帝国の曙

Admiral-56

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第九話 米太平洋艦隊撃滅作戦 弐

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――米第七艦隊――



 艦隊は、混乱に包まれていた。



 出撃していった艦載機の大編隊がたった8隻の敵小規模部隊に全滅させられるという予想だにしない結果に誰もが困惑していたのだ。



 第七艦隊旗艦、戦艦メリーランドの艦橋内では様々な意見が飛び交っていたが、一向に最適解出そうに無かった。



 不測の事態の連発。そして、実戦経験の浅さもあっただろう。



 大西洋では欧州連邦となったプロイセンとの壮絶な戦闘が繰り返されていたが、その一方で太平洋はその名の通り平穏であり、米太平洋艦隊は実戦の機会が殆ど無かったのである。



 また、一機の偵察機が持ち帰った数枚の航空写真も混乱に拍車をかけていた。



 それは黒鉄部隊の各艦を写したものであったのだが、そこに写っていた8隻全てが、米国情報部の把握していた日本軍艦艇一覧に載っていなかった。



 つまり日本軍は米国情報部の目を盗み、新造艦を建造していたということだ。



 目の前に存在するのは、技術にも戦力にも劣る弱小国ではない。



 未知の実力を持った、新興国なのだという事実を突き付けられたのである。



『もう一度攻撃隊を出そう。今度は数を増やして、護衛戦闘機も増やすんだ』



『いや、敵がどんな装備を持っているのか分からない状態でこれ以上攻撃隊を出すのは危険だ!』



『偵察機隊は何をしている!!敵空母はまだ見つからないのか!?』



『本当にどこにもいないんだ!!』



 論議の続くブリッジ。しかし次の瞬間────



「狼狽えるなッ!!」



 キンメルの怒号に、ブリッジは一瞬にして静まり返った。



「諸君、航空攻撃が成功しなかったからといってそう焦ることではない。元々、航空機が勝敗を決するものではないことぐらい諸君らも理解しているだろう?」



 ゆっくりと。宥めるように。奮い起たせるように。



 キンメルの言葉にその場の全員が聞き入る。



「勝敗を決するのは何か?それは大砲だ。敵艦を海底に叩き落とす鉄槌だ」



 言葉に熱が籠り、拳を握り締める。



「我々にはまだ最強の武器が残されているではないか?この戦艦メリーランドを旗艦とする、米海軍の誇る最強の艦隊が!!」



 艦隊決戦思想。



 それは、艦隊と艦隊による砲撃戦こそが海戦の勝敗を決する。



 船による本格的な海上戦が生まれた時から戦闘艦の武器は大砲であり、それは今も昔も、そしてこれからも変わらない。



 そんな古来からの伝統的な思想である。



「たとえ対空兵装が充実していようが、この米海軍の誇る新鋭戦艦の大口径光学主砲をまともに喰らえばひとたまりもない筈だ!!」



 艦橋の窓から見える、甲板上の構造物を指差すキンメル。



 それは、この戦艦メリーランド最大の武器である三連装主砲だ。



 そう。米海軍は光学兵器の小型化には失敗しているものの、それとは逆に光学兵器を大型化し戦艦の主砲相当のものを開発していたのである。



 戦艦メリーランドだけでなく、カリフォルニア、テネシー、ウェストバージニア、ペンシルヴェニア。



 他の各新鋭戦艦にも既に配備が進んでおり、米海軍は大艦巨砲主義の新たなる形を確立させつつあったのである。



「さぁ敵に向かって舵を取りたまえ。圧倒的な砲撃火力で捻り潰してくれる!!」







 キンメルの号令の下、太平洋の王者は動き出した。



 まず、空母4隻は駆逐戦隊に護衛され戦列を離脱。接近戦に弱い空母を砲撃から守るために退避させたのである。



 これは第五艦隊指揮官のスコットが指揮を取ることになった。



 ハルゼー航空機動艦隊もまた砲撃戦には参加せず、そのままスコット艦隊との合流を目指す。



 そして戦艦5隻を有するキンメル艦隊は黒鉄部隊へと直進。



 それらの行動は全て上空の最雲に観測されており、直ぐ様黒鉄部隊へと通報された。



「よし、敵は完全に罠に嵌まったな」



 海図に表示された、敵艦隊の位置を示す赤い点を見詰めながら峰崎は不敵な笑みを浮かべた。



「各艦、合戦用意だ。ここからが正念場だぞ」



「はっ!!」



 いよいよ、日米戦初の砲撃戦が勃発しようとしていた。













 ハワイ時間午後3時42分。ついに相方は互いを目視出来る距離に達した。



 キンメル艦隊は中心に戦艦を配置し、その周辺を巡洋艦。



 更にその外を駆逐艦で固める大輪形陣をとった。



「司令、相手は輪形陣のようです」



「数を用意できる米海軍お得意の戦法だな」



 実際、輪形陣は実に合理的な陣形であると言えよう。



 特にこの陣形は護りに向いており、数が少なく、尚且つ戦力として重要な艦を中心に置くことで敵のあらゆる攻撃から守る。



 外周に駆逐艦を配置することで主力艦の盾にしながら、航空機や潜水艦を主力艦に近づけずに迎撃することができるのだ。



 だが、輪形陣にも欠点はある。



 それは、攻撃には向かない陣形であることだ。



「あれだけ数が多ければ、射撃時に味方の艦や煙が視界を奪うこともある。敵はあまり正確な射撃はできない筈だ」



「その隙を狙う…というわけですな?」



「そう言うことだ」



「司令、我々はどうしますか?やはり単縦陣で突っ込みますか」



「…いや、梯形陣だ」



「梯形陣…ですか?」



 峰崎の言葉に塩田は首を傾げた。



 それもその筈。梯形陣は護りの輪形陣や攻撃の単縦陣と違い、特別何かに向いている陣形ではないからだ。



 では、何故峰崎はわざわざ梯形陣を選択したのか?



「分からんか?“見栄え”は大事、ということだ」



 そう答え、ニヤリと笑う峰崎。



 梯形陣は突撃隊形とも呼ばれ、その見栄えの良さから観艦式でもよく採用される。



 つまり、“見せ付ける”為の陣形である。







「長官、敵は梯形陣で突っ込んできます!」



「なんだと…?」



 その報告はキンメルを戸惑わせた。



 急いで双眼鏡を手に取り、自らの目で確認する。



「…奴等、何を考えている…?」



 確かに、水平線から近付いてくる艦影は見事な梯形陣を成している。



「…合州国海軍でも、あんな見事な梯形陣は見たことがないな…」



 キンメルは思わず感嘆の声を漏らした。



 しかしそれと同時に、まるで侮辱されているような、屈辱的な感覚が溢れてきた。



 確かに見事な梯形陣だ。しかし、今は観艦式ではない。



 今正に殺し合いを始めようとしているところなのだ。



 その状況に、あの綺麗な梯形陣はあまりにも場違いだ。挑発にすら思える。



「…舐めおって…っ!!砲撃開始だ!!」



「し、しかし長官。まだ有効射程距離に入っていませんが…」



「構わん!!奴等をビビらせてやれ!!」









「敵戦艦、主砲旋回中」



「随分と血気盛んな相手だな。丁度良い、敵が精密な射撃が出来るようになる前に情報収集と行こうか」



 小馬鹿にしたような様子でやれやれ、と首を振る峰崎。



 面白がっていることが見て取れる。



「…司令、まさか敢えて梯形陣にしたのは挑発を…?」



「さぁて、どうだろうな?」



 塩田の問いに、峰崎はその不敵な笑みを崩さずに答えた。



「閃光確認!敵弾、来ます!!」



 見張りが声を張り上げる。



 その数十秒後、周囲に十発程の砲弾が着水。



 そのうちの一つは先頭の妙高の右舷数百メートルの位置に水柱を立てた。



 その直後、峰崎は大声で一気に指示を出した。



「敵主砲次発までの時間を計れ!全艦第三戦速にて敵艦隊との距離を詰めるぞ!敵の次発を確認するまで、このまま直進!!」



「ヨーソロー、第三戦速っ!」









「敵は速度を上げて直進して来ます!」



「直進だと…?回避行動すら取らないのか」



「長官、どういたしましょうか…?」



「うーむ…」



 キンメルには相手の行動が全く理解出来なかった。



 ただでさえ圧倒的な数の差があるにも関わらず、砲撃にも臆せず直進してくる敵。



 その真意を読み取るのは困難であった。



「再装填完了次第もう一度砲撃だ」



「まだ有効射程距離ではありませんが…」



「構わん!」



 副官の言葉を無視したキンメルの指示により、主砲の再装填が進められる。



 戦艦メリーランドに搭載された最新鋭の艦載砲は16inch光学砲Mk.Ⅰというものであり、光学砲としては最大のものであった。



 通常の主砲弾を使用する艦載砲と違い、一発毎に1tを越える重量のバッテリーを1個使用する。



 この方式は最初こそ、効率も悪く実用的でないという評価であったが、実際はバッテリーの重量が砲弾とほぼ変わらないうえに作業効率が実体弾(通常弾)使用時より僅かに良いということで実用に至ったのである。



「最装填完了!」



「よぉーし、全門ファイヤーッ!!」



ドドオオォンッ!!



 メリーランドの主砲、4基8門が一斉に火を噴く。



 それに続いて、ウェストバージニアの4基8門。



 遅れてようやく射程に入ったテネシー、カリフォルニア、ペンシルヴェニアの各4基12門。



 計52発の砲撃が、一度に黒鉄部隊に降り注いだのである。







「閃光確認!」



「司令!50発以上来ます!!」



 その数に、艦橋要員の半数が戦慄した。



 未だ有効射程に入っていないとはいえ、1発でも命中すれば撃沈されかねない敵戦艦の砲撃。



 それが50発も飛来するとなれば、まず数発の被弾は逃れられないだろう。



 しかし峰崎はその不敵な笑みを崩さない。



 彼には、この砲撃の雨を切り抜ける自信があったのだ。



「全艦増速!!各艦最大戦速にて敵主砲弾の下を潜り抜けろ!!」









「て、敵艦増速!!速度は……」



 コンピュータによって弾き出されたその数値に、一人の艦橋員は目を疑った。



「おい、なんだこりゃ…計算が間違ってるんじゃないのか!?」



「何だ!?報告は正確にしろ!!」



 キンメルは半分苛立ちながら怒鳴った。



 すると、その艦橋員は震える声で報告をした。



「て…敵速……40ノット以上です」



「な……っ!?」



 その報告に、キンメルも開いた口が塞がらなくなった。



 直後、52発の砲弾は全てが敵の後方に着水し命中弾無しの報も入った。



「そ、その数値は本当なのか?」



「コンピュータが故障していない限りは…」



「私は…私は夢でも見ているのか…」



 キンメルの顔は真っ青だった。







「フフッ、敵は腰を抜かしたかな?」



「我々も腰を抜かしましたよ…最大戦速が42ノットというのは初耳です」



「敵を騙すにはまず味方から…とも言うだろう?最大戦速は秘匿情報の一つでね。機関や操艦に関わる者以外には伏せられてたのだよ」



 峰崎は無線のマイクを取ると、それを8隻全ての艦内放送に繋げた。



「さぁ諸君、いよいよ本番だ。これより我々は敵の大輪形陣の中に突入し、米太平洋艦隊を内側から食い破る。この戦闘の結果が今後全ての作戦に影響を及ぼすと言っても過言ではない。我が軍の…我が帝国の命運はこの一戦にある!!諸君らの奮励、努力を期待する!!」



 各艦、マストに翻るは信号旗『Z』。



 必勝の祈願を込められた、いつかも分からぬ古来からの伝統であった。











「敵は速度を維持したまま突っ込んで来ます!!」



「な、何をしている!?早く砲撃しないか!!」



「駄目です、速すぎて照準が定められません!!」



「クソ…っ!当たらなくてもいい!奴等を近づけさせるな!!」



 いよいよ巡洋艦の射程にも入り、キンメルは焦っていた。



 至近からの砲撃と雷撃を恐れていたからである。



 たとえどんなに固い装甲を持った戦艦であっても、艦橋を砲撃されたり雷撃をもろに受ければ致命傷になりかねない。



 それ故に、長距離射程の砲撃で早急に決着をつけるつもりだったのだが、その目論見は尽く崩されてしまった。



「敵艦、高速にて接近中!!」



「閃光確認!!先頭の敵重巡の砲撃です!!」



 妙高より発射された砲弾は輪形陣外周の駆逐艦を正確に射抜いた。



「駆逐艦ベネット轟沈!!」



「何だと!?たった一撃でか!!」



 驚愕であった。



 黒鉄部隊の砲撃は、たった一撃で駆逐艦1隻を撃沈したのである。



 敵の勢いは止まらない。



 速度を落とさずに砲撃を続けながら、いよいよ輪形陣の外周に突入してしまった。



 そこからは正に乱戦であった。



 近距離からの射撃を受け数隻の駆逐艦が轟沈し、また損傷した艦同士で衝突も起きた。



 黒鉄部隊はその中を縫うようにして輪形陣の中心へと向かう。



 勿論、それを防ごうとして黒鉄部隊の前に出た艦もいたが完全に進路を塞ぐ前に尽く撃沈された。



 更に不思議なことに、駆逐艦と巡洋艦の光学砲が数発命中しているはずであるにも関わらず、どういうことかイマイチ効果が見られない。



 何発被弾してもビクともしない黒鉄部隊と、数発で簡単に撃沈されてしまう米艦隊。



 その差は明らかであった。







『4時の方向駆逐艦接近!!』



『二番砲搭再装填急げ!!』



『両舷増速、取り舵40っ』



『後部甲板被弾、防壁稼働率5%』



『一番、射てぇっ!!』



『左舷より雷跡3!!』



 指示と報告が入り乱れる妙高艦橋。



 急加速急減速に加え左右へと激しく揺さぶられながらも、その指揮は、慌てず急いで行われる。



「減速っ!!転針面舵90!!」



「二番砲搭、前方の駆逐艦を狙え」



「一二番、魚雷発射用意!!」



 魚雷を回避すると同時に、回頭した先にいた駆逐艦を砲撃。



 更に回頭しながら魚雷を扇状に発射する。



 速度を変えながらの急回頭をすることで予想のしにくい軌道を取り攻撃を回避。



 それと同時に逆に攻撃をかけ、無防備な敵に確実に弾と魚雷を撃ち込んでいく。



 この時妙高、那智、羽黒、鳥海の4隻が搭載していたのは、20.3cm連装光学砲。



 米軍は日本軍が光学兵器を極秘開発していたことを知らなかったため、駆逐艦を沈めた一撃が光学砲に依るものだったことを知るのは後のことであった。



 また、共和国海軍が開発しこの日まで秘匿兵器としてその存在を隠され続けていた酸素魚雷もまた脅威である。



 米軍の使用している魚雷を遥かに越える威力を持ち、高速で尚且つ長射程でもあるのだ。



 駆逐艦はおろか、巡洋艦でさえ一撃で吹き飛ばしてしまうこの魚雷は、航跡も残り難い。



 魚雷発射の瞬間を見逃してしまった数隻の不運な艦は、第一目標から外れたこの魚雷。つまり流れ弾を喰らい、訳も分からず沈んでいった。



 そして、目標から外れた魚雷の数本が何隻もの米艦艇の前や後ろ、下をすり抜け、輪形陣中央にいた戦艦隊に襲い掛かった。



「司令、どうやら流れた魚雷の数本が敵戦艦に命中したそうです」



 その報告を聞き、峰崎は少し考え込んだ。



 が、しかし自身の腕時計をチラリと見ると新たな指示を出した。



「各艦に伝達。各自、輪形陣内から退避。そのまま作戦通り敵艦隊から距離を取らせろ」



「はっ!!」















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