人質となった悪役令嬢は魔王の元で幸せになれるのか?

たま

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旅立ちの日

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「ナタリー様、、行かれるのですね。」

「ええ。」

私は旅立ちの日を迎えていた。
その日を迎えてしまえばグズグズとハデス様に甘えた事が恥ずかしく思われ、自分が情けなかった。

今日、ハデス様は不在だ。
向こうで何か起こった。彼の様子でそれは分かったのだが、詳しくは何も教えては貰えなかった。
もしかしたら、イアンに何かあったのかもしれない、、しかし今の私に出来る事は何も無い。
皆に迷惑をかけぬよう晴れやかな顔で旅立つ。私に出来るとすればそれぐらいのことだろう。
城の玄関には、フローラ、ミカエル、サイレーイス様に数名の兵士達が見送りに立っていた。

「フローラ、必ず戻って来るから、あなたも大変だと思うけれど気を付けて。」

私はフローラの手を握りしめてそう伝えた。
フローラはサイレーイス様と心が通じ合ったらしいのだが、メイドのハンナがそれを知れば何か事を起こすかも知れない。
それにミカエルがサイレーイス様の事を良く思っていなければ、彼もすんなり身を引く事はないだろう。

彼女の側にいてあげたい気持ちが溢れ、後ろ髪を引かれる思いだった。
それが顔に出ていたのか、フローラが優しく私の手を握り返し微笑んだ。

「ナタリー様、私の心配などしないで下さい。危険な場所へ行くのです。こちらの事は大丈夫ですから、ご自分の事を第一に考えて下さいね。」

「、、フローラ。」

フローラの言葉で涙ぐみかけたが、彼女が笑顔で送ろうとしてくれているのだ。私は泣くものかと必死で堪え強く頷いた。

「あら、ナタリー、もう行くの?」

そんな2人に水を差すように高飛車な声が聞こえた。
フローラの後ろに控えていたミカエルが身構えたのが分かる。
声の主を見れば今日も豪奢なドレスをヒラリヒラリとさせながらやって来るエルザ様の姿が見えた。

「あなたが戻れるのは私のお陰でしょう?私に挨拶してから行くのが筋というものでしょうに。本当に礼儀のなっていない娘だ事。」

エルザ様は私を見下すような冷ややかな目でこちらを睨んだ。
後ろに控えているメイド3人も同じような顔で私を睨みつけている。

「大変申し訳ございません。今から行って参ります。フローラをこちらに残して行くのです。私はこちらに必ず戻って来ます。」

エルザ様に伝えれる程度の真実を口にし、真っ直ぐ彼女の目を見た。

「戻って来るだと?お前正気か?」

驚いた顔をするエルザ様に強く頷いて見せれば、エルザ様は少しホッとした顔を見せた。
彼女は魔族や魔物に偏見のある人間だ。ここに居る事自体とてもストレスを感じているに違いない。
それを証拠に、彼女の厚塗りの化粧はいつもに増して酷かった。
慣れない生活でクマや吹出物があるのかもしれない。もしくは、顔色が悪いのを隠しているのかもしれない。
エルザ様はワガママで横暴な王妃だが、どうあれやはり王妃なのだ。
彼女の王妃としてのプライドが、今この場に彼女を立たせているのだろう。

王妃教育を受けた者しか理解出来ない気持ち、、そうなのかもしれない。
私は彼女の気持ちが分かってしまうのだ。

「正気です。それにこちらには両親もいます。アルベルト様がマリアさんを選んだ今、私は向こうで暮らす理由が無いのです。私は用事を終えればこちらに戻るつもりでいます。」

「お前は、、我が夫に取り入ったのではないのか?」

その問いに私は大げさに首を振った。

「私には向こうに帰るメリットはございません。それにバゼルハイド王様に取り入れる程、私はあの方に心を許されてなどいません。私を人質にすると決めたと報告を受けた時も、それはそれは冷ややかな目で見られました。エルザ様が思うような事は1つもございません。」

「、、、そう。」

エルザ様から怒りの炎が消えていくのが見て取れた。
その後に残されたのは王妃としての彼女では無く、疲れた女の姿だった。

「私はなぜ夫に捨てられたのかしら、、。あんなに愛して下さっていたのに。」

それどころか、エルザ様は決して誰にも見せた事は無いだろう弱い部分が漏れ始めていた。

「、、エルザ様。」

「ナタリー、、私は今の地位を守る為なら何だってしてきたわ。私がイジメ倒して人を死に追いやったという話しは知っているかしら?」

肯定して良いのか分からず、私は曖昧に頷く。

「フフッ、本当の事よ。私は自分の意に沿わない者は排除してきたわ。」

エルザ様は後悔の色を1つも見せず、胸を張ってそう言った。
どう言って良いか分からず私は彼女を見ながら立ち尽くす。

「王妃という立場は孤独で危険なのよ。」

「危険、、?」

「えぇ、常に命を狙われる立場なの。お茶をするのも、食事をするのも、気を抜けば毒を盛られ直ぐにでも死んでしまうでしょう。公務をしていても一緒よ。他の妾どもが雇った刺客に何度も命を狙われたわ。」

「、、、。」

壮絶な人生を歩んで来たのだろう。
それを感じさせ無い程淡々と話す彼女は、命を狙われる事が日常生活を送るのと同じ様に感じられているのかもしれない。

「メイドを使って殺そうとしてきた事もあったわ。そんな奴らをいびり倒して辞めさせるのが私の吐け口だったの。」

そこまで言うとエルザ様は私の前まで歩み寄って来た。
ミカエルが私を守る為に動こうとしたが、片手を軽く上げそれをやめさせる。彼女はサシで私と話したいのだ。それを受け入れる義務があるような気がしていた。
エルザ様は目の前に立つと冷えた目付きになり、おもむろに上げた右手で私の頬を思いっきり打った。

パンッと乾いた音が辺りに響く。

フローラが驚き走り寄って来たが、私はエルザ様からいっときも目を離さなかった。

「ナタリー、これで許してあげるわ。留守中あなたのお友達に手を出したりしないから安心なさい。あなたがこちらに戻って来ると言ったこと、、信用するわ。」

「、、留守中よろしくお願い致します。」

私は深々と頭を下げた。
皆から見れば理不尽なやり取りに思われるだろうが、私は憂いが1つ消え、気持ちが晴れ晴れとしていた。

「あと、こいつを連れて行け。」

エルザ様は恐ろしい顔になると、横にいたメイドのハンナの襟首を掴みぶん投げた。

「キャッ!!」

ハンナは体勢を崩し地面に叩きつけられる。

「主人の行いを密告したメイドだ。私が処分しても良いが、人員を選だのは夫だ。手紙を書いたゆえ、向こうで裁いてもらう。」

「分かりました。」

私はエルザ様から手紙を受け取った。
そのやり取りを見ていたハンナは身体をワナワナと震わしながらエルザ様の足元にしがみ付いた。

「申し訳ございません!もうしません!お願いです!もうしませんから、ここに置いて下さい!ごめんなさい、、ごめ、、」

ガスッ!
エルザ様はそんなハンナの顔をヒールの靴で蹴り飛ばす。
口が切れたのかハンナの顔から血が流れていた。

「謝って許される事と許されない事、、区別をしろと言ったはず。王妃の側で居ればいろんな誘惑がある。それに打ち勝たねば待っているのは死だと、、最初に言ったはずよ。」

「、、エルザ様。」

ハンナは涙を流しながら彼女を見つめた。

「お前は死ね。」

エルザ様は残酷な言葉を吐くと身体を翻し去って行った。

「、、そんな、、、サ、、サイレーイス様、、サイレーイス様助けて下さい!こちらではエルザ様よりあなたの方が権限がございますでしょう!?お願いです!!」

ハンナは血と涙でドロドロになりならがら、今度はサイレーイス様ににじり寄った。
サイレーイス様が優しく微笑むので、ハンナは安堵した顔を見せる。

「私はあなたの事が嫌いだと言ったはずです。汚らしいから触らないで下さい。」

サイレーイス様は側にいた兵士に縛り上げて馬車に転がせと命令した。

「サイレーイス様!!サイレーイス様!!嘘です!サイレーイス様は私の事が好きなのでしょう!!」

ハンナが首をブンブンと振りながら絶叫したが、サイレーイス様は冷たい目で彼女を見ながらフローラの手を取り自分に引き寄せた。

「見苦しいですよ。それに、私が愛しているのはこの娘です。あなたではありません。」

「「!!!!」」

ハンナは声も出ないほど驚いていた。兵士に縛られている間も、気味が悪いほど大人しかった。
そして驚いていたのはミカエルも同じだろう。彼はこの時初めて自分の気持ちに気付いたのかもしれない、、。
ミカエルがサイレーイス様を睨むその目は、彼を品定めするかのように注がれていた。
フローラに相応しくないと思えば奪い取る。そう目が語るほど、それは意思の強い瞳だった。

「何か大変そうだな。」

全てが終わった時にカイエンがふらりと姿を現わす。
相変わらず露出の高いふざけた格好の彼だが、この場の雰囲気に沿わないふざけた彼の存在は私にとっては癒しだった。

「ちょっと、今まで何してたのよ?」

「ん?寝てた。」

「、、あっそう。良いは早く行きましょう。」

「おぉ。それは良いけど、お前頬が腫れてるぞ?」

カイエンが頬を突こうとしたので、その手をはたき落とす。

「、、、色々あったのよ。」

「治してやろうか?」

そう言いながら片手をまた私の頬に当てようとしたが、それをやめさせた。

「この痛みは持って行くわ。」

「、、、ハァー、お前は、難易な性格だな。」

「、、うるさい。」

波乱に包まれた旅立ちだったが、私はカイエンと船に乗りバゼルハイド王のいる国を目指したのだった。
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