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仮想デート的ドキドキです。
しおりを挟む芸術祭の練習開始から早数日。
私もユリオット様のご指導の元、地道な練習に取り組み始めました。
ユリオット様の見立てでは、どうやら私がダンスを苦手とする理由はリズム感の悪さにあるという事で、目下ダンスのリズムを体に刻み込んでいるところです。
ただ、元々身体能力は他の御令嬢よりも高い方ですので、リズムさえ克服してしまえば、後は大きな障害無く本番でも恥ずかしくないレベルまで到達出来そうだとお言葉頂けまして、ローランド様とのダンスを夢見て目の前に人参をぶら下げられた馬の如く練習に励む毎日なのです。
また心配していたセドリック様とも先日のお言葉通り過剰な接触もなく、更には課題の掛け持ちの為練習日の半分は不在という事もあり、今のところ大きな問題はなく過ごせております。
一方イリア様はゲーム通り、先日お話のあった理想郷をモチーフとした作品の制作に取り掛かったという事で、些か忙しそうなご様子。
少々強引かと思いましたが、完成したらいの一番に作品を拝見させて頂く約束も取り付け、私としても今から完成が楽しみで仕方がありません。
そうして、遂に今日はローランド様との約束の日です。
先日誘って頂いた剣の訓練の見学、ちゃんとフィリクス様のお父様から見学の許可も頂けたのだとローランド様が仰っていた。
ローランド様が訓練に打ち込まれるお姿を拝見出来るのは何より楽しみですが、実はこれイベントの内の一つでして。
ローランド様だけに気を取られないよう気をつけて、キチンとフィリクス様の動きも把握しなくてはいけないのです。
出来る事ならばローランド様に集中したかった所ですが、これはこれで致し方ない事なのですよね。
「それじゃ、ミシェル行こうか」
「はい、ローランド様」
フィリクス様のお宅までの道のりはローランド様の馬車にご一緒させて頂く事になりました。
つまりこれから到着まで、私はローランド様と馬車の中で2人きりという事で。
実際はただの移動だけれど、心の中ではちょっとしたデート気分を味わえるのです。
「さぁ、お手をどうぞ」
「はっ、はい……」
紳士的に手を差し伸べて下さるローランド様は夢にまで見た王子様さながらで、私の胸の高鳴りは一際大きさを増した。
大きく筋張った手のひらにおずおずと指先をそっと触れさせると、逃がさないとばかりにキュッと包み込まれる。
きっと真っ赤になっているだろう顔が見られてしまうのが恥ずかしくて思わず俯いたけれど、触れている手の熱量に気がつきチラリと視線だけでローランド様を覗き見れば、彼のお顔も真っ赤に染まっていて。
これではまるで本当にデートの様だわ、などと浮かれて考えてしまい、顔だけではなくて頭の中まで沸騰してしまいそうだった。
「そういえば、ローランド様はトーナメントにも参加されるんですよね」
「あぁ、フィル兄とこういう機会が無いと中々本気で戦えないし、師匠からも生半可な順位を取ったら承知しないぞって発破をかけられてるよ」
動き出した馬車の中、向かい合って腰をかけてからの沈黙に耐えられず、何とか絞り出した話題を口にした。
トーナメントとは芸術祭内で開催される剣術試合の大会の事だ。
参加は男子生徒の中でも希望者のみとなっているのだが、学院内でも生徒の関心を多く集めているトーナメントへ参加を希望する生徒は例年後を絶たない。
因みに昨年はまだ入学したての1年にも関わらず、フィリクス様が優勝を攫っていった。
新入生だとしても、それまで数々の大会で優秀な成績を残してきたフィリクス様が勝者の椅子を勝ち取った事は何ら不思議な話ではなく、ある意味順当な結果だとも言える。
そんな中、彼の試合風景を見て、きっと卒業までフィリクス様が他人に勝者の椅子を譲る事は無いだろうと早々に諦めてしまった者もいるが、逆に我こそはフィリクス様を打ち負かし、映えある栄光を手にして見せるのだ、と息巻いて参加を決めた生徒も少なくないのだという。
ローランド様はそう言った参加者とはまた違った心持ちの様だけど、だからと言って優勝を諦めている訳でも無いようにも見えた。
ゲームの知識ではローランド様がトーナメントに出場する事も、その結果も分かっているけれども、だからと言ってローランド様を応援する気持ちがなくなる訳では無い。
特に、全てがゲーム通りに進んでくれる訳では無いとここ数日で嫌という程思い知っているからか、ローランド様を応援しなくてはと思う気持ちが日々募っていく様だった。
それに、出来る事ならば一戦でも多くローランド様の試合風景を観戦させて頂きたいとも思っているしね。
「私、ローランド様を1番に応援していますから。どうか頑張って下さいね」
「ありがとう、例え社交辞令だったとしてもミシェルにそう言って貰えて嬉しいよ」
「まぁ、社交辞令だなんて! 私、本気でローランド様のことを誰よりも応援していますのに」
照れ臭さを押して応援の気持ちを伝えれば、本気だと信じて貰えず、悔しさに頰を膨らませた。
先程の言葉は嘘では無い、と分かって欲しくてローランド様を見つめれば、彼はヘタリと眉尻を下げて笑う。
「ごめん、ごめん、信じてるよ。ミシェルに応援して貰っちゃったから、これはもう死ぬ気でフィル兄にも勝たなきゃいけないな」
「そうですね。私が応援しているのですから、フィリクス様だけではなく全員に勝って優勝して頂かないと」
「そりゃ大変だ! 期待に応えられる様、努力させて頂きます」
冗談の様な掛け合いに、私達はお互い目を合わせて笑い合う。
「……ミシェルはユリオットとの練習は上手くいってる?」
「ええ、丁寧に教えて頂けて、とても優しくして頂いてますわ」
「……そう」
そうして、何気なく問いかけられた質問に、そのまま深く考えもせず返答をすれば、一瞬笑顔だったローランド様のお顔に影がさした気がした。
直ぐに元の表情に戻られてしまったけれど、多分見間違いでは無いわよね?
そんなに私がユリオット様に迷惑をかけていないか心配なのかしら。
「あの、ローランド様だいーー」
「坊っちゃま、到着いたしました」
大丈夫ですよ、と口にしようとして外から響いた到着の合図に遮られてしまう。
ローランド様も私の言葉に気がついていないのか、御者に言葉を返し始めてしまい視線が合わない。
結局その先の言葉を言うタイミングを失ってしまった私は、また後で言えば良いわよね、とその場では口を噤んだ。
そうして、開かれたドアの先、御者に促される様に外に足を踏み出したのだった。
「分かっていても、ミシェルの口から2人の話を聞くのは少し辛いな」
残された馬車の中、ローランド様が独り言ちたことを私は知る由もない。
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