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私的、最推しイベントです。

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「どうしましょう、どうしましょう、どうしましょう!」
 学院に向かう途中の馬車の中、私は頭を抱えていた。


 なんでって?
 そりゃあ、昨日ローランド様が言い残した明日からは俺にもフランクにね、の台詞の所為に決まってるじゃない。
 あれが原因で昨夜はフィリクス様との出会いイベント(仮)の反省も出来ず、今後の身の振り方を考える事も出来ず、それなのにベッドに横になっても全く眠れなかったのよ……
 お陰で朝、覗いた鏡の中にはゾンビみたいな顔色をした平凡顔の女が映っていたわ、うん私ね。
 ローランド様ったらこんなに私の頭の中をいっぱいにするなんて罪な御方。
 これじゃあ乙女ゲームも形無しだわ。

「やっぱり、おはよう、ローランド!かしら……いや、でも……」

 ごにょごにょと独り言を呟いている内に馬車は学院に到着してしまった様で、ゴトンと音を立てると緩やかな揺れも収まり、開かれたドアの隙間から差し込む光の眩しさに私は目を細めた。

「お嬢様、如何なさいました?」
「セバス……」

 ドアの向こうに後光を背負って現れたセバスの姿に思わず拝みそうになった。
 昨日から様子のおかしい私を気にしてくれていたみたいだけど、ここに来て一層顔色を悪くした私を見てセバスも流石にこのまま放っては置けないと判断したらしい。
 でも、なんて説明すれば……

「無理をしてお話し下さらなくても宜しいですよ。お嬢様が話したい事だけお話し下されば、それだけでも気が紛れるやも知れません。勿論このセバスにお答え出来る事であれば、お嬢様に微力ながらお力添えさせて頂きとうございます」

 私の心境を察してか表情を和らげたセバスの頰には薄っすらと皺が刻まれる。
 御歳57になるセバスは私の事を生まれた時から知っているからか、心の機微に敏感でその扱いも手馴れたものだ。
 吸い込むばかりで吐く事を忘れてしまっていた息をゆっくりと吐き出すと、私はセバスにポツリポツリと話し始めた。

「憧れている方が、いるの。とても素敵な方で最近お話しをする機会にも恵まれて」
「それは宜しゅうございましたね」

 私の言葉に微笑ましいと言わんばかりのセバスは、優しく次の言葉を促す様に相槌を打ってくれる。
 私はセバスのこういうところがとても大好きなのだ。

「ええ、とても幸運な事だと思うわ。それでね、その方に昨日言われたの」
「はい、なんと仰られたんでしょうか?」
「明日からはフランクに接して欲しい、と」
「ほう、それはそれは。その御方もお嬢様の事を少なからずお気に召した様ですね」
「おっお気に召しただなんて……多少は仲良くしたいと思っては下さったみたいだけど。でも私フランクに、なんてどうしたら良いのか分からなくて。ご期待に添えなくてガッカリさせてしまうのも嫌だし、折角そう言って頂けたのだから期待には応えなくては、と思うのだけれど」
「どうすれば宜しいのか思い悩んでしまわれた、と」
「ええ、セバス。私どうしたら良いのかしら」
「そうですね……では、そのお気持ちを直接お伝えしてみたら如何でしょう。」
「え?」

 キョトンと目を丸くした私に向かってセバスは悪戯な笑みを浮かべる。
 まるで少年の様な雰囲気を纏ったセバスは続けてこう口にした。

「お嬢様が無理をする必要は無いと存じます。むしろお嬢様に無理をさせる事はその御方とて本意ではないでしょう。それならば、お嬢様が思い悩んでいるお気持ちをそのままお伝えして、どうしたらいいかお二人の関係の丁度良い所を擦り合わせて決めるのか最善かと。思っている事をありのまま伝えられる、これもまたフランクな関係と呼べるのではありませんか?」
「そう……でも、呆れられてしまわないかしら」
「ふむ、お嬢様が憧れていらっしゃる御方はそんなに狭量な方なので?」
「いえっ!……そう、よね。確かにあの方はそれくらいで呆れるような方ではなかったわ……」

 セバスの提案に光明を見出した気分の私はフッと体の力を抜いた。
 どうやらガチガチに身体が緊張していたらしい。

「さて、お嬢様。早速ですが憧れの御方の元へ向かわれては如何ですかな?ああ、この事は……」
「……?」
「旦那様には内緒にしておきます故。私達二人の秘密です」

 人差し指を立てて微笑むセバスの姿にクスリと笑みが零れた。
 きっと緊張を解す為に戯けて見せてくれているのだろうけど、セバスの提案は有り難い物で。
 だって娘溺愛のお父様にこんな事知られたら大変だものね。
 下車を促す様に差し出されたセバスの手に手を重ねて、私はローランド様への一歩を踏み出したのだった。



「ローランド様、お、おおおおはようございましゅ!」

 噛んだ!吃った上にめちゃくちゃ噛んだわ……!
 わかっていてもやはり緊張はどうしてもしてしまうもので、これまではイベントの為と言う大義名分の元行動をしていたからかここまでの緊張を催した事は無くて。
 まさかイベントを離れた日常としての接触がこんなにドキドキする物だとは思ってもみなかったわ。
 多分今、私ローランド様と初めて挨拶を交わした日並みに緊張しているわよ。

「うん、おはようミシェル」

 ローランド様の朗らかな笑顔と挨拶はいつ見ても私を幸せにして下さる。
 でも、それに負けちゃダメ。
 ここをハッキリとひと段落させないとこれからのイベントにも身が入らなくなってしまうものね。

「私、ローランド様とお話しがしたくて参りましたわ」
「ミシェルとなら喜んで。それで一体何の話だろう?あ、またイリア君の話、とかじゃないよね?」

 一瞬眉根を寄せたローランド様はそれでも笑顔を崩される事なく私に問いかけた。
 この状況でイリア様のお話しをする余裕なんて流石の私も持ち合わせていないわ。

「いえ、昨日の……」
「ああ、フランクに接してくれってやつ?」
「そうですわ」
「本当かい?嬉しいなぁ。俺のお願い聞いてくれるんだ」

 そう言ったローランド様は何だか本当に嬉しそうで、先程はセバスに言われて否定してしまったけれどローランド様は本当に私の事をお気に召して下さったのではないか、と思ってしまう。

「ユリオットもミシェルとはまた話したいって言っていたし、あんな感じだったけどやっぱりフィル兄ともミシェルなら気が合うんじゃないかと思うんだ」

 あ、ごめんなさい。
 調子に乗りました。
 だってこの台詞殆どそっくりそのまま聞いたことがあるわ。
 ヒロインとローランド様がまだそこまで仲良くなっていない時、出会いイベントが立て続けに起きる期間にローランド様がヒロインに同じ様な台詞を言うの。
 そうして仲良くなっていったローランド様サポートキャラに導かれて、ヒロインは逆ハー街道を真っしぐらして行く訳で。
 とほほ、そうよね。
 ローランド様が私の事を……なんて思い上がり甚だしいにも程があったわ。
 でも、何も悪い事ばかりじゃない。
 これはつまり乱世絢爛のサポートキャラローランド様に多少なりとも私がヒロイン(代打)として認めて頂けた証みたいな物じゃない!
 いいの、自分の恋はまず二の次で。
 絶対に王国救ってからローランド様攻略に乗り出して見せるんだから!

「そ、うですか。ですが、私やはり突然ローランド様にフランクに接するのは難しいみたいで。どうしても緊張してしまいますの」
「緊張?俺はそんな緊張する程の男じゃ」
「いいえ!ローランド様程素敵な御方は中々いらっしゃいませんわ!とてもお優しくて、周りの事を良く見ていらっしゃって、物事にも真剣に打ちこめて、人の為に尽力出来る魅力的な方です!」
「み、ミシェル……?」
「っは⁉︎いいっ、いいいいいいえ、すみません。こんな、はしたない……兎に角、ローランド様は素敵な方なので、ご自分を卑下する様な真似はなさってはいけませんわ!それとフランクに、というのは直ぐには難しいので徐々に頑張らせれて頂きます!そう、つまり乞うご期待、と言う奴ですわ!」

 勢い余って自分が告白めいた叫びを上げてしまった事に慌てた私はそう言い残すと、ローランド様を残してその場からそそくさと立ち去った。
 これではまるで昨日とは立場が逆転してしまったみたい。
 けれども、これ以上その場に残るには私の勇気が足りなくて、燃えるように熱くなった頰に手を当てて進む足の動きを更に早めた。
 もう、あんな事言っておいて当分真面にローランド様の顔が見れそうにないわ!







「本当、ミシェルには敵わないな……」

 だから私は知らない。
 その場に立ち尽くしていたローランド様がそう呟いて破顔した事も。
 その御顔が私に負けず劣らず真っ赤に染まっていた事も。



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