人質となった悪役令嬢は魔王の元で幸せになれるのか?

たま

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ナタリーの恋 下

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走って、走って、息が弾み鼓動が激しくなる。それでも尚も走って私は何とかレッドウルフの風上へと回り込んだ。

「よし、来なさい!!!」

しばらくすると沢山の激しい足音、ハァーハァーと荒い息遣いが聞こえて始めた。姿が見えてくると私は驚愕で目を見開いた。
カイエンの言う通り、私の想像を遥かに上回る巨大な魔物が10匹以上群れをなして迫って来ていたのだ。
赤い炎の様な毛並みをした大きな狼はもう私の目と鼻の先まで来ている。恐怖で膝が震え出すのを止める事が出来なかった。

「怖いけど、、出来るだけ引きつけなくちゃ。」

私は恐怖に負けずにギリギリまで我慢した。そして最初の一匹が私に飛びかかったところで握りしめていた魔道具を投げ付ける。

「ナタリー!!!」

その瞬間、ハデス様の声が聞こえた気がした。
しかし、私の魔道具が作動し、辺りはモスグリーンの煙に包まれてしまう。
私はその煙に巻かれない様にさらに風上へと走った。

「ここまで来ても臭い。」

使った魔道具は匂い玉。何でも祖父が色々な物を集め、煮詰めて凝縮したものを原料にしているとか。普通に市販している物の何倍もの威力を発揮するらしい。
一体何を集めて作ったのやら。恐ろしくて聞いた事は無い。

「おい、これは何だ!?説明しろ!!」

急に後ろから怒鳴られた私は飛び上がるほど驚いた。

「うわぁっ!!!」

振り返ると機嫌の悪い顔をしたハデス様がこちらを睨み付けて仁王立ちしている。

「びっくりしたぁ。何だハデス様か。この状況で驚かすのはやめて下さい。寿命が縮みました。」

驚き過ぎて丁寧な言葉遣いは何処かへ行ってしまっている。

「驚かしたのはお前の方だろ。一体何があった?」

さらにギロリと睨まれて私は肩をビクリと震わせて頬を染めた、、嫌、顔を青くしたつもりだ。

「レッドウルフの群れが何者かに操られて私を襲おうとしました。この煙は匂い玉です。市販の物より威力は強いですが死んだりしません。皆倒れているだけなので命の別状は無いかと。」

煙が落ち着いた所を見れば、魔物達がひっくり返ってピクピクと震えている。気絶しているが死んだ訳では無い。

「操られてだと?」

ハデス様は私の説明を聞いてさらに眉間のシワを深くした。
その後、ガバッと音がする程の勢いで私に頭を下げた。

「ハデス様?どうされたのですか?」

意味が分からず取り乱す私に、ハデス様は申し訳なさそうな顔で謝罪した。

「好きに外に出て良いと言ったのは私だ。危険な目に合わせて悪かった。怪我が無くて本当に良かった。」

「ハデス様。」

私の胸は熱くなるのを感じた。
彼が本当に私の身を案じているかは分からないが、素直に嬉しかった。
私が死ぬような事があれば、私の死を利用しバゼルハイド王達はハデス様に自分達の都合の良い条約を結ばそうとするかもしれない。
私はそういう意味での価値があるのだ。
そう考えれば、レッドウルフを操り私を殺そうとしたのは人間かもしれないという考え方も出来る。
チラリとマリアさんの顔がよぎった。彼女にこの様な力があるとは思えないが、彼女が関わっているのではという考えが拭えなかった。

「レッドウルフの回収は私の部下にさせる。ここは危ない。城へ戻るぞ。」

「回収って、彼らを殺すのですか!!」

驚き、声を荒げてしまう。そんな私の顔を見てハデス様がフッと笑った。

「人間のお前がそんなに必死になるとはな。仮にも殺されかけたのだろう?コイツらが恐ろしく無いのか?」

私は気絶し倒れた彼らを見た。美しい赤い毛並みが風に揺れる。

「恐ろしいです。でも、可愛い。あぁ、でも恐ろしいかなぁ?嫌、可愛いが勝ってる?んー、分かりません。」

困り果てた私は眉を下げて涙目でハデス様を見た。

「ブッ!!ブハハハッ、何だそれは!?可愛いのか怖いのかハッキリしろ!!」

「そんなぁ~。」

盛大に笑われ私はさらに涙目になった。
私の頭をワシワシと頭を撫でながら、尚もハデス様はクククッと笑っている。

「もう!!笑い過ぎです!!」

頬を膨らませた私を見て、ハデス様は柔らかな表情をした。

「本当にお前は幼く見えるな。レッドウルフに向かっていた姿は大人びていたのに。不思議な女だ。」

彼はもう一度ワシワシと私の頭を撫でる。

「もう!からかわないで下さい!」

真剣に怒っているのだが、尚もハデス様は愉快そうに笑っていた。

その姿を遠くから見ていたカイエンは、ヴォルフの手綱を離すと彼に話しかける。

「ヴォルフ、ナタリーの元へ戻れ。」

ヴォルフはカイエンの頬に自分の頬を擦り付けた後、彼の元から離れて行った。

「ナタリーの頭を撫でて良いのは俺だけだ。ハデスには渡さない。」

カイエンはそう呟くと踵を返して歩き始めた。

「しかし、今はまだダメだ。この呪いを解くまでは、、」


しばらくして、ナタリーの元にヴォルフが戻る。

「ヴォルフ!無事だったのね。良かった。」

ハデス様に分からぬようにカイエンの姿を探したが、彼はどうやらそのまま姿を隠したようだった。

「ナタリー、馬も戻ったのなら城へ戻ろう。」

ハデス様はオルフェーに跨ると、自分の魔力を送り込んだ。黒い大きな羽が生え、バサバサとナタリーに見せつけるよ優雅な動きを見せた。

「ハデス様、馬に羽が!!??」

驚く私の顔を見て、ハデス様は満足そうに笑う。

「お前にも出来る。やってみろ!」

「私にも?」

コクリと彼は大きく頷いた。
絶対出来る。彼の目はそう言っている。

「ヴォルフ!おいで!」

私はヴォルフに飛び乗ると、カイエンにする時のように魔力をヴォルフに送り込む。
しかし、上手く行かず私の魔力は送り返されてしまった。
何度も試したが結果はやはり同じ。私は情けない顔でハデス様を見た。
彼は腕を組みこちらを見ているが、手を貸すつもりは無いらしい。

「ヴォルフが拒んでいるんでは無い。魔力が行き渡らないのは、お前が出来ないと思っているからだ。」

「私が出来ないと思ってる?」

私は身体を乗り出してヴォルフの瞳をのぞいてみる。ヴォルフの目は私を信用していると静かに語っていた。

「もう一度。」

意識を集中して魔力を送り込むと、先程まで何度も失敗したのが嘘だったかのようにすんなりとヴォルフの身体に私の魔力が入り込む。
そして見事な美しい漆黒の羽が生えたのだった。

「やったぁぁー!!!」

弾けるような笑顔を見せた私を優しくハデス様が見つめているのに気付き、私は慌てて俯いた。
頬が赤いのを見られていなければ良いが。

「お前は面白い令嬢だな。ほら、帰るぞ。」

「、、はい。」

2人で揃って帰ると、マートンが空を見上げて待ってくれていた。
ハデス様がマートンに、ほらなと言ってイタズラ少年のような顔をしていたが、魔族の言葉は知らない事になっているので分からないフリをした。

ヴォルフの手入れを始めると、ハデス様は令嬢がそんな事もするのかと近くで感心していた。
私はアルベルト様が、私のする事なす事に令嬢のくせにと否定していたのを思い出していた。

この人は私を否定しない。
彼が笑顔を見せる度に私の心はドキドキとうるさい。
この人の事が好きなんだ。
初めて会ってからたった数日、こんな気持ちになるなどと思いもしなかった。

しかし、そんな私の幸せな気持ちは一瞬で壊される事になる。

「ナタリー様、良かった。」

フローラが走りながらこちらへとやって来るのが見えた。
心配してくれていたのだろう、彼女の顔には安堵の表情が見える。

「フローラ、ごめんなさい。心配させてしまったわね。」

私がそう言うとフローラは首を振って微笑んだ。
その時、横でいたハデス様が握りしめた拳を自分の胸に当てたのが見えた。
不思議に思い彼の顔を見ると、その表情に愕然とした。
それはアルベルト様がマリアさんを見つめていた表情と同じであったのだ。

まただ。また私の恋は叶わない。
嫌、仕方ない事。だってフローラは素敵だから。

そう思おうとするが、胸が痛み涙が溢れそうになる。

「ナタリー様どうされましたか?」

私の涙に気が付いたのか、フローラが心配そうに私の顔を覗き込む。

「何でもないの。ただいまフローラ。」

「おかえりなさい。ナタリー様。」

そう優しく微笑む彼女の顔がいつもより眩しく見えて、私は直視出来なかった。
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