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佐々木桜編③
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その後一週間は、高校の友人と遊んだり、家でまったりと過ごしたりといったようなごくごく普通の怠惰な残り少ない春休みライフを送っていた。その休みのとある日に、親友の五十嵐に初バイトで居眠りされた話をすると、彼は笑ってこう言った。
「お前、塾講師向いてないんじゃね。授業つまらなさすぎたんだな、かわいそうな生徒だ。不愛想な風見先生で可哀そうなことこの上ない。」
「うるさいぞ、五十嵐。担当講師に選んでくれたんだぞ。つまりは僕の授業は良かったということだろ。」
「寝やすくて良かったんだろ。春眠風見先生を覚えず、だな。」
ぐうの音も出ない。五十嵐は、こういう頭の回転だけは速い男だ。
「でも真面目に考えてさ、風見が先生とは言え、初回の授業で寝るなんて相当肝の据わった子だよな。そうでなきゃよっぽど体調悪かったんだな。」
「なんか風邪で寝不足らしい。塾だと余計にその分寝てしまうんだろ。僕も塾では寝ていた口だからな。」
「まあ、頑張れよ。教えるのは上手だと思ってるからさ。じゃーな。」
そしてこんな風に最後は優しい男だ。だから五十嵐は親友だ。
そして前回の授業から丸一週間経ったこの日、先週と全く同じルーティンを精密機械のごとくこなしていき今授業の最中にあるわけであるが、困ったことに佐々木桜までもが精密機械のごとく、前回と同じようにウトウトし始めたのである。ウトウトしているから不精密だと言うべきなのかもしれないが、兎に角先週の再放送をこちらは見ている気分だった。僕はさすがに見過ごせないと思い、佐々木桜を起こして尋ねてみる。
「大丈夫?普段からちゃんと睡眠とってる?」
「ごめんなさい。寝ちゃいけないことは分かっているんですけど、最近風邪気味で、夜寝られなくて、この時間になるとなんだか頭がボーっとしちゃうんです。」
まだ風邪が続いていたのかと頭を抱えるが、それと同時にもう少なくとも一週間以上は風邪をひいているという異常事態であることに気が付く。
「風邪、結構長いんだね。薬とか飲んでる?あんまりひどいようだったら病院に行くのも考えたほうが良いんじゃないかな。僕は医者じゃないからわからないけどね。」
「薬も一応市販のやつを飲んでいるんですけど、全然良くならなくて困ってるんです。病院に行くほど熱とかが出ているわけでもないですし。」
僕は再び頭を抱える。もちろん実際には頭を抱えているわけではない。悩んでいることの比喩である。もうどうすればいいのか、途方にくれた僕はふっとため息をつく。ため息をつくと幸せが逃げるというが実際はどうなのだろう。僕は以前気になって調べたことがある。ため息が出るときというのは、悩み事を抱えているときで、そのようなときは胸や腹の筋肉が緊張して硬くなり呼吸が浅くなっているときでもある。つまりその影響で、血液の中の酸素が不足気味になり、その酸素不足を補うため、交感神経を働かせて血管を収縮させることによって血圧を上げ酸素をより運ぼうとするのだ。ここで自律神経には主に、この交感神経ともう1つ、副交感神経というものが存在する。自律神経のバランスを保つことは健康の基本である。そしてため息は副交感神経を活発化させて、悩み事などで交感神経がより優位になってしまうのを防いでいるらしい。要はため息にはリラックス効果があるということだろう。つまりため息をつくと幸せが逃げるのではなく、筋肉の緊張が逃げるのである。ため息をつくことによって筋肉の緊張を和らげることが出来た僕は、ふっと笑ってしまう。心なしか、塾の窓から入ってくる空気も気持ちが良い。どうしてこんな簡単なことで悩んでいたのだろうと思うほど、僕はとてつもなく簡単な結論に至った。
「佐々木さん、もしかしてなんだけど、花粉症なんじゃないのかな?」
「私がですか?今まで花粉症になんてなったことありませんよ。」
「花粉症は急になるものなんだよ。花粉を吸うと体内にIgE抗体が発生して、その量がある基準量を超えると花粉症にかかるんだ。よく言われている例としては、シリンダーに水がたまっていくとする、いつかは水があふれてくるよね、そのあふれる時が花粉症の始まりなんだ。だから去年まで花粉症じゃなかった人が、今年になって急に花粉症になるってことは結構あることなんだよ。」
そう、佐々木桜は恐らく花粉症である。考えてみればごく単純なことであるが、風邪だと以前に田中先生に聞いていたせいか、風邪だと勝手に思い込んでしまっていた。そして同様に佐々木桜も風邪であると、まさか花粉症にはならないだろうと、思いこんでいたのであろう。なぜそう思い込んでしまったのか、その原因は恐らく外国人が肩こりにならないことと似ている現象にあると思う。外国人が肩こりにならないのは、肩こりという言葉がないからであるというのをどこかで聞いたことがある。その代わりに「首がこる」と表現することが多いらしい。つまり肩こりは存在するのだが、それは肩こりだと認識されていないのだということである。佐々木桜にも同様に花粉症の症状は存在しているのだが、それが花粉症だと認識されていなかったのである。外国人に肩こりの概念が無いように彼女には花粉症の概念が無かったのであろう。これが僕の導き出した推論である。佐々木桜も納得した様子であるが、僕にはまだ1つ分からないことがある。
「花粉症はまた耳鼻科に行ってもらうとして、疑問に思っていることなんだけど、どうして僕を担当講師に選んだんだ?まだ授業ほとんどしてないよね。」
「それはですね…。風見先生の顔がタイプだからです。」
そんなことで講師に選ばないで欲しいものだなと、心の中で僕はため息をついた。これがまだ、この個別指導塾で起こる悩み事相談の一端に過ぎないということは、もちろん当時の僕は知るわけもないが。
「お前、塾講師向いてないんじゃね。授業つまらなさすぎたんだな、かわいそうな生徒だ。不愛想な風見先生で可哀そうなことこの上ない。」
「うるさいぞ、五十嵐。担当講師に選んでくれたんだぞ。つまりは僕の授業は良かったということだろ。」
「寝やすくて良かったんだろ。春眠風見先生を覚えず、だな。」
ぐうの音も出ない。五十嵐は、こういう頭の回転だけは速い男だ。
「でも真面目に考えてさ、風見が先生とは言え、初回の授業で寝るなんて相当肝の据わった子だよな。そうでなきゃよっぽど体調悪かったんだな。」
「なんか風邪で寝不足らしい。塾だと余計にその分寝てしまうんだろ。僕も塾では寝ていた口だからな。」
「まあ、頑張れよ。教えるのは上手だと思ってるからさ。じゃーな。」
そしてこんな風に最後は優しい男だ。だから五十嵐は親友だ。
そして前回の授業から丸一週間経ったこの日、先週と全く同じルーティンを精密機械のごとくこなしていき今授業の最中にあるわけであるが、困ったことに佐々木桜までもが精密機械のごとく、前回と同じようにウトウトし始めたのである。ウトウトしているから不精密だと言うべきなのかもしれないが、兎に角先週の再放送をこちらは見ている気分だった。僕はさすがに見過ごせないと思い、佐々木桜を起こして尋ねてみる。
「大丈夫?普段からちゃんと睡眠とってる?」
「ごめんなさい。寝ちゃいけないことは分かっているんですけど、最近風邪気味で、夜寝られなくて、この時間になるとなんだか頭がボーっとしちゃうんです。」
まだ風邪が続いていたのかと頭を抱えるが、それと同時にもう少なくとも一週間以上は風邪をひいているという異常事態であることに気が付く。
「風邪、結構長いんだね。薬とか飲んでる?あんまりひどいようだったら病院に行くのも考えたほうが良いんじゃないかな。僕は医者じゃないからわからないけどね。」
「薬も一応市販のやつを飲んでいるんですけど、全然良くならなくて困ってるんです。病院に行くほど熱とかが出ているわけでもないですし。」
僕は再び頭を抱える。もちろん実際には頭を抱えているわけではない。悩んでいることの比喩である。もうどうすればいいのか、途方にくれた僕はふっとため息をつく。ため息をつくと幸せが逃げるというが実際はどうなのだろう。僕は以前気になって調べたことがある。ため息が出るときというのは、悩み事を抱えているときで、そのようなときは胸や腹の筋肉が緊張して硬くなり呼吸が浅くなっているときでもある。つまりその影響で、血液の中の酸素が不足気味になり、その酸素不足を補うため、交感神経を働かせて血管を収縮させることによって血圧を上げ酸素をより運ぼうとするのだ。ここで自律神経には主に、この交感神経ともう1つ、副交感神経というものが存在する。自律神経のバランスを保つことは健康の基本である。そしてため息は副交感神経を活発化させて、悩み事などで交感神経がより優位になってしまうのを防いでいるらしい。要はため息にはリラックス効果があるということだろう。つまりため息をつくと幸せが逃げるのではなく、筋肉の緊張が逃げるのである。ため息をつくことによって筋肉の緊張を和らげることが出来た僕は、ふっと笑ってしまう。心なしか、塾の窓から入ってくる空気も気持ちが良い。どうしてこんな簡単なことで悩んでいたのだろうと思うほど、僕はとてつもなく簡単な結論に至った。
「佐々木さん、もしかしてなんだけど、花粉症なんじゃないのかな?」
「私がですか?今まで花粉症になんてなったことありませんよ。」
「花粉症は急になるものなんだよ。花粉を吸うと体内にIgE抗体が発生して、その量がある基準量を超えると花粉症にかかるんだ。よく言われている例としては、シリンダーに水がたまっていくとする、いつかは水があふれてくるよね、そのあふれる時が花粉症の始まりなんだ。だから去年まで花粉症じゃなかった人が、今年になって急に花粉症になるってことは結構あることなんだよ。」
そう、佐々木桜は恐らく花粉症である。考えてみればごく単純なことであるが、風邪だと以前に田中先生に聞いていたせいか、風邪だと勝手に思い込んでしまっていた。そして同様に佐々木桜も風邪であると、まさか花粉症にはならないだろうと、思いこんでいたのであろう。なぜそう思い込んでしまったのか、その原因は恐らく外国人が肩こりにならないことと似ている現象にあると思う。外国人が肩こりにならないのは、肩こりという言葉がないからであるというのをどこかで聞いたことがある。その代わりに「首がこる」と表現することが多いらしい。つまり肩こりは存在するのだが、それは肩こりだと認識されていないのだということである。佐々木桜にも同様に花粉症の症状は存在しているのだが、それが花粉症だと認識されていなかったのである。外国人に肩こりの概念が無いように彼女には花粉症の概念が無かったのであろう。これが僕の導き出した推論である。佐々木桜も納得した様子であるが、僕にはまだ1つ分からないことがある。
「花粉症はまた耳鼻科に行ってもらうとして、疑問に思っていることなんだけど、どうして僕を担当講師に選んだんだ?まだ授業ほとんどしてないよね。」
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そんなことで講師に選ばないで欲しいものだなと、心の中で僕はため息をついた。これがまだ、この個別指導塾で起こる悩み事相談の一端に過ぎないということは、もちろん当時の僕は知るわけもないが。
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