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クリスマス・イブ 第一話
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街はクリスマス一色だった。
「雨は夜更け過ぎに、雪へと変わるだろう・・・」
山下達郎のクリスマス・イブがどこからか聞こえてくる。
「さいでんなぁ~ほうでんなぁ~」
とも聞こえる。
弟の亮太が、大阪で一人暮らしをし始めたのが今年の春。
七つも歳の離れた弟に、なにくれとなく世話を焼いてやったものだったが、うるさがられて、喧嘩ばかり。
そんなあいつがいなくなって、家はがらんとしてしまった。
今日は、母に言われて、亮太の部屋の掃除をしがてらに、どんな暮らしをしているか見に行くのだった。
電話では、「来なくていいって」としきりに嫌がっていたものの、最終的には、折れて「じゃあ今日、来いよ」だって。
あたしは、久しぶりに会う弟にどんな顔をして会おうかと内心、恥ずかしくもあり、どきどきしていた。
なんか、恋人にでも会うような・・・
弟が住まうマンションは京阪守口市駅のすぐそばだった。
よくある、賃貸マンションである。
職場が、西へ数駅向こうの関目(せきめ)にある印刷会社だというので、京都の山科区の実家から通うのはしんどいからと、一人暮らしを始めたのだった。
地図を書いてもらっていたので、初めてでもすぐにわかった。
「谷村・・・ここやわ」
三階に弟の部屋を認めて足を止めた。
呼び鈴を鳴らす。
「おう、開いてるよ」と聞き慣れた、声がした。
「おじゃま」
玄関は狭く、男物の靴が三足ほどで一杯になっていたから、あたしのブーツを脱ぐ場所に困った。
「姉ちゃん、早かったね。迷わなかった?」
「うん、あんたの地図ですぐわかったわ」
部屋は、ちょっと片付いていたが、それでも雑然としていて、お世辞にもキレイとは言えなかった。
あたしは、小さなホールケーキと生ハムとチーズとワインの入った紙袋をキッチンのテーブルに置いた。
「これね、成城石井で買ってきてん、あとで飲も」
「うわ、ありがとう。クリスマスってゆうても、なんも予定がないから、オレ」
さも、嬉しそうに亮太が言う。
「なんや、一緒にいてくれる彼女くらい、いいひんのかいな」
「姉ちゃんこそ、イブに弟の部屋の掃除に来てから」
「あたしのことはほっといてんか。お母ちゃんがうるさいから。それより、お昼どうすんの?」
「どうしよか・・・東栄軒に行こか。オレの行きつけの店」
「中華か、ええね。姉ちゃんがおごったろ」
「ええよ、オレが出すて。掃除までしてもろて、悪いわ」
「ほうかぁ?まだしてへんけど・・・」
二人して、表通りに出た。
今日はそんなに寒くなかった。
「あんた、そんなに背ぇ高かったっけ」
あたしは、並んで歩く弟を横目で見ながら訊いた。
「こんなもんやったやろ?姉ちゃんこそ、太ってない?」
「言うたなぁ、こいつ」ばしっと背中をどついたった。
「ごめんて。痛いって。ほら、ここ」
黄色いテントに赤い字で東栄軒とあって、換気口から中華の脂っこい香りが吹き出ていた。
「こんなとこで、いっつも食べてんの」
「こんなとこって、うまいんやで。天津飯とか」
「ふぅん」
結局、あたしはスープ付きのチャーハンを食べ、亮太は天津飯と餃子二人前を平らげた。
すぐに、部屋に戻って、掃除に取り掛かった。
まだ新しい部屋なので、窓とかもそんなにひどく汚れてはいなかった。
キッチンもお湯しか沸かしたことがないんじゃないかという程度であったし、カーテンというものが元からないので、楽といえば楽な掃除だった。
掃除というより片付けである。
「あ~あ、こんな本見てから」
「わっ、やめぇ」
エロ本をあたしからすばやく取り上げる亮太だった。
「ま、健康な証拠や。ちゃんと片付けとき。このティッシュの団子もな」
「うわわわわ」
年頃の男の子は大変である。
あたしも処女やないし、男の生理もわかっているつもりだった。
あのハナタレ小僧が、もうこんなに大人になったんやなと感慨も深かった。
昼一から掃除をはじめて、二時半にはほぼ終わってしまっていた。
「おやつしよか?」
「うん」
「ケーキ、食べよ。コーヒーとかないの?」
「あるよ。コーヒーは欠かせへんもん」
パン屋の景品でもらったとかいうマグカップとレギュラーコーヒーで一息ついた。
クリスマス用のケーキだが小さな、お一人様用という感じのホールケーキを二人で分けた。
「この辺、スーパーとかないの?」
「え?あるよ、京阪の駅のほうに」
「ちょっと、あたし、晩御飯つくったげるわ。中華ばっかし食べてたら病気になるで。何がいい?」
「ええのに。ほな、鍋しよか」
「鍋、あんのかいな。土鍋」
「あるねん。まだ新品やで・・・使う機会がなくってな」
少し寂しそうな表情をした。
そう言って出してきたのは、かわいい花がらの土鍋やった。
「あんた、こんな趣味なん?知らんかったわ」
「ま、ええやん」
亮太は、引きつったような笑いを浮かべている。
何か、あるな・・・あたしはとっさに思ったけど、詮索はよした。
「ほなら、あたし、買い物もん行ってくるわ。その前に冷蔵庫の中、見せて」
「見るの?」
「ポン酢とか、だぶったらあかんやろ?見せて」
「どうぞ」
開けてみると、明るい。
なぁんも入ってない。
アロンアルファが一本、中段にころがってた。
包丁とか、まな板のたぐいもないみたいやった。
「こら、大仕事やな・・・」
あたしは、独りごちた。
「雨は夜更け過ぎに、雪へと変わるだろう・・・」
山下達郎のクリスマス・イブがどこからか聞こえてくる。
「さいでんなぁ~ほうでんなぁ~」
とも聞こえる。
弟の亮太が、大阪で一人暮らしをし始めたのが今年の春。
七つも歳の離れた弟に、なにくれとなく世話を焼いてやったものだったが、うるさがられて、喧嘩ばかり。
そんなあいつがいなくなって、家はがらんとしてしまった。
今日は、母に言われて、亮太の部屋の掃除をしがてらに、どんな暮らしをしているか見に行くのだった。
電話では、「来なくていいって」としきりに嫌がっていたものの、最終的には、折れて「じゃあ今日、来いよ」だって。
あたしは、久しぶりに会う弟にどんな顔をして会おうかと内心、恥ずかしくもあり、どきどきしていた。
なんか、恋人にでも会うような・・・
弟が住まうマンションは京阪守口市駅のすぐそばだった。
よくある、賃貸マンションである。
職場が、西へ数駅向こうの関目(せきめ)にある印刷会社だというので、京都の山科区の実家から通うのはしんどいからと、一人暮らしを始めたのだった。
地図を書いてもらっていたので、初めてでもすぐにわかった。
「谷村・・・ここやわ」
三階に弟の部屋を認めて足を止めた。
呼び鈴を鳴らす。
「おう、開いてるよ」と聞き慣れた、声がした。
「おじゃま」
玄関は狭く、男物の靴が三足ほどで一杯になっていたから、あたしのブーツを脱ぐ場所に困った。
「姉ちゃん、早かったね。迷わなかった?」
「うん、あんたの地図ですぐわかったわ」
部屋は、ちょっと片付いていたが、それでも雑然としていて、お世辞にもキレイとは言えなかった。
あたしは、小さなホールケーキと生ハムとチーズとワインの入った紙袋をキッチンのテーブルに置いた。
「これね、成城石井で買ってきてん、あとで飲も」
「うわ、ありがとう。クリスマスってゆうても、なんも予定がないから、オレ」
さも、嬉しそうに亮太が言う。
「なんや、一緒にいてくれる彼女くらい、いいひんのかいな」
「姉ちゃんこそ、イブに弟の部屋の掃除に来てから」
「あたしのことはほっといてんか。お母ちゃんがうるさいから。それより、お昼どうすんの?」
「どうしよか・・・東栄軒に行こか。オレの行きつけの店」
「中華か、ええね。姉ちゃんがおごったろ」
「ええよ、オレが出すて。掃除までしてもろて、悪いわ」
「ほうかぁ?まだしてへんけど・・・」
二人して、表通りに出た。
今日はそんなに寒くなかった。
「あんた、そんなに背ぇ高かったっけ」
あたしは、並んで歩く弟を横目で見ながら訊いた。
「こんなもんやったやろ?姉ちゃんこそ、太ってない?」
「言うたなぁ、こいつ」ばしっと背中をどついたった。
「ごめんて。痛いって。ほら、ここ」
黄色いテントに赤い字で東栄軒とあって、換気口から中華の脂っこい香りが吹き出ていた。
「こんなとこで、いっつも食べてんの」
「こんなとこって、うまいんやで。天津飯とか」
「ふぅん」
結局、あたしはスープ付きのチャーハンを食べ、亮太は天津飯と餃子二人前を平らげた。
すぐに、部屋に戻って、掃除に取り掛かった。
まだ新しい部屋なので、窓とかもそんなにひどく汚れてはいなかった。
キッチンもお湯しか沸かしたことがないんじゃないかという程度であったし、カーテンというものが元からないので、楽といえば楽な掃除だった。
掃除というより片付けである。
「あ~あ、こんな本見てから」
「わっ、やめぇ」
エロ本をあたしからすばやく取り上げる亮太だった。
「ま、健康な証拠や。ちゃんと片付けとき。このティッシュの団子もな」
「うわわわわ」
年頃の男の子は大変である。
あたしも処女やないし、男の生理もわかっているつもりだった。
あのハナタレ小僧が、もうこんなに大人になったんやなと感慨も深かった。
昼一から掃除をはじめて、二時半にはほぼ終わってしまっていた。
「おやつしよか?」
「うん」
「ケーキ、食べよ。コーヒーとかないの?」
「あるよ。コーヒーは欠かせへんもん」
パン屋の景品でもらったとかいうマグカップとレギュラーコーヒーで一息ついた。
クリスマス用のケーキだが小さな、お一人様用という感じのホールケーキを二人で分けた。
「この辺、スーパーとかないの?」
「え?あるよ、京阪の駅のほうに」
「ちょっと、あたし、晩御飯つくったげるわ。中華ばっかし食べてたら病気になるで。何がいい?」
「ええのに。ほな、鍋しよか」
「鍋、あんのかいな。土鍋」
「あるねん。まだ新品やで・・・使う機会がなくってな」
少し寂しそうな表情をした。
そう言って出してきたのは、かわいい花がらの土鍋やった。
「あんた、こんな趣味なん?知らんかったわ」
「ま、ええやん」
亮太は、引きつったような笑いを浮かべている。
何か、あるな・・・あたしはとっさに思ったけど、詮索はよした。
「ほなら、あたし、買い物もん行ってくるわ。その前に冷蔵庫の中、見せて」
「見るの?」
「ポン酢とか、だぶったらあかんやろ?見せて」
「どうぞ」
開けてみると、明るい。
なぁんも入ってない。
アロンアルファが一本、中段にころがってた。
包丁とか、まな板のたぐいもないみたいやった。
「こら、大仕事やな・・・」
あたしは、独りごちた。
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