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突然の出来事に大慌てです。

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「お前本当に女か?信じられん、何考えてるんだ!」
 何考えてるって、その言葉そっくりそのまま貴方に返してやりたいわ!



 突然私の前に姿を現したフィリクス様。
 前っていうか、実際物理的に言うと私の後ろから現れたのだけど。
 予想だにしなかった攻略対象との邂逅に私の脳内は真っ白で、呆然としてしまった。
 一度は考えた筈だったのに、それをすっかり忘れてしまっていた事に気がつく迄は。

 そう、イリア様のイベントが近いと気がついたあの時、同時にフィリクス様のイベントの同時期であった事、そして現実は必ずしも完全にゲームと同じ流れを踏襲するわけではない事、それに私は気がついていた。
 それなのに多分イリア様が先だっただろうと動き始めてから、いつの間にかその事をすっかり忘れてしまっていたのだ。
 自分の失態に気がついて舌打ちをしたくなる、本当にする訳にはいかないから我慢したけれど。

 フィリクス様、彼はまさしく正義漢という言葉に形容されるのが相応しい男性だ。
 私達、つまりヒロインから見て一つ上の学年に当たる先輩。

 彼のお父様であるグローバー公爵は王国騎士団の元騎士団長にして、現在は名誉顧問のお立場。
 剣豪と名高かったお父様に師事して幼い頃から剣術を学んだフィリクス様も、当然その腕はピカイチ。
 彼が出場する大会では優勝は諦めた、と皆口々にする程にはその腕の素晴らしさは有名だった。

 反面、正義感が強く不正には真っ向から対立するタイプで、なまじそれを後押しする力も備えていたものだから、融通がきかない性格なのが彼の最大の欠点。
 また、彼には見目麗しく外面だけは人一倍良いけれど、内実は気が強く、口が達者な3人の姉がいて、幼少からそれはそれは好き放題振り回されてきた。
 単純な力勝負ならば当たり前の様にフィリクス様の方が上、だから本来であれば無理をして姉の言いなりになる必要など一切ない。
 けれど、師匠である父から女性はか弱く、繊細な存在である、だからこそ力を行使してはいけない、その力は弱き者達を守る為に行使しろ、と強く言い聞かされて育っていたフィリクス様はむやみに姉達に逆らうことも出来ず、現在に至るまでされるがままに被害を被り続けてきたのだった。

 父の言葉と、現実に目の前に存在する脅威姉達、フィリクス様はその矛盾に頭を悩ませ、次第に女性という存在そのものが苦手になっていく。
 そんな事情を知る由も無い周囲の女性達は彼を硬派な正義漢だと判断し、勝手に憧れを抱く様になったが、それこそフィリクス様からすれば迷惑以外の何物でもない話。

 そして、フィリクス様の女嫌いに更に拍車をかける原因となったのが婚約者の存在。
 そう、フィリクス様ルートの悪役令嬢は彼を振り回す姉達ではなく、その婚約者なのだ。
 婚約者で悪役令嬢である彼女はめちゃくちゃ曲者。
 楽しい事が大好きで、ちやほやされればすぐ誰にでもついていく、俗に言う尻軽女ビッチ
 一方でフィリクス様の事は頭が固くて、褒め言葉の一つも言えない面白味のない剣バカ男だと心の中で見下していた。
 なのにも関わらず、彼の整った見た目や、公爵家という家柄、それに剣の名手という世間の評価だけは気に入っていて、婚約自体には乗り気だった。
 その為、フィリクス様から婚約解消などされない様上手く彼の前では猫を被り、裏では男を取っ替え引っ替えやりたい放題。
 けれど、その本性にフィリクス様は気が付いていて、婚約者が自分の事を陰で自分に言い寄る男たちと貶めている事も全て知っていたのだった。
 それでも、フィリクス様が彼女と婚約破棄に至らなかったのは、女は全て姉達や婚約者の様に外面だけを綺麗に飾りたて、中身では自分の事しか考えていない醜悪な生き物であり、婚約者が別の女性に変わったところで何も変わらない、と何もかもを諦めてしまっていたから。
 フィリクス様はお母様も早くに亡くされて、周囲にいたのが件の姉達と婚約者だったから余計にそんな偏見が進んでしまったのね。
 お母様は素晴らしい人格者であったらしいのに(公式ファンブック情報)
  
 その絶賛女性不信中のフィリクス様と出会い、心を開かせ終には自分の逆ハーの中に加えてしまうヒロインの魅力って凄くない?
 可愛くて、性格良くて、頭良くて、頑張り屋で、最終的に王国救っちゃうとか、なんなの、聖女なの?
 攻略対象者たちって素敵すぎて現実味なさすぎだわー、とか思っていたけれど良く良く考えてみたらヒロインが一番現実味が無かったわね。
 私、役不足にも程があるんじゃないのかしら。



「おい!聞いているのか、お前!」

 あからさまに不機嫌顔のフィリクス様。
 そんな事言われたって、どうしたらいいのよ。

「そんなに大きな声を上げずとも聞こえておりますわ」
「だったら返事をしろ、馬鹿者」
「ばっ⁉︎いくらなんでも失礼じゃありません?」
「いきなり他人を捻りあげる様な女は馬鹿者で十分だ!」

 全く失礼してしまう。
 確かにフィリクス様がおっしゃる様に私は彼の腕を捻り上げました。
 先程大騒ぎしていたのも、それが原因です。
 けれども、見ず知らずの人間(私は一方的にフィリクス様の事を存じ上げているけれど)を捕まえて馬鹿者だなんて、それはいくらなんでも言い過ぎよ。

「それでは、いきなり婦女子の腕を掴む不埒な男性も馬鹿者で十分ですわね。私が行ったのは正当防衛です。言い掛かりも甚だしいですわ」
「正当防衛ぃ⁉︎何をしていたのか知らんがこそこそ隠れて覗きをしている不審者を咎めて何が悪いんだ。お前こそやましい事でもしていたんじゃ無いのか?だからこんなに食ってかかってきているんだろう!」
「食ってかかってきているのは貴方の方です。こそこそって私は……っそう、野良猫、野良猫を探してたんですの!私、無類の猫好きですので!」
「はっどこまでが本当なんだか。お前の様な不審者の言う事など信用出来るか!見慣れない技まで使いやがって」

 本当に腹の立つ……
 確かに野良猫を探していたと言うのは嘘だけれど、別に疚しい事をしていたわけじゃ無いのに。
 ゲームでは正義感溢れる青年だと思っていたけれど、実際に会うと彼、とっても面倒臭い決め付け野郎だったわ。

 でも、彼が見慣れない技を使ってしまったのは不味かったわね。
 私が彼に掛けたのは合気道の技の一つ。
 これは今世護身用にならった武術とは違う。
 前世で実家の隣に合気道の道場があった為、幼い頃から大人になるまでそこに通っていたのだ。
 どうやらこの世界、力が必要な大技重視の武術が主流のようで、勿論それも今の私が幼い頃から身につけさせられたので使えるのだけど、些か御令嬢スタイルの今は使い辛い。
 代わりにもう少し身軽な格好なら抜群の戦闘力を振るえるのだけどね。
 取り敢えず、そのせいでこういう時咄嗟に出てくるのは体に染み付いている合気道の技や、習った護身術との複合技になってしまうのだ。
 これだけは記憶が戻る前から無意識下でその力を発揮していた位だからもう直しようが無い、本当に体に刷り込まれているのよ。
 でも、私に護身術を教えてくれた先生は齢10歳の少女に熨されて何が面白いのか爆笑して下さったからね。
 その後男じゃなくて勿体ないなんて言われたけど、ま、技さえ知っていれば誰でも出来るから、私なんかよりも優秀な逸材は幾らでもいるわよ。


「見慣れない?それは貴方が不勉強なだけじゃありません事?少し女に負けたくらいでピーピー突っかかってきて恥ずかしい。貴方それでもあの剣豪の息子ですか!」
「なっ、お前俺を知っていてそんな口を利いてるのか?本当に生意気な女だな。少し優位を取ったくらいで偉そうに、油断していた相手をちょっと捻り上げた位でそんなに嬉しいか?全くこれだから女は」

 技については上手く濁せたけど、全くもってイライラが収まらない失礼な物言いのフィリクス様目掛けて、ついもう一度技をかけそうになってしまった。

 そんな時、それを止めてくれたのはやはり私の愛しのサポートキャラローランド様だった。

「どうしたんだミシェル、ってフィル兄?2人とも何してるんだ?」
「「ローランド(様)‼︎」」

 ローランド様を呼ぶ声が完全に被ってしまってカチンとくる。
 どうやらフィリクス様の方も同じらしく、ギロリと此方を睨みつけてきた。
 ふんだ、ローランド様の事は私の方がずっとずっと大好きなのだから調子に乗らないで欲しいわ。

「なんだか騒がしかったけど、2人って知りあいだったのか?フィル兄、彼女がこの前話したミシェルだよ」
「は?この前って、コレがその女なのか?馬鹿らしい、お前目が腐ってるんじゃないのか」
「なっなんだか分からないけれど貴方が私の事を貶めているのだけは分かりますわ!ローランド様に食ってかかるのはやめて下さいまし、幾ら私に負けて悔しいからって他人を介して人を貶めるなんて人でなしがする事ですってよ」
「負けてない!本当にうるさい女だな!」

「へぇ、ミシェルフィル兄に勝ったのか?そりゃ凄い、俺でも勝てた事ないんだぞ?それに、なんだか2人は気が合うみたいだなー」
「「合ってない(ですわ)‼︎」」

 マイペースに笑いながら言うローランド様に毒気を抜かれつつも、どうしても認められない一言を否定すればまたフィリクス様と声がハモり、互いに睨み合う。


 ……うーん、なんだかこんな場面何処かで見たことがある気がする。
 突然妙な既視感に駆られて首を傾げた。






 ん?あ、あれ?……これ、フィリクス様とヒロインの出会いイベント⁉︎
 あれってもう終わった筈じゃ……?





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