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プロローグ・その2
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少女は学校の昼休み、廊下を静々と歩く。ピンと伸びた背筋に、歩くたび揺れる濡羽色の黒髪。そして、誰もが振り返らずにはいられないほどの美人。まさに少女は生徒達の憧れの的だった。
「――先輩! あ、あの……調理実習でクッキーを作ったんです。食べて……頂けますか?」
おずおずと見上げてくる女子生徒に、少女は聖母のような笑みを浮かべて受け取った。
「まぁ、ありがとう。嬉しいわ」
そんな笑みを向けられた女子生徒は、とろけるように崩れ落ちる。
「はぅん……」
「あら……?」
大丈夫かと声をかけようとしたとき、怒濤のように他の生徒達が押し寄せてきた。
「私のクッキーも!」「いいえ、私のよ!」「お弁当作ってきたんです!」「ぜひ、昼食をともに」など。とても一人では捌ききれない数の生徒が押し寄せ、てんやわんやしているところを、丁度通りかかった教師に助けてもらうことができた。
「人気者は大変だな」
苦笑を漏らす教師に、少女は優雅に腰を折る。
「お忙しいところ、この度はありがとうございました」
表情筋を酷使し、常に笑顔を保つ。
「礼には及ばん。お前には俺達教師も助けられているからな」
実はこの少女、学校の生徒会長でもある。そのこともあって、いつも助けられていると教師は言っているのだ。
教師と別れたあと、少女はいつもの場所に足を運んだ。それは学校の校舎裏だ。そこにはいつも決まった時間に、友人が遊びに来てくれる。この時間が、少女にとっては何よりの楽しみなのだ。
いつもいつも、まるで操り人形のように、親に言われるがままの自分を演じる。うんざりだった。そんな親も――そんな自分も。
押し殺した感情の吐き出し場所。偽りの自分から戻れる場所。それはここしかなかった。
自分はこれから先もこうして生きていくのだろうか――。
そんなことを考えながら、家で雇っているコックの作った弁当を膝に広げ、その時を待つ。すると――
「ゴロニャ~ン」
「!」
その声が聞こえた瞬間、少女の瞳が輝いた。少女の待っていた友人とは、野良猫のことだった。足にすりっと体を寄せてくる猫に、少女は相好を崩す。
「やぁ! 今日も来てくれたんだね! ボクも楽しみにしていたんだよ」
「ニャ~ン」
「君がいてくれるから、ボクは独りじゃないって思えるんだ」
突然変わった少女の一人称と口調。そう、少女の素はこちらなのだ。しかし、IT企業の社長である厳格な父親と教育熱心な母親のもとで育った少女は、必然的に淑女として育てられ、素の自分を出せる場所はどこにもなかった。けれど、ここが唯一、素の自分を出せる場所だ。
「ふふっ。ここがファンタジーの世界なら、僕はテイマーになって、君達みたいな可愛い子をテイムするのにな」
「ニャゥ?」
少女はファンタジーな世界、特にもふもふに目がないのだ。
弁当をつつきながら、野良猫との至福の時間を味わう。だが、それも少しの間だけ。
――キーンコーンカーンコーン
昼食の時間の終了を告げるチャイムが鳴る。
「もうそんな時間か。残念だな。時間が経つのはあっという間だね」
「ニャォ~ン」
猫の方も名残り惜しげに体を擦り寄せてくる。その様にくすくすと笑い、頭を撫でた。
「また来るよ」
そう約束を残して、少女は校舎裏を後にした。
その約束が、果たされることがないとは知らずに……。
放課後――。
「それでは皆さん、ごきげんよう」
集まった少女のファンに、淑女の礼を一つして迎えの自動車に乗り込む。
いつもの道、いつもの景色を眺めていたはずだった。が、少女は何気なく視線をやった先で見つけた光景を見て、驚愕のあまり窓に飛びついた。
「あれは……!?」
「!? お嬢様?」
丁度赤信号で停まっていたのをいいことに、少女は自動車を飛び出した。
間に合って! そう願いながら必死に駆ける。
「お嬢様ーー!」
後ろで運転手が叫んでいるが、構っていられなかった。
だって、とっさに体が動いたのだ。
赤信号で交差点を渡ろうとする黒猫。そこへ突っ込んで行こうとする自動車。
腕の中に黒猫を抱えほっと一息吐いた瞬間――少女の身体は道路へ投げ飛ばされ、血の海に沈んでいた――……。
「――先輩! あ、あの……調理実習でクッキーを作ったんです。食べて……頂けますか?」
おずおずと見上げてくる女子生徒に、少女は聖母のような笑みを浮かべて受け取った。
「まぁ、ありがとう。嬉しいわ」
そんな笑みを向けられた女子生徒は、とろけるように崩れ落ちる。
「はぅん……」
「あら……?」
大丈夫かと声をかけようとしたとき、怒濤のように他の生徒達が押し寄せてきた。
「私のクッキーも!」「いいえ、私のよ!」「お弁当作ってきたんです!」「ぜひ、昼食をともに」など。とても一人では捌ききれない数の生徒が押し寄せ、てんやわんやしているところを、丁度通りかかった教師に助けてもらうことができた。
「人気者は大変だな」
苦笑を漏らす教師に、少女は優雅に腰を折る。
「お忙しいところ、この度はありがとうございました」
表情筋を酷使し、常に笑顔を保つ。
「礼には及ばん。お前には俺達教師も助けられているからな」
実はこの少女、学校の生徒会長でもある。そのこともあって、いつも助けられていると教師は言っているのだ。
教師と別れたあと、少女はいつもの場所に足を運んだ。それは学校の校舎裏だ。そこにはいつも決まった時間に、友人が遊びに来てくれる。この時間が、少女にとっては何よりの楽しみなのだ。
いつもいつも、まるで操り人形のように、親に言われるがままの自分を演じる。うんざりだった。そんな親も――そんな自分も。
押し殺した感情の吐き出し場所。偽りの自分から戻れる場所。それはここしかなかった。
自分はこれから先もこうして生きていくのだろうか――。
そんなことを考えながら、家で雇っているコックの作った弁当を膝に広げ、その時を待つ。すると――
「ゴロニャ~ン」
「!」
その声が聞こえた瞬間、少女の瞳が輝いた。少女の待っていた友人とは、野良猫のことだった。足にすりっと体を寄せてくる猫に、少女は相好を崩す。
「やぁ! 今日も来てくれたんだね! ボクも楽しみにしていたんだよ」
「ニャ~ン」
「君がいてくれるから、ボクは独りじゃないって思えるんだ」
突然変わった少女の一人称と口調。そう、少女の素はこちらなのだ。しかし、IT企業の社長である厳格な父親と教育熱心な母親のもとで育った少女は、必然的に淑女として育てられ、素の自分を出せる場所はどこにもなかった。けれど、ここが唯一、素の自分を出せる場所だ。
「ふふっ。ここがファンタジーの世界なら、僕はテイマーになって、君達みたいな可愛い子をテイムするのにな」
「ニャゥ?」
少女はファンタジーな世界、特にもふもふに目がないのだ。
弁当をつつきながら、野良猫との至福の時間を味わう。だが、それも少しの間だけ。
――キーンコーンカーンコーン
昼食の時間の終了を告げるチャイムが鳴る。
「もうそんな時間か。残念だな。時間が経つのはあっという間だね」
「ニャォ~ン」
猫の方も名残り惜しげに体を擦り寄せてくる。その様にくすくすと笑い、頭を撫でた。
「また来るよ」
そう約束を残して、少女は校舎裏を後にした。
その約束が、果たされることがないとは知らずに……。
放課後――。
「それでは皆さん、ごきげんよう」
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「あれは……!?」
「!? お嬢様?」
丁度赤信号で停まっていたのをいいことに、少女は自動車を飛び出した。
間に合って! そう願いながら必死に駆ける。
「お嬢様ーー!」
後ろで運転手が叫んでいるが、構っていられなかった。
だって、とっさに体が動いたのだ。
赤信号で交差点を渡ろうとする黒猫。そこへ突っ込んで行こうとする自動車。
腕の中に黒猫を抱えほっと一息吐いた瞬間――少女の身体は道路へ投げ飛ばされ、血の海に沈んでいた――……。
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