人質となった悪役令嬢は魔王の元で幸せになれるのか？

その頃

『ハデス様、、ハデス様はフローラちゃんの事が好きなんですよね？』

イアンはハデスにお茶を出しながら、世間話しをするように話しを切り出した。

言おう言おうと思いながら１週間、イアンとサイレーイスは結局切り出せず、悶々としながら過ごしていた。
話しを切り出したところで怒り出すような事はないだろう。そう確信している一方で、怒らしたら恐ろしいハデスの事を思うと中々言い出せなかったのだ。
今回イアンがこの話しを切り出したのは、サイレーイスと勝負に負けたからだ。
公正を期すために、２人ともが特に得意では無い競技を考えていたのだが、それが中々見つからず１週間かかったというのが事の顛末である。

そして、その競技とは息止め競争。
洗面器に顔をつけ、どちらが長い事息を止めておけるかというシンプルな競技であった。
肺活量の多いイアンの方が優位に思えるが、サイレーイスも元は兵士。
それにいざという時にハデスを守れるようにと、彼は今でも時間があれば身体を鍛えているのだ。

最初の予想を覆し勝ったのはサイレーイスであった。
イアンは化粧をドロドロにして悔しがっていたが、実はサイレーイスは魔法で鼻と口の前に空気を作り出し、水中で呼吸をしていたのだ。
まさかそのようなイカサマをするなどと思わないイアンは、アッサリと騙されてハデスの元へと向かったのだった。

イアンが去った後、サイレーイスは心の中で詫びた。しかし、そうまでしてもサイレーイスは勝たなければいけなかったのだ。
なぜならば、サイレーイスは恋バナが苦手だから、、。そう、ただそれだけの理由で昔からの戦友を騙したのだ。
サイレーイス、彼はそういう男である。

そして、ドロドロになった化粧を直したイアンはハデスの前に立った。
そして何気ない事を言うように切り出したのだった。

『あ？何だ？すまない。考え事をして聞いていなかった。もう一度言ってくれ。』

『そんな、、』

イアンは勇気を振り絞って言った自分の言葉を聞いてくれていなかった事に絶望した。
そしてヤケクソになり今度は雑に切り出してしまうのだった。

『ハデス様ってフローラちゃんの事好きでしょ？何でかなぁって不思議に思って、何で好きになったの？だって２人に接点なんてありました？しかも好みじゃないはずだし。もう訳分からなくてお手上げって感じ～、、ハッ！！！』

イアンが我に返った時にはもう胸の内をさらけ出してしまった後だった。
ハデスは話しの途中で下を向いてしまったので、今彼がどんな表情をしているかは分からない。

『ハデス様、申し訳ございません！こんな思った事を全部言うつもりでは！許して下さい！』

イアンは慌てて土下座した。
しかし、ハデスの怒鳴り声が降ってくる事も無く、ただただ沈黙がその場を支配していた。

『ハデス様？』

恐る恐る顔を上げてみると、土下座していたのでちょうど俯いたハデスの顔をうかがい知ることが出来た。
青筋を立てて怒っていると思われたハデスの顔は、恥ずかしそうに真っ赤に染まっていたのだった。

『何それ？やだぁ～、ハデス様可愛い！！！』

その顔を見て飛び上がって喜んだイアンの頭に拳骨が降って来た事は、ここに記すまでもない。