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初恋

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『ハデス様?ハデス様聞いてますか?』

サイレーイスは今日何度目かの言葉を口にした。
昨日の夕方からハデスの様子がおかしかったのだが、サイレーイスには心当たりが無かった。

『あぁ、聞いている。』

『大丈夫ですか?やはり少し横になった方が良いのでは?』

サイレーイスは心配してそう言ったのだが、ハデスの眉間に深いシワが寄った。

『大丈夫だ。体調ならばすこぶる良い。何ならここ数年で一番元気なぐらいだ。』

『そうですか。それならば良いのですが、、。』

サイレーイスは尚もハデスの顔色を伺った。確かにハデスの言う通りいつもより顔色は良く、しかも魔力も身体の隅々まで行き渡ったおり、ここ数年で一番というのもあながち嘘ではないように思えた。
ならばなぜこんなにも上の空なのかと首をひねる。

『それで?何の報告だ?』

『ですから、ヴェルディス様が行方をくらましたと。』

『何!?それは緊急事態ではないか!!』

『ですから、先程からそう言っています。』

『しかし、ヴェルディスほどの魔力の持ち主がどうやって消えたというのだ。あり得ん。』

ヴェルディスが魔物の住む国を飛び出してから、彼の居場所を把握する為にこっそりと見張りを付けていたのだ。それを振り切り姿を消したとなれば、彼が今どこにいるかもう知るすべは無かった。今、彼が姿を消したという事は人間達を滅ぼす為に何かしらの行動に出たという事だ。
ハデスに緊張が走った。

『この事を皆には知らせたのか?』

『はい。各地に伝令を出しました。城の者達にも伝えております。』

『そうか、ご苦労だったな。引き続き偵察部隊を出し、ヴェルディスの行方と人間達の監視を頼む。』

『はい。あのバゼルハイドという男も曲者のようですからね。』

『あぁ。この事人質の3人には知らせているのか?』

『いえ。必要でしたか?』

サイレーイスは不思議そうな顔で首をひねった。なぜ人質の者達にヴェルディスが行方をくらませた事を知らせる必要があるのか分からなかったからだ。

『必要でしたか?だと!!当たり前であろう!!今すぐに、、嫌、私が行こう。3人は今どこにいるんだ?』

『えっ!?あっ、はい!えーっとですね、ナタリー様は家へ行って来ると言って朝出かけました。フローラ様とミカエル殿は、ミカエル殿が訓練に参加しているので我が軍の訓練場の方でいます。』

怒られると思っていなかったサイレーイスは慌てながらしどろもどろに説明した。
その最中もハデスの機嫌はどんどん悪くなっていく。

『ナタリーが家へ!?家とはなんだ!?何でそいつは毎日出かけてるんだ!?』

ハデスは大声でサイレーイスを怒鳴った。その飛び上がる程の怒号に彼は慌てて平伏し謝る。

『申し訳ございません。出入りは自由にとおっしゃっていましたので、特に行動を止める必要は無いかと思いました。家とはナタリー様が生まれ育った家の事です。人質3人の出身国はここなので、、。』

青い顔でペコペコしながら話すサイレーイスを見て、ハデスは我に返った。バツが悪そうな顔をしながらサイレーイスに片手を上げる。

『嫌、悪かった。怒鳴るつもりでは無かった。』

『ハデス様?』

『ハァー、何でもない。ナタリーの所へは私が行こう。お前は残りの2人に伝えておいてくれ。あと、街に見張りに行く者に、街の人間達にも伝えておくよう言っておいてくれ。』

『分かりました!しかし、ハデス様、ナタリー様の所へ直々に行くのですか?』

このクソ忙しい時になぜ?という言葉を、サイレーイスは飲み込む。

『あぁ、少し自由過ぎるゆえに釘を刺しておく。それに魔族の馬の使い方を知らぬようだからな、指導してくる。』

『はぁ、、。では、私は2人の元へ行ってきます。』

『頼んだ。フローラ嬢に危険が及ばぬよう気を付けてくれ。』

『???分かりました。』

サイレーイスは頭にハテナを作りながら訓練所へと向かった。
しかし、頭の良い彼は直ぐに気づいて吹き出した。

『そういう事ですか。どちらの令嬢を気に入ったのか分かりませんでしたが、フローラ様の方でしたか。それにしても、ハデス様のあの狼狽えようを見る限り、初恋でしょうか?ハァー、怒鳴られたのはとばっちりですね。』

サイレーイスは深いため息を吐く。

『やれやれ、あの様子では中々進展はしないでしょう。私が人肌脱ぐしかないようですね。』

謀り事が大好きな彼は黒い笑顔で笑った。
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