人質となった悪役令嬢は魔王の元で幸せになれるのか?

たま

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誤解

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私はその後お父様から私達が逃げてからの話しを詳しく聞くことが出来た。話を聞けば聞くほど、ハデス様の器の大きさ、そして絶大な統率力を持っている事を知ることになった。魔王、、彼はその名に恥じぬカリスマ性のある素晴らしい魔物たちの王のようだ。
人間達の動向については、バゼルハイド王の元に密偵を潜り込ませて探っているらしい。
アルベルト様との別れの話しをすれば、激高したお父様が私の両肩をつかみ揺さぶりながら、マリアの事も調べるからまた数日のちに来いと目を血走らせながら言ってきた。
固く約束をかわし、フラフラとヴォルフに乗ったのだった。

午後3時時、城の裏手にある馬小屋に私は戻っていた。
戻った私が見たものは、頬を赤くしたマートンさんだった。

『あー、お帰りぃ。思ったより早かったねぇ。』

マートンさんは細い目をさらに細くして微笑んだ。出て行った時より機嫌が良いのは気のせいだろうか?

『ただいま。あの、マートンさん、』

私はマートンさんに近付きながら彼の頬を確認した。遠くから見た時は血が出ているのかと思ったのだが、よくよく見ればキスマークだという事が分かる。
突っ込んで良いものか分からず口をパクパクさせたまま結局言い出せずにいた。

『どうしたのぉ?えーっと君はナタリーちゃんだったよね?ヴォルフをこちらに貰うねぇ。』

マートンさんは不思議そうな顔をしながら私から手綱を受け取った。
ヴォルフが名残惜しそうに私の顔に自分の顔を擦り付けて馬小屋へと戻って行く。

『マートンさん、ヴォルフの手入れを私にさせて下さい。』

馬に乗り終わった後は蹄に付いた泥を払ったり、ブラッシングしたりと手入れが必要となる。私は今までも乗った後は自分でそれをしてきた。私にとっては当たり前の事なのだが、マートンさんは目を丸くする。

『手入れ出来るのぉ?大変だよぉ?』

私は頷くとブラシとタオルにバケツを持ってヴォルフの元へ向かった。
心配なのだろうか、様子を見る為にマートンさんも付いて来るようだ。

『そういえば、イアン様が来て、君が魔族の言葉を話せるのを皆に隠すように言ってきたよぉ。』

『イアンが?何でそんな事を?何でか理由を言ってましたか?』

『んー、ナタリーちゃんにとって有益な情報を集めれるようにって言ってたよぉ~。あと、サイレーイスは信用するなだってぇ。』

『イアンがそんな事を。』

人質という立場の私に親身に寄り添ってくれるイアンに対して、私は心の中で感謝した。
この環境で私達の味方がいる事が心強かった。

それからヴォルフから鞍を退け、蹄を磨き、ブラッシングをした。
風の魔法で浮いたりしながら全身くまなく綺麗にブラッシングした所で、マートンさんがお茶を持って来てくれた。

『ナタリーちゃん、完璧だよぉ~。ご苦労様。疲れたでしょぅ?』

『ありがとうございます。少し疲れました。ヴォルフ大きいから。』

私は素直にそう言うと汗を拭いた。
今、季節は春。この国は四季はあるのだが、年中通して基本的に穏やかな気候をしている。
寒暖差は少なく、真夏は真冬といったような極端な気温変化は無い。

『はい。ここに座ってぇ。』

そう言うと、マートンさんは椅子を出してくれた。
お礼を言い椅子に腰掛けてお茶を頂く。マートンさんは足を折りペタリと地面に座り込む。
一口お茶を飲んだところで、私は勇気を振り絞って彼にキスマークの事を聞く事にした。

『あの、あのね、マートンさん。』

『ん~?何ぃ?』

『さっきから気になってだんだけど、言い出せなくて、、』

『だから何ぃ?』

マートンさんはコテリと首を傾げた。優しい顔立ちも相まってそれが可愛らしく見えたのだが、やはりその瞬間も頬のキスマークが気になる。

『ほっぺたに、キスマークが、、』

私がそう言うと、マートンさんは真っ赤な顔になった。指をもじもじとさせているので、どうやら気付いている上で放置していたらしい。

『これねぇ、これは女神様が僕にキスをしてくれたんだけどぉ、消すのがもったいなくてねぇ。でも、お風呂に入ったらさすがに消さなくちゃいけないのかなぁ?嫌だなぁ~。』

『女神様?』

私がそう聞くとマートンさんは破顔した。

『あぁ、女神様だよぉ。彼女は美しい上に、頭が良くて、優しくてぇ、こんな僕の事でさえ気にかけてくて本当に素晴らしい方なんだぁ~。』

『そんな素敵な方がこの城にいるんですね。フフッ、マートンさんその人の事が本当に好きなんですね?』

私の問いにマートンさんは照れる事もなく頷いた。

『そんなにも好きな人がいるの、羨ましいです。』

私は彼のその表情を見て、自分のアルベルト様への想いは恋では無かったのではないかと思った。私は一度でもこんな顔で彼を見た事があっただろうか?
嫌、きっと無かった。だから自分は選ばれなかったのだと。今なら冷静にそう思える事が出来た。

『ナタリーちゃんは若いから、今から恋をすれば良いでしょ~?』

マートンさんが優しく微笑む。

『人質なのにですか?』

『関係あるぅ?』

迷いも無くそう言った彼に私は笑い出してしまった。

『だって、恋は気付いたらしてるものでしょ?立場なんて関係ないよぉ~。』

『そうですね。フフッ、そうかもしれません。』

『そうだよぉ~。』

マートンさんと話して元気になった私は、部屋に戻ると汚くなった身体を洗い、青いワンピースに着替えてハデス様の元へ向かった。
イアンに出かける事は伝えてもらったが、帰って来たと自分で報告した方が良いだろうと思ったからだ。

大広間に入るとハデス様がこの前同様、机に向かっている姿が見えた。
彼に近付き声を掛けようとして、ハデス様が頬杖をついて寝ている事に気付く。

「疲れてるのね。」

私はそっと気配を消すと、近くにあったブランケットを取り彼の身体にそっと掛けた。なぜかハデス様が上半身裸だったからだ。
ブランケットをかけると頬杖が外れ机に勢い良く突っ伏しそうになった。
慌てて風魔法で柔らかな風を机と彼の顔の間に起こし衝撃を和らげる。
彼の顔はフワリと机に落ちた。

「ハァー、、良かった。」

そっと横顔を伺ったが、それでもハデス様は起きなかった。これでは命を狙われれば殺されてしまうのでは無いかと心配になる。
私は彼の身体にそっと触れてみた。

「魔力が枯渇してるんだわ。」

彼が起きない理由は魔力切れだった。ハデス様は不眠不休で働いていると聞いていたので、魔力が戻りづらくなっているのかもしれない。
私はカイエンにする時のように身体の中から魔力が流れ出すイメージをし、ハデス様の身体へと自分の魔力を送り込んだ。

魔力と一括りに言っているが、人によって違う性質を持っており、合う合わないがある。
血液型が違う人に輸血が出来ないように、魔力が合わない者からそれを貰えば体調を崩したり、最も酷い場合は死んでしまう事もあるそうだ。
しかし、私の魔力はクセが無く万人に受け入れられる事が出来るらしい。
私がカイエンに狙われたのはそのせいでもあった。
しばらく魔力を流すとハデス様の顔色が良くなった気がした。

「良かった。」

そう呟くと私は彼を起こさないように来た時同様、ソッと大広間から出て行った。

「大丈夫でしたか?」

急に声をかけられ私は大きな声を出しそうになったのをグッと我慢する。
大広間の入り口でフローラが待っていたのだ。
私が今朝ハデス様から許可も取らずに街へと出かけたので、お咎めがないか心配して見に来てくれたのだろう。

「ええ、ありがとうフローラ。」

私がそう言って微笑むと、フローラは安堵し息を吐いた。

「さて行きましょう。食堂でミカエル様が待っています。」

「えぇ。」


私とフローラが広間の入り口で会った時、眠っていたハデスがちょうど目を覚ましていた。
自分が眠ってしまっていたと気付くと、彼は焦って立ち上がる。

『何て事だ。こんな所で熟睡したなんて信じられん。』

城の中ではあるが、無防備になれば殺されても不思議では無い。自分の危機感の無さに頭を抱えそうになった。

『ん?』

その時彼は、自分にブランケットが掛けられていた事、そして身体に魔力が戻っている事に気が付いた。

『サイレーイスか?』

そう思ったが、彼ならば自分を起こすだろう。それにサイレーイスの魔力は自分には合わない事は分かっている。
誰の魔力かは分からないが、自分のもののようにしっくりと馴染んでいた。

そしてその時、どこからか女の声が聞こえた。大広間の入り口に目をやるとそこに居たのはフローラという令嬢だった。
その横にナタリーも居たのだが、扉の影になりナタリーの姿はハデスには見えなかった。

「フローラ、、彼女が俺に魔力をくれたのか?」

自分を見てあんなに怯えていた令嬢が、自分の為に勇気を振り絞り魔力を分けてくれたのかもしれない。そう思うとハデスは胸が暖かくなるのを感じた。
その美しい令嬢の横顔を見つめ、彼は熱っぽい吐息を吐いたのだった。
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