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第一◯話 米太平洋艦隊撃滅作戦 参
しおりを挟む「損傷を報告してくれ」
「両舷の対空砲が数基破損。その他甲板や装甲に軽い損傷がありますが、大きな損傷はありません」
キンメル艦隊の大輪形陣より離脱してから1時間。
峰崎率いる黒鉄部隊は敵戦艦の射程外に逃れ、一定の距離を保ちながら並走していた。
「他の艦艇の損傷はどうだ」
「花月の二番砲搭が直撃弾により大破したようですが、誘爆は無し。那智と鳥海は舷側に被弾、損壊しましたが破口は水面上なので航行に支障はありません」
「敵艦隊のど真ん中に突っ込んだというのに、嘘みたいな被害の小ささだ…使用時間に制限があるとはいえ、“防壁”の性能は凄いな」
何故、キンメル艦隊の砲撃が黒鉄部隊に大した被害をもたらせなかったのか。
それは、海軍技術工廠──海技廠の開発した第一級秘匿兵装『ジ式防壁』の性能故であった。
艦体表面に展開させた不可視の防壁であらゆる攻撃を軽減、無効化することで艦の被害を減らすという、いわばシールドの様な性能である。
未だ研究、開発段階であるため黒鉄部隊に配備された防壁は試験機であり、出力が安定しないうえに専用バッテリーが一時間しかもたないという制約付きではあるものの、その効果は目を見張るものがあった。
これこそ今作戦の重要な鍵であり、峰崎の絶対な自信の元でもあったのだ。
「防壁の稼働率の方はどうだ」
「防壁稼働率87%です。もし敵戦艦の砲撃を受ければ、一撃で破壊されていた可能性も…」
「流石にこの出力では中口径までが限界か…」
「テスト時には35.6cm砲弾にも耐えたようですが、出力が不安定となるとかなり怪しいですね」
「まぁ、それでも駆逐艦や巡洋艦程度の攻撃なら安定して防げることは分かったんだ。それだけでも十分な収穫だ」
峰崎は首から提げた双眼鏡でキンメル艦隊の様子を伺いながらそう言った。
そのキンメル艦隊の損傷は相当なものだった。
まず駆逐艦は20隻近くが撃沈され8隻が大破し戦列を離脱。
巡洋艦も2隻が撃沈、3隻が大破。
戦艦はカリフォルニアとテネシーがそれぞれ2発の雷撃を受け、喫水下に浸水を起こしただでさえ遅い脚を更に遅くしていた。
「クソ……クソッ!!」
ガンッ
キンメルは悔しさのあまり、窓の縁に拳を叩き付けた。
「お、落ち着いて下さい提督…」
「落ち着いていられるか!!こんな屈辱は、始めてだっ!!」
部下の宥めも虚しく、キンメルは大声で怒鳴り散らした。
自身の艦隊はかなりの損害を受けたにも関わらず、敵艦の撃沈は無し。
そんな事実が、キンメルの冷静さを完全に奪っていたのだ。
「…キンメル提督の様子はどうだ?」
「もう滅茶苦茶だよ。ずっと怒鳴ってやがる」
「ちっ…完全にやられてんなぁこりゃ」
キンメルの不安定さは、艦橋だけでなく各部所にも不安感をもたらしていた。
「なぁ…これからどうなると思う」
「さぁな。敵は今どうしてるんだ」
「射程外に逃げて並走してんだとさ。近付こうとすると逃げ、距離を取ろうとすると逃がすまいと距離を保つらしいぜ」
「敵が何を考えてるのか分からないんじゃあ、どうすることもできないな…」
状況は完全に膠着。
しかしその裏では日本の、更なる秘策が動き出していた。
『最雲より黒鉄へ。各艦隊の配置が完了せりとの報告有り』
「フフフ……いよいよ、罠の留め金を外す時が来たか」
再び、峰崎の不敵な笑いが響く。
その直後であった。
「て、提督!!」
「やかましい!!一体なんだね!?」
「て、敵……敵の大艦隊が出現しました…!!」
「何だと!?」
突如として、大艦隊がキンメル艦隊を取り囲むようにして出現したのである。
グルリと見渡す限り艦影に囲まれたその光景は正に異様。
実際に目にしているにも関わらず、とても現実だとは思えないその光景にキンメルの思考は凍結してしまった。
「提督…!しっかりしてください!!」
「……ぁ、」
ようやく動き出したキンメルの思考であったが、真っ先に来たのは恐怖の感情。
ただでさえ先刻の戦闘で決して小さくない損害を受け、数十隻の護衛艦を失ったキンメル艦隊。
しかし目の前に立ち塞がるのは、完全な状態のキンメル艦隊と同等…いや、それ以上の数の大艦隊である。
敗北という言葉がキンメルの脳裏をよぎった。
「そ、総員戦闘配備!!」
しかし恐怖を無理やり抑え込み、キンメルは号令を出した。
「我々は…我々は米海軍最強の艦隊なのだ!こんな所で極東の島国の艦隊ごときに負けてたまるか…っ!!」
「長官、全艦艇光学迷彩解除。戦闘配備完了しました」
「よし…砲術科に下命せよ。射程に入り次第超長距離射撃を開始せよ、と」
「はッ!!」
突如現れた艦隊。
それは連合艦隊司令長官、山本吾郎が率いる連合艦隊本隊ーー第一遊撃打撃群を要とする第一艦隊と第二艦隊であった。
その編成は以下の通りである。
戦艦 長門 陸奥 駿河 近江 河内 摂津
航空母艦 翔鶴 瑞鶴 祥鳳 瑞鳳
重巡洋艦 高雄 愛宕 最上 三隈
軽巡洋艦 長良 名取 五十鈴 天龍 竜田
護衛艦 若狭 鞍馬
駆逐艦 曙 朧 漣 潮 谷風 浦風 皐月 文月
その他小艦艇60隻
「敵艦、砲塔旋回中。敵さんもまだまだやる気みたいですな」
「はっはっはっ、今回ばかりは士気の高い連中で助かったな。でなければ“正面から叩きのめす”ことの意味が無い」
口角を吊り上げる山本。
その笑みは余裕から来るものなのか、それとも予定通りに事が運んだことへの満足から来るものなのか。
その真意を知るのは本人だけであるが、その様子を見た副官は頼もしさを感じた。
「…ふむ。どうやら敵は戦力を一点に集中させて包囲を突破するつもりのようだな」
最雲より逐一送られてくる上空からの情報を眺めながら呟く山本。
確かにキンメル艦隊は駆逐艦や巡洋艦を先頭に、一直線に一方向へ進んでいる。
しかし―――
「偶然かそれとも意図的か…まさか真っ直ぐ“こっち”に向かってくるとはな」
その方向は、山本が乗艦する旗艦長門を始めとする第一遊撃打撃群が陣取る一角。
「…面白い。我が艦隊の新造戦艦と米太平洋艦隊
の主力戦艦…どちらが強いのか試してみようじゃないか」
「前方の敵の情報は!?」
「はい、戦艦2隻と重巡2隻が主な戦力かと」
「そうか。…よし、ここに戦力を集中させよう。我々を囲い込んで良い気になっているだろうが、包囲の網が薄くては意味が無いことを教えてやる…!」
「で、ですが提督…」
「何かね!?」
「この2隻の戦艦ですが、見たことの無い型の艦です。恐らくこれも新造艦かと…」
「そんなまさか…戦艦まで造っていたというのか?諜報部はいったい何をしていたんだ!?」
キンメルの苛立ちは頂点に達していた。
まるで全て相手の手玉に取られているような気がしていた。
「有効射程に入り次第、敵戦艦に火力を集中しろ!損傷はあれど砲の数では勝っているんだ!」
「イエッサー!」
しかし、次の瞬間であった。
ドオオォォォンッ
突如、凄まじい轟音が響き渡った。
「な、なんだ!?」
キンメルが慌てて外を見ると艦隊の先頭に幾つかの水柱が立っており、味方の駆逐艦数隻が火を噴いていた。
「敵戦艦からの砲撃です!!」
「こんな距離からか!?」
続けざまに轟音が響き、更に水柱が立つ。
それは明らかに大口径砲による砲撃であるが、米戦艦の有効射程距離にはまだ遠い。
しかしその砲撃は確実に目標を捉えている。
「か、回避機動急げ!!早く距離を詰めて反撃するんだ!!」
「三発命中を確認」
「次発装填急げ」
クオォォォォン…
低い機械音を鳴らしながら砲塔が旋回する。
長門型戦艦の主兵装は試製三式四一糎両用砲である。
これもまた海技廠が極秘開発した、長門型戦艦専用の艦砲であった。
両用砲というのは、本来であれば対空砲と副砲という二つの役割に兼用できる砲を示す言葉であるが、ここでは違う。
この戦艦主砲は、光学砲としての能力を持ちながら通常弾も使用可能。
それ故の「両用」砲である。
「修正値右1.5」
「照準よろし」
「交互一斉射、射てぇッ!!」
ドドオオォォンッ
全砲塔の右砲が同時に火を吹き、右砲が砲身を下げると同時に全砲塔の左砲がその頭を上げ、火を吹く。
ドドオオォォンッ
各砲の装填時間は40秒。
それを片方ずつ発射することで20秒置きに砲撃することが可能であった。
一撃毎の威力は下がってしまうが目標が大型艦でなければ十分な威力であり、また目標が大型艦でも夾叉――目標の手前と奥に着弾させ、確実に当てられる状況を作ること――するまではこの交互一斉射を続けるのが定石だ。
「まずは敵艦隊の前衛を潰せ。敵の射程に入るまで戦艦は後回しでいい」
「はっ!」
「折角の戦艦同士の撃ち合いだ…アウトレンジからの完封試合ではつまらん」
山本の余裕の笑みは崩れない。
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