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楽屋
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水晶はケイ素と酸素の原子が互い違いに規則正しく並んだものだという。
専門的には「結晶格子」というらしい。
あたしは、楽屋で出待ちの間、物性論の本を読んでいた。
一琴亭鼓月(いっきんていこげつ)師匠から借りたのだ。
鼓月師匠は、東京工業大学の教授なのに落語家でもある異色の芸人さんだ。
今、鼓月師匠が高座に上がっている真っ最中である。
爆笑が聞こえる。
すごく受けているようだった。
水晶の結晶の薄く切ったものを何かで強く挟んでやると電気が起こるそうだ。
これを「ピエゾ効果」と言うと書いてある。
水晶片を曲げてやってもいいらしい。
あまり強くすると、なんでもそうだが、割れてしまう。
元も子もないとはこのことだ。
ピエゾが起こるのは格子欠損があるからだそうだ。
あるべき場所に原子がない、もしくは、ずれているとか。
なるほど…
整然と並んでいたかに見える結晶でも、どこかに不揃いができてしまう。
何かの拍子に外からねじられると、ひずみから電子が飛び出すのだろうか。
こういうのも自由電子と言ってよいのかもしれない。
自由電子は電荷を運ぶので、電気が流れるのだな。
あたしはネタ帳に、このことを書き留めておいた。
あとで、もう少し詳しく鼓月師匠に伺ってみよう。
世の中にはあたしの知らないことがたくさんある。
ありすぎて、あたしは途方に暮れるのだけれど、反面、好奇心が貪欲に湧き出すのだ。
子供の頃から「なんで、なんで」と大人たちに尋ねるもんだから「なんでのなおぼん」と呼ばれてしまった。
お笑いという仕事は「なんで」の集大成みたいなところがある。
そんなことを思うのはあたしだけかもしれないけれど。
ケーシー高峰師匠の溢れんばかりの知識(中には怪しいものもあるけれど)を、浅草の舞台に持ち込んで、爆笑を買う「医学漫談」には、いつも感心させられるのだった。
「iPS細胞」だの、「マクロファージ」だの「グロブリン」だの、あたしは見に行ったこともないけれど学術会議のような雰囲気を上手にかもしだすのだ。
一体どこに落ち着くのか、まったくわからない。
結局、「お色気」に落ちるのだけれど。
「性交とは子孫繁栄のためだけにあるのではない」
ケーシー師匠の白墨が黒板を叩く。
ポキリと折れる。
「おしりとおしりでお知り合いだ」
「が、しかし!おしりを合わせても、なにも産み出さんでしょ?屁のつっぱりにもなりゃしない」
どっと、笑いが起こる。
「そこでだ、かあちゃん、聞いてっか?ちゃあんと聞け!顔を赤くしてんじゃねぇぞ。そんなだから旦那に浮気されんだぞ」
あたしは、「性交」をセックスのことだと思っていた。
本にもそう書いてある。
「性交=人間の交尾」であって、なんら特別なものではない。
ところが、セックスは違う。
オーラルあり、アナルあり、キスもそうだ。
スパンキングだってそうかもしれない。
オナニーも含めて良いかもしれない。
つまり、セックスは「文化」なのだと気付かされたのだ。
セックスにあたる日本語の訳がないのが問題なのだろうか?
相方の小山節生からメールが届いた。
「すまない。なおぼんがピンで埋めてくれたことお(ママ)ボスから聞いた。この埋め合わせはきっとするからね」
と、あった。
「おだいじに」
と返しておいた。
さあ、あたしの出番だわ。
ヤマハの安物のギターを抱えて、あたしは舞台の袖にスタンバった。
専門的には「結晶格子」というらしい。
あたしは、楽屋で出待ちの間、物性論の本を読んでいた。
一琴亭鼓月(いっきんていこげつ)師匠から借りたのだ。
鼓月師匠は、東京工業大学の教授なのに落語家でもある異色の芸人さんだ。
今、鼓月師匠が高座に上がっている真っ最中である。
爆笑が聞こえる。
すごく受けているようだった。
水晶の結晶の薄く切ったものを何かで強く挟んでやると電気が起こるそうだ。
これを「ピエゾ効果」と言うと書いてある。
水晶片を曲げてやってもいいらしい。
あまり強くすると、なんでもそうだが、割れてしまう。
元も子もないとはこのことだ。
ピエゾが起こるのは格子欠損があるからだそうだ。
あるべき場所に原子がない、もしくは、ずれているとか。
なるほど…
整然と並んでいたかに見える結晶でも、どこかに不揃いができてしまう。
何かの拍子に外からねじられると、ひずみから電子が飛び出すのだろうか。
こういうのも自由電子と言ってよいのかもしれない。
自由電子は電荷を運ぶので、電気が流れるのだな。
あたしはネタ帳に、このことを書き留めておいた。
あとで、もう少し詳しく鼓月師匠に伺ってみよう。
世の中にはあたしの知らないことがたくさんある。
ありすぎて、あたしは途方に暮れるのだけれど、反面、好奇心が貪欲に湧き出すのだ。
子供の頃から「なんで、なんで」と大人たちに尋ねるもんだから「なんでのなおぼん」と呼ばれてしまった。
お笑いという仕事は「なんで」の集大成みたいなところがある。
そんなことを思うのはあたしだけかもしれないけれど。
ケーシー高峰師匠の溢れんばかりの知識(中には怪しいものもあるけれど)を、浅草の舞台に持ち込んで、爆笑を買う「医学漫談」には、いつも感心させられるのだった。
「iPS細胞」だの、「マクロファージ」だの「グロブリン」だの、あたしは見に行ったこともないけれど学術会議のような雰囲気を上手にかもしだすのだ。
一体どこに落ち着くのか、まったくわからない。
結局、「お色気」に落ちるのだけれど。
「性交とは子孫繁栄のためだけにあるのではない」
ケーシー師匠の白墨が黒板を叩く。
ポキリと折れる。
「おしりとおしりでお知り合いだ」
「が、しかし!おしりを合わせても、なにも産み出さんでしょ?屁のつっぱりにもなりゃしない」
どっと、笑いが起こる。
「そこでだ、かあちゃん、聞いてっか?ちゃあんと聞け!顔を赤くしてんじゃねぇぞ。そんなだから旦那に浮気されんだぞ」
あたしは、「性交」をセックスのことだと思っていた。
本にもそう書いてある。
「性交=人間の交尾」であって、なんら特別なものではない。
ところが、セックスは違う。
オーラルあり、アナルあり、キスもそうだ。
スパンキングだってそうかもしれない。
オナニーも含めて良いかもしれない。
つまり、セックスは「文化」なのだと気付かされたのだ。
セックスにあたる日本語の訳がないのが問題なのだろうか?
相方の小山節生からメールが届いた。
「すまない。なおぼんがピンで埋めてくれたことお(ママ)ボスから聞いた。この埋め合わせはきっとするからね」
と、あった。
「おだいじに」
と返しておいた。
さあ、あたしの出番だわ。
ヤマハの安物のギターを抱えて、あたしは舞台の袖にスタンバった。
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