人質となった悪役令嬢は魔王の元で幸せになれるのか?

たま

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イアンが出発したその日、ハデスはバゼルハイド王宛に人質交換に応じるという手紙を書いてた。
但し、もちろん条件付きである。
まず、エルザ様に仕える者達の人数を5人までと決め、城に入り込む人間を制限した。
そして、エルザ様を送る船に必要以上の兵を乗せていた場合、戦闘の意思ありとみなし報復すると警告した。
その他生活面の細かい決まり事を書き記して締めくくる。

私も体調が良くなると、バゼルハイド王様に向けて手紙を書いた。

ゴロランド王の亡骸と共に帰る事を伝え、そしてフローラの一族には絶対に手を出すなという事を念押しした。
私が向こうに帰る船に、入れ替わりでフローラの一族を乗せこちらに送るように指示し、手を出せばそちらには戻らず他の大陸へ逃げると書いた。
契約を結んでいるカイエンは一緒に連れて帰らねばならないと伝えたので、それが抑止力になれば良いと願う。
それをお父様に渡し、お父様の持つ密偵の者に運んでもらう事となった。




ハデスの書簡とナタリーの手紙がバゼルハイド王に届いてすぐ、バゼルハイド王の元に人が集められていた。
側近のピエール、アルベルト王子、マリアに、エルザ、そしてエルザに付き添う事となった従者やメイド達が5人。

「皆の者、人質を交換する事が決まった。苦労をかけるが頼んだぞ。」

王座にダラリと座り、頬杖をついたままで話す王の態度を見れば、苦労をかけるなど微塵も思っていない事が見て取れた。
そしてそんな彼の斜め後ろには漆黒のローブをまとったヴェルディスが立っていた。しかし、ローブのフードを深く被っており顔を伺う事は出来ない。
皆がその異様な雰囲気に怯える中、突如ヒステリックな金切り声が部屋の中に響き渡った。

「バゼルハイド様、、私は了承しておりません。冗談かと思っておりましたのに、、勝手に決めるなんて酷いではありませんか!!」

その主はもちろんエルザだ。
エルザはナタリーと入れ替わる理由を知らされていなかった。
事実を知ってしまえば、入れ替わりの理由が向こうにバレる可能性も出てくる。彼女が言わないと言っても、向こうで詰問され、拷問にでもかけられれば話してしまうだろう。
理由を知らないエルザは納得出来なかった。
筆頭公爵家の出である現王妃の自分と、アルベルトの婚約者ではあったが、アルベルトに捨てられ婚約破棄と言っても良い状況にあるナタリーとが入れ替えられる事が。

「ハァー、、お前の了承が必要な理由を教えろ。」

バゼルハイド王は微動だにせず、頬杖をついたままそう聞いた。
エルザは最初何と言われたか分からなかったが、言われた事を理解すると真っ赤になった。
これまでバゼルハイド王に甘やかされていると言っても良い程愛されていたエルザにとって、これ程冷たい態度を取られたのは初めてであったのだ。

「向こうに行けばどの様な扱いを受けるか分からないのですよ?私が傷付けられても良いのですか?魔物達に蹂躙されたら?」

真っ赤な顔でまくし立てるエルザにバゼルハイド王は少しイラッとした様子を見せ始めた。

「良いか、お前1人の犠牲で皆が救われるなら大した問題では無いだろうが。しかも20歳程の歳の離れた娘が先に人質として向かったのだぞ。取り乱すな恥ずかしい。」

「なっ!?」

あまりの言われようにエルザは絶句した。バゼルハイド王に溺愛されていると思っていた自信が揺らぎ始めていた。

「バゼルハイド様は私が死んでも良いとうのですか?私が魔物達に犯されても良いと?」

さめざめと泣き始めたエルザにバゼルハイド王は何の興味も示さないような瞳を向けた。

「話しが先に進まん。少し黙っておれ。」

「バゼルハイド様、、まさか、ナタリーの事を気に入っていたのですか!?もしや私の代わりに王妃に迎えるのですか!?」

あらぬ方向を疑い始めたエルザはまたヒステリックな声で叫び始めた。
チッと舌打ちをし、バゼルハイド王は立ち上がった。
そしてゆっくりとした動作でエルザの前へと立てる。
彼は60を超えているが、背丈も高く筋骨隆々であり、神話に出て来る神を思わせるその雰囲気もあり、怒らせればさらに恐ろし雰囲気をまとわせてしまう。
エルザの横に立つ従者達は身体をブルブルと震わせていた。

「バゼルハイド様は私をもう愛していないのですね!!!」

泣きながら叫んだエルザにバゼルハイド王は眉間にシワを入れつつも、優しい手付きで彼女の頬を滑るように撫でた後、こめかみの辺りに手を置いた。
その仕草にエルザはうっとりと目を閉じていたが、しかしそれはすぐに苦悶の顔に変わる。

「グワッ、、バ、バゼル、、ハイド様、、」

バゼルハイド王はアイアンクローの要領で、エルザの頭を掴むとそのまま持ち上げたのだ。
エルザは痛みで叫びながら足をバタバタとバタつかせた。

「うるさい女だ。良いか、私に口答えを2度とするな。お前が人質としての価値が無ければ今殺しておったわ。」

そう言うと彼はエルザを投げ捨てた。
壁に身体を打ち付けたエルザはそのまま意識を失ったようだった。青い顔で泡を吹いている姿で転がっている。

「細かい事はお前達に伝えておく。おい、そこのメイド達、エルザを連れて行け。」

「「はいっ!!」」

皆が青い顔をしながらバタバタと動き始めた。エルザであの扱いならば、自分達が粗相をすれば即殺されかけない。
あんなにエルザを愛していた王の変貌ぶりに皆呆気取られながらも賢明にもそれを出さずに言われた事をこなした。

「私はヴェルディス様と共に、ナタリーの魂を取り出す儀式に必要な魔法陣を作る。時間がかかる故、それまでの間ここを頼むぞ。」

黒ずくめのヴェルディスと共に出て行くバゼルハイド王をアルベルトが止めた。

「父上、、ハデスを殺すというのは決定なのですか!?」

バゼルハイド王はまた機嫌の悪い顔になったが、彼が話すのを止めはしなかった。

「ハデスは人間達を殲滅しようとする魔物達を抑えてくれています。彼が居なくなればその者達を止める術は私達にはありません!どうするつもりなのですか!?」

必死な形相で語るアルベルトにバゼルハイド王は鼻で笑って見せた。

「お前もハデスに毒されているのか?」

「毒されて?」

意味が分からずにおうむ返しにすると、バゼルハイド王はダメな子供に言い聞かすように話し始めた。

「ハデスがずっとそいつらを止めてくれるという保証はあるのか?」

「、、それは、、」

「ハデスが他の誰かに殺される可能性は?」

「、、、」

アルベルトは返事が出来ず口を閉ざした。

「良いか。ハデスに守ってもらっているなど幻想だ。風が吹けば吹き飛ぶような平和など真の平和とは言えぬ。ハデスが誰かに殺られるなら、それは私達でなくてはならない。力を見せつけるのだ、人間は決して弱く無いと!全ての魔物達に!そして私の地位を脅かそうとするバカな人間達にもな!」

そう言い切ると、バゼルハイド王はヴェルディスを連れて部屋から出て行った。

「クソッ!!!」

アルベルトは父親を説得出来ぬ自分に腹が立って仕方がなかった。
あんなものは屁理屈だと、彼はそう思った。
今は国民が皆生活もままらなぬ状態、しかもこの新しい国は各国が集まって作られたつぎはぎの様な国。
元は王族や貴族だった者達は鳴りを潜めているが、王座を諦めた訳では無いだろう。
今は国を立て直す事が急務なのだ。
頭の良いバゼルハイド王事だから何か考えがあっての事だと思っていたが、そうでは無い事が分かり彼は絶望感に襲われていた。

「ピエール、父は一体どうしたのだ。」

アルベルトはその場に残ったバゼルハイド王の側近ピエールに詰め寄った。
ピエールは先程から言葉を発さず、青い顔をしたまま立ち尽くしている。

「あれは本当に父上なのか?国の再建を放ったらかし、魔法陣を作るなど、、今までの父上ならあり得ない事だ。冷酷な人間ではあるが、王としては立派な人だと思っていたのに。」

「アルベルト様、、。」

ピエールは少し考えた後に重い口を開いた。

「今の王はやはりおかしいかと、、。確かに、この世から魔物を無くしたいと思ってはいますが、、今重要なのは国がちゃんと機能する事だとそう言っておりました。ゴロランドを処刑した事で皆の気持ちが団結されるはずだと。」

「やはり、、ヴェルディスという男にそそのかされているのだな。」

アルベルトはそう言うとマリアを睨んだ。元はと言えばヴェルディスをここに連れ込んだのはマリアなのだ。彼女を恨まずにはいられない。

「マリア、元はと言えばお前がヴェルディスと契約しているのだろう?ヴェルディスはなぜ父の元でいるのだ?」

マリアはわざとらしく考えているポーズをしたが、首を傾げた。

「分かりません。だってぇ、ヴェルディス様ったら、急にあーやってローブを深く被ってしまったから、目も合わないし。何を考えているのかさっぱり分からないのですわ。」

その姿にチッと舌打ちをし、彼はマリアを視界から外した。この事態に何も考えていない素ぶりを見せる彼女が、アルベルトは何だか恐ろしい生き物に見え始めていた。

「 なぜ父はハデスの死にこだわるのだ、、」

その呟きにピエールがアルベルト様と2人で話したい事があると申し出た。
それに対してマリアが頬を膨らませ怒り出したので、アルベルトは仕方なくマリアを廊下へと出し機嫌を取った。今騒ぎ立てられては困るからだ。

「マリア、君があまりに深い話しまで知ってしまえば命の危険がある。ここはピエールと2人で私が話すから、分かってくれるね?」

気が急いていたが、余裕のある素ぶりを見せ彼女を追い払いにかかる。
マリアは少しうつむいて悲しそうにした後、上目遣いでアルベルトに一歩歩み寄った。

「それならアルベルト様、ちゅーして下さい。」

「はっ?」

この緊急事態に何を言うのかと、アルベルトは素っ頓狂な声を上げた。

「だから、ちゅーです。してくれたら今日の所は許してあげます!」

自分が軽蔑の目で見られている事にも気付かないマリアは、目を閉じ唇を可愛らしく尖らせた。
彼は思った。
彼女の可愛い見た目も性格も何も変わってはいない。そう、自分が変わったのだと。この様な危機に直面してなお何も変わらない彼女が彼は恐ろしかった。

彼女の唇に口付けをしながら、アルベルトはナタリーを思い出していた。

婚約者としてナタリーと初めて会った時、珍しい白銀の髪に薄紫の瞳、そして同い年とは思えないほど幼い身体、何だか彼女が魔物の様に感じ、好きになれなかった。
彼女が淑女教育や、王妃教育、そして勉学にも励み、剣や武術など全てにおいて努力した上で優秀な成績を修めていたことは知っていた。
しかし、国王という責任のある椅子に座る事を恐れ、現実逃避していた自分には、彼女が眩し過ぎてうっとおしかった。
マリアは今のままの自分を受け入れてくれた大切な人だ。彼女といれば心が安らぎ、自分を好きでいられた。

しかし、ここに来て気付かされる。
自分は国王の椅子から逃げるべきではない。必死でしがみ付いてでもその座を手に入れ、国民の為に生きていくそんな人間になりたいと思い始めていると。
それにはナタリーが必要だったのだと。今の自分で良いと受け入れてくれる人ではなく、一緒に高みを目指すそんな人が自分には必要だったのだと。

マリアに口付けし目を開いたアルベルトの目に、もう迷いは無かった。
何も知らないマリアは、キャルンと可愛らしいポーズを取り手を振りながら去って行く。
真剣な顔に戻ったアルベルトは、ピエールの元に戻り彼に頭を下げた。

「アルベルト様?」

どうしたのかと慌てるピエールにアルベルトは頭を下げたまま言う。

「今まで何も考えず生きてきた。父がやっている事を汚い事だと決めつけ、それにはなりたくないと逃げ、、しかし、私は唯一父に意見出来る立場だったのだ。ピエール、お願いだ。私に力を貸してくれ。今ハデスを失う訳にはいかない!そうなれば、、人間は終わりだ。」

「アルベルト様、、」

頭を下げ続ける彼にピエールも真剣な顔になり言った。

「命がけになるでしょうな。」

その声に頭を上げたアルベルトが見たのは、今まで見た事の無い爽やかな顔で笑うピエールだった。

「若い頃の青臭い夢を見ていた頃の自分を思い出しました。最近は汚い世界に揉まれ随分とくたびれた夢ですが、、私も家族が居ますしね。家族が安心して暮らせる世界を目指したい。娘が生まれた時には確かにそう思っていたのですよ?」

「ピエール、、」

「ナタリー様ので迎えには私が参りましょう。事態を彼女に伝え、カイエン殿にナタリー様を全力で守って頂くしか今の所手立てはありますまい。王が何をしているか、密偵にも探らせましょう。」

「そうだな。マリアの暴走は私が止めよう。契約したのは彼女の方だ。契約で彼女にどのような力が与えられたのか知るまでは機嫌を損ねるわけにはいかないからな。」

ピエールは頷く。

「それはナタリー様に聞けば分かるかと。後は民の事です。このまま行けば食料が枯渇します。元々農業をしていた者や、漁師等の手に職を持った人達には場所を与え頑張って貰っていますが、収穫まで蓄えが持ちません。」

「そうなれば、暴動が起きかねないな。」

「はい。魔物側に助けを求める他ないでしょう。」

「、、、そうだな。母に手紙を持たせるか、、」

ピエールはそれを聞いて首を振った。

「エルザ様は外交向きなお方ではありません。人質としての役目も果たせるのかどうか、、」

「それならば、人選はピエール、お前に任せる。手紙を書く故、誰かハデスの元へ送ってくれ。」

「分かりました。」

「ハァー、、」

そこまで言ってアルベルトは力無く項垂れた。

「どうなされましたか?」

「、、、ピエール、私はナタリーを手放すべきでは無かったのかな?」

心に秘めた想いをアルベルトは呟いた。ピエールはそれを苦笑いで答えるしか無かった。
この時、その部屋の扉に去ったはずのマリアが、耳を当て話しを聞いている事を2人は気付いていなかった。

「アルベルト様、、、ナタリー、、居なくなってくれたと思ったのに。どこまでも邪魔な女。もぅ、、殺すしか無いわね、、」

彼女は仄暗い顔で笑った。
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