えがたいものだと思う。この姿になって手に入れたものだ。性別も社会的立場も血縁も、生まれてからこの身に染みついたものを全て引き剥がして自由になったのだ。こんなに素敵なことがあるだろうか。

 ただ、悲しむべきはこれが夢だという確信があることだ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

とある短編集

小春かぜね
現代文学
短編を纏めた物です!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

忘れさせ屋

水璃 奏
現代文学
「ペットって飼っているときはめちゃくちゃ楽しいけど、死んだときのショックがデカすぎるから飼いたくないんだよなー」と考えていたら思いついた話です。

第1000回全国高等学校野球選手権記念大会

buf
ライト文芸
2918年、行われた第1000回甲子園。時の流れ、社会の流れに合わせて高校野球も変わりゆく。

『楢山へ続く道』

小川敦人
現代文学
青山は高齢の母を施設に預けたが、罪悪感に苛まれる。訪問を先延ばしにするも、ようやく再会。しかし母は衰え、彼を認識できなくなっていた。介護の現実と家族の絆の喪失を前に、彼は雪の降らない空を見上げる――。

夜の物語たち

naomikoryo
現代文学
人生の交差点で紡がれる、ささやかな奇跡―― 誰もが日常の中で抱える葛藤、愛情、そして希望。 それらが交錯する瞬間を切り取り、***一話一話完結***の形でお届けします。 警察署で再会する別居中の家族、山奥で出会う見知らぬ登山者、深夜のコンビニで交わる不器用な恋……。 どの物語も、どこかで私たち自身を映し出すような人間模様が広がります。 「今、この瞬間にあなたが手にする何かが、誰かの物語と繋がるかもしれない」 ほろ苦い涙と優しい微笑みが胸に広がる、心に寄り添うオムニバス形式の珠玉の一冊。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

誓い

時和 シノブ
現代文学
登山に訪れ、一人はぐれてしまった少年の行方は…… (表紙写真はPhoto AC様よりお借りしています)

処理中です...