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君が悪だと云うのなら。

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―――愛していた。





「好きだったんです。ずっと」


気持ちを伝えても何も変わらなかった。
今はもう、愛してもらえていたのかすらもわからない。



***




俺があの人を好きになったのは、初めて業界に入って、すぐだった。

女性への接し方がわからず、緊張して言葉はどもり、お客様とは目も合わすことすらままならない。
わざわざ新規の客を回してくれても、会話が弾むはずはなく、
少量の酒によっては意識を飛ばし、営業終了までは使い物にならない状態だった。
もちろん、そんな俺に客は全くつくことはなかった。

女性に不慣れ、酒は弱い。トークのスキルはない。なのに、ホストになった。
ホストの華やかな世界に、憧れていた。


「お客様の心の掴み方、難しいかな?」

俊さんに出会ったのは、入って1か月経った頃だった。
オーナーが見に来るからとキャストは全員スーツを新調し、背筋を伸ばした。

俺もならって、背筋を伸ばすが、宅につけばいつもと同じだった。
酔って潰れて、ゴミ箱の前で意識を戻した時に、俊さんの大きな分厚い手の平が俺の目の前に差し出されたのを今でも覚えている。


「楓、僕が教えてあげよう」







彼についていった。どんな時も。
彼にはいろいろなことを教えてもらった。
品の良い話し方、作法、姿勢、酒の種類、タバコの吸い方、金の使い方、女性との接し方、
そして、人を愛すること。

俺が彼を好きになるまでに、時間はかからなかった。
オーナーである俊さんに、俺は恋をした。





「どうしたんですか、俊さん?」

出会って1年、珍しく俊さんが酔いつぶれて帰ってきた日があった。
アルコールの刺激臭に目が染みる。
「うっわ、酒くっさ…っ」

思わず目を細め距離を取ろうとすると、俊さんの唇が俺の唇に触れた。
いつの間に距離を詰められてのか、今起きているこの状態に対しての頭で考えている暇もなく、
そのまま肩を掴まれて、強い勢いで壁に追いやられる。
「痛…っ酔いすぎだよ、俊さん?だいじょ」

大丈夫か確認しようと顔を覗き込むと腕を引っ張られ、寝室のベットに放り込まれた。


―――俺に、彼は大人すぎた。
歳は15も離れていた。

彼の考えていることなど、俺には全くわからなかった。
仕方のないことだったんだ。


「んんんッぁ」

俊さんの肉棒が俺の体を貫いて、内壁をこするように出入りする。
「っしゅん、しゅんさん…ッ」

俺の奥へ奥へと精を吐き出そうと腰を進める彼の切なげな表情に、何故か温かい悲しみが込み上げた。
奥を突かれるたびに、俺は悲鳴に似た喘ぎを発しながら、快楽から逃げるため腰を浮かせた。

「ッぁ、っイ、イクっまた…ッ」

ピンポイントに俺の弱い部分を俊さんが突く。
身体がビクンと跳ねて、情けない声が出る。脚にどろりと嫌な温かさを感じた。

「ぅッうっうっ、ッんぅあ」
突かれるたびに、パツンパツンっと恥骨が当たる音がする。
俺の男根はだらしなくカウパーと精子がぬらぬらと光り、垂れていた。

「ゃッあっなん、なんでぇッ」
――尊敬していた。彼を

愛があるのかないのかわからないこの行為を、混乱する頭で俺は必死に考えていた。
身体は彼の優しい腕に包まれ、汗ばむ背中に必死に爪を立てて応えた。

前立腺を突かれる。
俊さんは俺が何度泣いて叫んでも、達しても夢中で俺に腰を打ち付けた。
そして、俺は意識を手放した。

目が覚めると俊さんはいなかった。昼過ぎだ。
俊さんはその日から数か月間、帰ってこなかった。











それでも、仕事は順調だった。

新規の客は100%自分の手中に収まるようになった。
大金を積んでくれる客も現れた。俺はナンバーにランク入りした。
俊さんに教えられた術、そして皮肉にも彼がいない心の穴を埋めるように酒とトークを弾ませる。
ホストとして、成功を治め始めたのだ。


家に戻れば、空っぽだった。俊さんが俺に与えたマンションで俺は俊さんの帰りを待った。
彼に伝えたかった。ホストで一番になれる瞬間を、彼に見てほしかった。


「男同士って、体の相性から始まるから」
ゲイの友人たちは言う。皮肉だ。身体でもいい。身体だけでもよかった。
現実に戻ればボロボロだった。俺も、所詮彼に心を奪われた一人だった。

頭の片隅で見ないように。毎日酒におぼれた。煙草も覚えた。
俺は、彼に伝えたかった。俺は彼によって生まれ変わった。
思えば思うほど彼に執着した。

ホストとは、“こうあるべき”
オーナーに全て俺は教えられた。


***

ナンバーワンに初めてなる日、オーナーの姿がキャッシャーに見えた。
ラストソングも足早に、エレベーターに乗り込む彼を追いかけた。

「オーナー。お久しぶりですね」

「楓、おめでとう」

俺は俊さんの胸ぐらを掴み、壁へそのまま押し付け、薄い唇を奪った。
エレベーターが少し揺れた。

「どこ…っ行って、たんですか」

情けない声で泣きじゃくりながら、俊さんの胸を力なく叩いた。
「おめでとう」
俺の頭を撫で、小さな声で俊さんが呟く。


「好きだったんです。ずっと」

自分で言葉にした瞬間、気付いてしまった。
彼との距離を―――

「ずっと…好き、俊さんが」


苦笑いをして、俺の頭を撫でる彼の大きな手はこんな時でも優しかった。
「楓、君は僕に夢を見すぎだよ」


―――よく、海へ連れていてもらった。
悲しくなった時は、海で叫べと教えてもらった。冷たい潮風。彼の切ない横顔。
忘れられない、イリスの甘くスパイシーなパフュームと潮の香り。



彼は、最後まで大人だった。







あの夜、以外は。






俺を一人置いて、俊さんの寂しそうな横顔が去っていく。
ぐちゃぐちゃになった俺の顔を背に、俊さんは暗闇の世界へ消えていった。エレベーターの扉が閉まる。

















―――愛していた。

気持ちを伝えても何も変わらない。
今はもう、愛してもらえていたのかすらもわからない。


それでも俺は、俊さんを待っている。彼に心をつかまれたまま。
未練がましく、待っている。






















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