人質となった悪役令嬢は魔王の元で幸せになれるのか?

たま

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エルザのイタズラ

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それから1週間経った。
その日はエルザ様がこちらへ渡って来る日だった。
予想を遥かに上回る早さでこちらへ来る日が決まり知らせがあったのだ。私達は驚かずにはいられなかった。
私の時を思えば時間がかかったと言えようが、相手は現王妃であるのだ。向こうできっと何か起こったのに違いない。

私はサイレーイス様とフローラ、そしてミカエルと共にエルザ様を歓迎するべく港へと向かっていた。
太陽が夏の太陽へと変わり、ギラギラと照りつけとても暑い日だった。
モヤモヤと熱い空気が揺れる海の上に質素な船が見えてくる。

「あの船にエルザ様が!?」

私が乗って来た船と大差ない大きさに、心底驚いた。この所驚くばかりで心臓に悪い。

「ありゃぁ、酷い船だな。」

いつの間にか現れたカイエンが私の後ろでボヤく。
振り返れば両親もやって来ていた。

「あぁまぁでも、、仕方がないか。ハデスが武装した兵を必要以上に乗せていればやっちゃうぞと言ったのだから。」

「、、やっちゃうぞ、、など言ったかしら?」

「まぁ、そんな感じの事だろう?」

久しぶりに現れたかと思えば機嫌の良いカイエンに私は首を捻らずにはいられない。

「あんたそれより今まで何してたの?皆が忙しい時に姿を消すだなんて。」

「あぁ、まぁ久しぶりに国に戻ったのだからな。色々あるんだよ。」

仕事をしていたような口ぶりで話す彼だが、私には分かっていた。なぜならば彼は今非常に酒臭い。細い目で見る私に気付いたのか、カイエンは気まずそうに目をそらすと言い訳を始めた。

「お前には分るものか。俺は振られたのだぞ?その、少しぐらい遊びたくなっても仕方ないだろうが。」

「カイエン、、私だって、、私にだって分かるわよ。ずっとアルベルト様を想いながら生きて来たのだから。」

想い人に振り向いて貰えない気持ちは分かるつもりだった。私の気持ちが恋だったかどうかもう今となっては分からない。分からないが、、あの頃彼は私の生きる意味だったのだから。

「あの、、一つよろしいですか?」

2人の会話におずおずとフローラが割って入って来たので、私は首を傾げた。

「良いように言っていますが、カイエン様は要するに他の女性と遊んで来たのではないですか?」

「えっ?」

キョトンとする私の顔とギクリとしたカイエンの顔は対照的だった。
彼の顔を見ればそうだと言っているようなものであり、それを見たフローラが今度は細い目へと変わる。

「あー、そうだ。女と遊んでいたさ。しかし、それの何が悪い。」

「ナタリー様、カイエン様が開き直りましたわ。」

「、、フローラ、落ち着いて。私に彼を咎める権利など、、」

その言葉にカイエンは強く頷いた。

「だいたい、好きな女がいないからと言って今まで女の経験が無いなどと、、あいつの方がどうかしている。好きでなくても抱けるのが男だ!そうだろ?」

カイエンはミカエルに話しを振ったが、俺は違うと否定されてしまう。
ヤケクソになって今度は私のお父様に話しを振った。お父様は頷きかけてお母様が横にいた事を思い出し慌てて首を振りだした。

「クソッ、皆偽善者ぶりやがって。まぁそんな男はいない。それが真実なんだ!なぁ、ナタリー、、」

「何?」

「アイツは融通の利かない頑固者だ。」

誰が?と聞かなくても分かる。ハデス様の顔を思い出し私は頷いた。

「きっと一緒にいて辟易する事だってあるはずだ。本当に面白味の無い男なんだぞ?」

「はいはい。分かったから。」

「、、でも、誠実な男だ。俺みたいに、数ヶ月会えなかったら他の女で済ますような事はしない。」

「、、あんたそんな事するの?」

カイエンは迷う事なく頷いた。横でいるフローラの周りの温度がどんどん下がっている気がするが恐ろしいので彼女の方は見れない。

「ナタリー、幸せにして貰え。俺はお前の事を本当に愛している。だから、お前は俺とは結ばれない方がきっと良い。」

「カイエン、、」

カイエンはそう言うと私をすっぽりと抱きしめた。私にしか聞こえない声で幸せになれよともう一度言った。

「ありがとう、、カイエン。」

そんなしんみりとした雰囲気を壊すように、船の汽笛の音がする。

「もう着くぞ。」

お父様はそう言うとお母様を連れ私の元へやって来た。

「エルザ様が来れば今度はお前が行ってしまうんだね。」

2人に悲しそうな目で見られ私の胸は苦しかった。
お父様はカイエンから私を奪うと、私の肩を抱き寄せた。

「私達も付いて行ってはダメかな?」

その問いに私は首を振るしかなかった。顔を上げ努めて明るくそう心がけながらお父様とお母様の顔を交互に見る。

「自分の責務を果たして参ります。」

お父様は諦めた顔で微笑んだ。

「そうだね。行っておいで。」

「はい、、。」

私はもう一つ2人に言わなければならない事があった。言いにくいが覚悟を決めて話し始める。

「お父様、お母様、、私、ハデス様とその、、」

彼に結婚しようと言われた事を2人に話しておこうと思ったが、いざとなれば恥ずかしくて言えなくなった。

「おや?ハデス様とやったのか?」

「なっ!?」

振り返るとニヤニヤしながらやって来たルフランがいた。彼は公爵家本邸で働いていたコックであった男だ。今はこちらで皆から材料を分けて貰い小さなレストランをしているらしい。

「えっ!?そうなのナタリーちゃん!?」
「そうなのかナタリー!?」

真っ赤になってパクパクする私を見れば肯定しているのは丸分かりだ。

「もう!ルフラン!!そうじゃないの、その事じゃなくて、ハデス様に求婚された話しをしたかったの!!」

「まぁ!!」
「何と!!」

私がそう叫ぶと両親が驚いた顔で固まっていた。

「あぁ、もう、、こんな感じで伝えるつもりじゃなかったのに、、。」

うなだれる私にルフランが笑った。

「ハハッ、どう伝えても一緒だろ?それにしても良かったなお嬢様。ハデス様ならお嬢様の好みドンピシャだろ?」

「そうだな。確かにお前はイカツイ怖い男が昔から好きだったな。」

「えっ?お父様?」

「そうね、確かにナタリーちゃんが頬を染める男性と言えばハデス様の様な強そうで怖い男性ばかり。アルベルト様が正反対のタイプだったから、母様は心を痛めていたのですわ。」

「えっ?お母様?えっ?2人とも私の好みを知っていたのですか?」

私の質問に2人はキョトンとした。

「「えっ?知らないと思っていたの?」」

何だか居たたまれなくなり私は赤くなったまま俯いてしまう。
するとお母様はそんな私を抱きしめた。

「恥ずかしい事なんてないわ。ナタリーちゃんはハデス様の事を好きになったのよね?」

そう聞かれ、胸の中でもそりと頷いた。

「なら何の問題もないわ。ナタリーちゃんが好きな人と結婚出来るならこんなに嬉しいことは無いわ。」

「お母様、、」

「私だってそう思っているぞ。ナタリー、、愛する人を置いて行くなどツライだろうね。私が役目を代わってやりたいのだが、、」

そう言うお父様に私は首を振った。

「ありがとうございます。私の気持ちを否定しないでくれて、、。とても幸せです。ちゃんと帰って来ます。信じて待っていて下さい。」

「あぁ、、ナタリー、、お前は強い子だからね。」

お父様も私を抱きしめた。

「ありがとう、、」

私は大事な事を忘れていたのを思い出す。両親とルフランにハデス様の事は私が戻るまで機密事項にしておいてくれと念を押した。

その後、こちらに残っていた人達も集まって来て、その場には人だかりが出来ていた。

船が付けられ、従者が2人、メイドらしき人が3人降りて来た後、豪奢な格好をしたエルザ様が現れた。
私達に気が付くと目を丸くして驚いていた。

「その方ら生きていたのか!?一体どう言う事なのだ!?」

その質問にお父様が一歩踏み出し、恭しくお辞儀して答えた。

「エルザ様、お久しぶりでございます。私達はハデス様に抵抗せぬなら手は出さんと言われ、あれからここで暮らしておりました。長旅お疲れ様でございます。」

「コーベルハイド公爵か。それならば他にも殺されず残った人がいると言う事ですわね?」

「はい。他の大陸でも同じように無抵抗だった者達は生きているようです。」

「そうか。船で王の元へ戻る者達にこの事王に伝えよと言っておけ。」

エルザ様の言葉で近くにいた若い従者が船へと走り出した。従者2人は護衛の為に付けられたのか、身体を鍛えているようだ。きっと騎士団の中から選抜されたのだろう。
ミカエルの部下かもしれない。私はそう思った。
振り返ったミカエルの顔がしかめっ面になっていたので、例のウマの合わない奴らなのだろう。
これはミカエルの方も骨が折れるかもしれない。

そんな事を考えていると、エルザ様が私の顔を見ていることに気付いた。
慌てて淑女の礼を行い挨拶をしようとしたがそれを阻まれてしまう。

「堅い挨拶は良い。ナタリーであろう。お前は何年経っても幼いままだな。我が息子がお前を捨てるのも頷けるわ。その身体では男を満足などさせれるまい。」

いきなりの先制パンチに私は久しぶりの衝撃を受けた。
お父様とお母様が何か言い返そうと口を開きかけたのを私は軽く手を上げ制す。大丈夫だと2人に伝えたかった。

「確かにそうかもしれません。私はもう王妃の座には興味もありませんし、アルベルト様にはマリアさんとお幸せになって貰いたいものです。」

その答えにエルザ様は眉を少し潜めただけだった。
夜会での嫌味合戦を思い出しうんざりするような気持ちではあったが、うんざりしている場合では無い。むしろこれから始まるのだと自分を叱咤する。

「まぁ良い。私は疲れた。早く城へと向かおう。」

そう言うのが聞こえたのかと思う程良いタイミングで、止めてあった豪奢な馬車3台の先頭からサイレーイス様が降りて来た。

「ホゥ、、」

サイレーイス様の見目麗しい姿にエルザ様が溜息を吐いたのが聞こえた。

「エルザ様、遥々お越しいただきありがとうございます。初めまして、私ハデス様に仕えておりますサイレーイスと申します。以後お見知り置きを。」

彼が恭しくお辞儀をすると、エルザ様はニヤリと笑い右手を差し出した。
彼女は人質の立場でサイレーイス様に右手に口付けを望んでいるのだ。
サイレーイス様は騎士ではないので深い意味を持たないそれだが、騎士であれば忠誠を誓うものとなる。
サイレーイス様の出方に皆がハラハラせずにはいられなかった。

そんな心配をよそに、サイレーイス様は美しい動作でエルザ様の右手を持つと触れるだけの口付けをそこに落とした。

「気に入った。」

そう言ったエルザ様の真意を恐ろしくて皆が尋ねられない中、振り返った彼女は取り出した扇子で私を指差した。

「ナタリー、あなたは私の馬車に乗りなさい。」

急に名指しされ驚いたが、不敬にならない程度の間で何とか返事を返す。

「はい。あの、、カイエンも一緒でよろしいでしょうか?」

送った書簡に、契約しているので私達は離れられないと書いていた。こう申し出ても可笑しくはないだろう。
エルザ様はカイエンをチラリと見てまたニヤリと笑った。

「こちらには美しい殿方が多いのだな。もちろん一緒で良い。」

機嫌良く笑うエルザ様が何だか恐ろしく、カイエンの方を見ると、彼は口パクで気をつけろと言った。

警戒して入った馬車の中だが、エルザ様は終始ご機嫌で、嫌味の一つも言われず私は油断し切っていた。
エルザ様が喉が渇いたと言った時にメイドが取り出したハーブティーを勧められ、私は何の疑いも無くそれを飲み干す。

「ナタリー、お前顔が赤くないか?」

暫くしてカイエンにそう指摘され、首を傾げながら頬に手をやった。触ってみれば確かに熱い。風邪がぶり返したかと思ったが熱はなさそうだ。

「おや、ナタリー、どうかしたのか?」

目の前のエルザ様が心底おかしいと言った顔で私を見ていたので、嫌な予感がし冷たい汗が背中を伝った。

「エルザ様、、もしや先ほどのお茶の中に、、」

そう尋ねようとしたが、彼女は馬鹿にした笑いを見せ、私を叱咤する。

「分からぬ事で人を疑うなど外道のする事だ。良いか、私は何もしていない。だが、、そうだねぇ。確かに私はお前が嫌いだ。彼の方だって、きっとお前の容姿が珍しくて連れ戻そうなど考えたのだろう。無垢だと思っている少女が乙女では無かったら、彼の方はガッカリするだろうね。」

「、、エルザ様、一体何の話しですか?」

「うるさい!!!」

エルザ様は急に金切り声を上げ、私に扇子を飛ばした。それを難なくカイエンが弾き飛ばすと、私を守るように腕を出した。

「アッ、、」

その腕が私に当たった途端、私の身体に電気が走ったような衝撃があった。その衝撃は確かに快感だった、、

「ナタリー?」

心配そうに伸ばしてくるカイエンの手を私は弾いた。

「ごめん、カイエン!お願い、、今は触らないで!!」

涙目でそう懇願する私を見てカイエンはピンと来る。

「お前、飲み物に媚薬を入れたな!?」

睨みつけるカイエンをエルザ様は馬鹿にした顔で笑うと、丁度馬車が止まり扉が開けられる。

「媚薬などと何の事か分からないわ。しかし、、もし本当に媚薬を飲んだと言うならば、ちゃんと熱を取ったやらないと倒れてしまうだろうね。」

エルザ様の従者が現れ、彼女の手を取るとそのまま階段を降りて行く。
姿が見えなくなった後、彼女の甲高い笑い声が響いていた。

「クソッ!あのアマ!」

私は身体が熱くて熱くて堪らなかった。服を脱ぎたい衝動を何とか我慢していたが、ツラくて涙が溢れる。

「ナタリー、ハデスを呼んでくる。馬車を裏手に動かして結界を張るから少し待っていろ!」

「、、待って、、カイエン、ハデス様は今からエルザ様と目通りがあるわ。彼に迷惑をかけたくない。」

私がそう懇願すると、カイエンは私の前で片膝を降り顔を近づけて来た。

「カイエン、、?」

彼は涙を親指で拭うとそれを舐めながら赤い瞳で真っ直ぐ私の目を射抜く。

「それなら俺が抱くが?どうする?」

そこに居たのはいつものおちゃらけたカイエンでは無く、1人の男だった。
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