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理想郷、その裏側は切ないものなのです。
しおりを挟む「そういえばイリア様は芸術祭の発表、何を選択されたんですか?」
まぁ、その答えは知ってるんですけれどもね。
「あ、あの……絵画、製作です」
「まぁ! イリア様は絵心がお有りで?」
そう、イリア様は絵がお上手なのだ。
それに絵画製作ならば当日までに個人で作品を作成して、芸術祭当日は他の絵画選択者の作品と並べられ、展示するだけ。
人との関わりを極力断ちたいはずのイリア様が、最初から最後まで個人で完結できるこの選択肢を選ばない理由がない。
そう言った点で言えば、私の選んだダンスなんてイリア様の希望の対極にあるような選択肢よね。
因みに、もしもゲームでヒロインがイリア様と同じ選択をした場合。
ヒロインの余りの画力を見かねたイリア様が、アドバイスをするようになって、そこからイベントがドンドン発生し始めるのよ。
本当に凄かったわ、彼女の画力……あれは最早画伯と呼ばざるを得ないレベルね。
余り絵心のある方では無い私ですら、プレイしながらコレは酷い……と絶句した位だもの。
あんなの見せられたらイリア様じゃなくても横から口を出したくなるに決まってるわ。
むしろ、何であの画力で絵画製作を選んだのか不思議だったのだけど(いや、プレイヤーである私が選択したからなのだけど)、何故か彼女自身満々だったのよ。
驚きを通り越して、恐ろしさすら感じられるわ。
「そんな、絵心……なんて……」
「あら、お上手な方ほど得てしてそう仰るものですわ。芸術祭で作品を拝見させて頂くのを楽しみにしてますね」
「えっ?……あ、あの、はい。頑張ります……」
そうよ、あのヒロインに比べるのも烏滸がましい位イリア様は絵心があるのだから。
そして、逆に下手な人間ほど自信があるって言うのはヒロインが良い例よね。
もしもイリア様のアドバイス前にヒロインが描いた絵を展示しようものなら、芸術祭の歴史史上最悪の展開が待ち受けている事請け合いだわ。
その点に関してだけはヒロインが今ここに居なくて良かった唯一の利点かも。
まぁ、居たとしても絵画発表を選ばない可能性の方が高いのだから、彼女はやっぱり居てくれた方が良いに決まっているのだけれど。
それにしても、イリア様には少しプレッシャーになってしまったかしら。
でも、ゲームの画面越しで見たイリア様の作品は素晴らしくて、それを実際目の当たりに出来るのは結構楽しみなのだ。
柔らかいタッチで色彩鮮やかに描かれる景色と動物達は、イリア様の本来の優しい御心が反映されている様で。
そう言えば、あの絵に描かれていた景色は何処なのだろう。
ゲーム内では触れられていなかったし、今世の私の記憶にもあんな場所はなかった筈。
「イリア様はどんな絵を描くか、もう決まっていらっしゃるのですか?」
「いや、まだ……あ、でも……」
「でも?」
「1つだけ、ずっと……描いてみたい、と思っていた……景色が、あって」
「まぁ! どちらの風景ですか?」
「何処って、訳じゃ無くて……昔から、自由に……もし、自由になれたら、こんな所で暮らしたいって想い描いていた、そんな僕の理想郷……です……」
「……そう、ですか」
ああ、そういう事だったのね。
あんなにリアルに描かれていたのだから、ずっと私は何処かに実在する場所なのだろうと勝手に思い込んでいた。
けれど、それはイリア様の頭の中にしか存在し無いただ一つの理想郷で。
つまり、あれだけリアルに描ける程に何度も繰り返し、繰り返し想い描き続けて来たのだ。
そして、それはその分イリア様が同じだけ苦しい思いをして来たという紛れも無い証拠。
逃げ出したくて、でも逃げられなくて、救いを求めたのは現実には存在しない世界。
そんなイリア様の心中を悼むだけならば容易いけれど、本当の意味で理解をするのには私では役不足に思えてならない。
どうしてここに居るのがヒロインではなく私なのだろうか、そんなどうしようもない思いに苛まれる。
せめて、どうかイリア様に本当に手を差し伸べられる人が現れてくれますように、そう願わずにはいられなかった。
勿論、それまでの手助けなら私だって幾らでも助力するのに。
「君は、笑わないんだね」
「え?」
「こんな、話……普通なら、おかしいって笑われると思ったのに……」
「笑いませんわ。イリア様の真剣な話をどうして笑えるのですか。ただ……」
「?」
「いつか、この現実の世界にイリア様の本当の理想郷が見つかる時が訪れれば良いな、と思います。私が言いたい事はそれだけですわ」
「っ……あ、りがとう」
ごめんなさい。
こんな言葉しか言えなくて。
私に出来る事ならば何処までもして差し上げます。
けれど、私に出来ない所までは救って差し上げられ無い。
それでも、少しだけでも私に出来る事でイリア様が前を向ければ。
そう、願っております。
「さて、そろそろ暗くなって来ましたね。帰りましょうか」
「そう、ですね」
「ハンカチ、お返ししますわ」
「ありがとう、ございます」
「いえ、お礼を言わなければならないのは私の方ですわ。ありがとうございました」
「あ、ど、どういたしまして」
「また」
「また?」
「また、こうして私とお話しして下さい」
「え?」
イリア様の虚を突かれた様な表情に自然と笑みが零れた。
自分でも欲張りだと思うけど、出来る事ならばイベントを抜きにしてもイリア様と本当にお友達になれたら、何て思ってしまった。
「だって、まだ約束は果たして頂いてませんもの。猫達に私の事紹介して頂いてませんわ」
「え、さっき……」
「いいえ、私は学園内全ての猫に私の事を紹介して頂きたいのです」
「ぜ……んぶ⁉︎そっそんなの……」
「あら、きっとイリア様ならそれも不可能で無いのでは?」
「う……」
「また、放課後に参りますわ。毎日は無理でも、出来る限り時間を見つけて。だから、逃げないで下さいね?」
「……っ、は、い……」
「ふふっ、それではまた。御機嫌よう」
優雅に一礼をして、私は身を翻した。
背後にはイリア様の視線を感じていたが、振り返りはしない。
ワガママだと分かっている、それでも決めてしまった自分の心まで後ろを振り返ってしまわない様に。
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