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大学

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私、中本紗凪さなは今年4月に大学生になる。
第一志望の冬月学園に入学出来る事になり私は少し浮かれていた。
実家から通うには冬月学園は少し遠く、朝6時には家を出発しなくてはいけなくなるので、学園から近い場所にアパートを借りて一人暮らしを始める事になった。

3月中旬、私は今日からアパートへと引越し新たな生活を始めようとしていた。

「紗凪、トイレットペーパーは積んだの?家に当たり前にある物がこれからは無いのよ!!」

眉間にシワを入れ、ブリブリと叫んでいるのは私の母、中本久見子である。母は私を20歳で産んだので、今年38歳になったばかりだ。
昭和の匂い漂う名前とは正反対の見た目で、小顔にマスカラを付けなくてもパッチリした目、そしてポテッと可愛らしい唇、近所でも評判の美魔女主婦である。

それに引き換え私は…全面的に亡き父に似てしまい母とは似ても似つかず残念な顔立ちである。

せめて体型だけは気を付けようと努力してきたので、スレンダーボディーに胸もそこそこあると思う。
彼氏もいた事があるので、さほど不幸という訳でも無いのだが、母から産まれた事を周りから疑われる為にコンプレックスを抱えていた。

「チョット聞いてるの?」

どうやら私はボンヤリしてしまっていたようだ。母が目の前で手の平をひらひらと動かしながら私の顔を覗き込んでくる。

「うるさいな!そんなのコンビニででも買えるじゃん!いちいち言われなくても分かってるよ!」

反抗期は遠に脱したのだが、口出しされるとイラッとしてしまう。母はその度傷付いた顔をするので罪悪感を感じるのだが、素直に謝る事が出来なかった。

「もう、紗凪ちゃんは怒りんぼさんなんだから。」

いつもの様に少し悲しげな顔をしながら、母は兄の運転する車へ乗り込んでいった。
私は小型トラックの助手席に乗り、運転手さんにアパートの場所を説明した。
今頃母は、兄に先程の話しをブチブチと言っている事だろう。
兄の修平しゅうへいは私と違って母に似た。見た目もカッコ良ければ中身も優秀である。兄は私の2歳上で、今は県内随一と言われる大学に通っている。

私が通う冬月学園も消してレベルの低い大学という訳では無いが、兄の通う大学に比べると少し偏差値は落ちる。
兄も私のコンプレックスをくすぐる存在ではあるのだが、異性だっただけマシだと心から思う。

そんな事を考えていると、私がこれから4年間暮らすアパートへと着いた。
築10年のそのアパートは大学から徒歩10分、アパートの住民は学生だけに限られており、お値段もとてもリーズナブルな事もあってここに決めたのだった。

白を基調としたアパートは3階建てで、同じ形の建物が二棟建っている。
私は道沿いの方の建物の2階に部屋が取れた。201号室、角部屋である。

兄の車も到着し、荷物の運び入れが始まった。兄が近付いて来て、案の定先程の事を注意してくる。

「おい、お前が一人暮らし出来るのは母さんのお陰だろうが。母さん悲しませるような事言うなよ。」

私は身長160㎝なのだが、兄は183㎝ある。長身の男前が真剣な顔で怒ると半端なく怖いのだが、私にもプライドがある。素直に謝る事が出来ず顔を背け無視した。

「はぁー、紗凪もう少し大人になれよ。」

ぐうの音も出ない程正論を言われ私はさらに意固地になってしまう。
私が中学生の時に父が死んだのだが、兄はその頃から父親代わりになろうと思ったのか、私に何だかんだと小言を言うようになった。

兄は大学に行きながらバイトもし、大学の費用を自分でほとんどまかなっている。
優秀な兄は特待生で入学したので、学費が安いのだが、その代わりトップの成績を維持するという大学側との約束がある。
バイトに勉学に休む暇もない兄に頭が上がらないのだが、優秀過ぎて…私には兄が眩し過ぎて…一人暮らしを始めようと思ったのもそんな兄から逃れたかったのかもしれない。

管理人さんに挨拶へ行き、荷物を運び入れると母と兄は帰って行った。
管理人さんの話しでは私の横の部屋は空き部屋で、今のところ誰も入る予定が無いらしい。
入居者が学生ばかりなので、入れ替わりも激しく皆入居の挨拶はしていないと聞かされていたので、誰とも会わずに1日が終わろうとしていた。

「はぁー、疲れた。」

本当はもう少し実家で暮らせたのだが、早く1人になりたかった。
元々狭い部屋に家具や布団を入れ、さらに狭くなった部屋で私は三角座りをしている。
初めての一人暮らしである。もっと嬉しくて興奮するのかと思っていたが、それよりも不安が大きかった。
外が暗くなりカーテンを閉めたのだが、カーテンの隙間から誰か覗いているのではないか?足音が聞こえると、私の部屋の前まで来るのではないか?そんな妄想が止まらなくなり、怖くてたまらない。

普段はあまりテレビも見ないのだが、この日はお笑い番組をつけたまま、電気も消さずに就寝した。
こうして私の新しい生活が始まったのだった。
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