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王妃マリーアンジュへ

これまでの話し

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泣いて泣いて泣いて、皆で泣き崩れ…それから何だか嬉しくなって、皆で笑い合った。

この日、マーガレットによってもたらされた過酷な運命が、ようやく終結を迎えたのだった。

皆が少し落ち着いてきた時、マリーがキョロキョロとある人を探し始めた。

「お父様、ゾーイ様は今日は来ていらっしゃらないの?」

マリーはあの日隊をまとめていた近衛騎士団団長のゾーイの姿を探した。
自分が拐われた事で彼が処分を受けたのではないかと心配したのだ。

「マリー…今までどうしていたのか、お互いに話しをしよう。」

バイルツンはゾーイの事には答えずに、酷く疲れた笑顔を見せてそう言った。

「お父様…分かりました。」

そのバイルツンの姿に何か感じ取ったマリーは重々しく頷いた。

「皆様お疲れでしょう、部屋を用意しております。こちらへどうぞ。」

絶妙なタイミングでアベロン国の家臣達をウェスタンが部屋へと誘導し始めた。
家臣達はマリーに頭を下げると素直にそれに従い部屋を去って行った。

残されたバイルツン、ターニャ、グアニムを、チャールズは普段会議が行われている部屋へと連れて行く。」

ウェスタンが戻ってくると、会議室の巨大な机の隅に3人が向かい会って座っていた。
チャールズの横にマリー、その前にバイルツンがいるのだが、ウェスタンはバイルツンの横に座る事をためらい、チャールズの横に立つ事にした。

ターニャとグアニム、そしてユリがお茶の用意を始めたのだが、マリーはその時気付いてしまった。
ターニャを見て目を見開き驚くチャールズとウェスタンの姿、そしてその視線に気まずそうにうつむいたターニャの姿を。

皆さんお知り合いなの?
マリーはそう聞こうとしたが、先にバイルツンが話し始めてしまった。

「マリーや、元気そうで安心したよ。一体あの日何があったんだ?」

マリーが居なくなった時を思い出したのか、バイルツンの瞳からまた涙がこぼれ落ちそうになる。
それを必死で耐えながら、バイルツンはそう尋ねた。

「お父様…」

マリーはあの日起こった事を話し始めた。
エリックが皆を気絶させ、自分を森へ連れ去った事。
後から付いて来た賊とエリックが仲違いし戦い始めた事。
その後、足を滑らし崖から落ちて記憶を失った事。
そして、オペット村に住む人達に助けられ、そこで数ヶ月の間村娘として暮らしていた事。

全て話し終えたマリーの心に、オペット村の人達への感謝の気持ちと、大変な時に戻らなかった罪悪感がまた芽生えていた。
それに気が付いたチャールズがマリーの背中を優しく撫でる。

「ありがとう。」

悲しそうな顔をしていたマリーが、チャールズに微笑みかけた姿を見て、この時バイルツンは大きな決断をした。

「マリーや、大変だったのだな。本当に生きていて良かった。ワシもオペット村の人々に感謝の念を示さねばならないな。だが、その前に…」

そう言うと、バイルツンは急に立ち上がりチャールズに深々と頭を下げた。

「娘を救ってくれて本当にありがとう。国王としてではなく、マリーの父親として心からの感謝の念を贈る。」

「バイルツン陛下!!」

チャールズも慌てて立ち上がると、バイルツンに頭を上げてくれと頼んだ。

「あぁ…ありがとう。」

頭を上げたバイルツンは、チャールズの目をしっかり見据えて言った。

「チャールズ陛下、マリーの事をよろしくお願いします。」

「…お父様。」

マリーは言葉に詰まり、再び涙を流した。
誰とも結婚させたくないというバイルツンのわがままにより、軟禁の様な生活を送っていたマリーにとって、その言葉は何よりも嬉しくありがたかった。

今度はチャールズがバイルツンに頭を下げた。

「マリーを優しく温かい素敵な女性に育てて頂きありがとうございます。私は彼女と出会えて世界一の幸せ者です。必ず幸せにします。」

「あぁ…頼んだよ。父親の自分が言うのも何だが、本当に良い子に育ってくれたんだ。」

バイルツンが右手を出すと、チャールズはその手を両手で挟み、2人はしっかりと握手をした。

マリーは流れる涙を止められなかった。
マリーの乳母グアニムがハンカチを持って側に現れると、マリーはそのハンカチを受け取り、そのままグアニムの胸へ飛び付いていた。

「まぁまぁ…」

グアニムは優しくその身体を抱きしめ、いつもしていたように、マリーの頭を何度も撫でていた。

「ウゥッ…グアニム…私生きていて良かったわ。」

「はい…はいそうですね。姫様。」

そうして綺麗に終わるはずだった話し合いだったのだが、泣き止んだマリーがキョトンとした顔でバイルツンに詰め寄った。

「お父様、終わりじゃないです。ゾーイ様は?どちらに?」

「…。」

バイルツンとしては、ゾーイが死んだ事、マーガレットを無理やり嫁に出した事、全て黙っておきたかった。
それが伝わったのか、マリーは半眼になってバイルツンに詰め寄って行く。

「お父様、私も知る権利がありますわ。」

ここ最近スッカリ大人しくなってしまったバイルツンは、マリーの厳しい視線にたじたじだった。

「ウゥッ…分かった。話す。話すよ。」

バイルツンは仕方なく、エリックがゾーイを殺した事。そのエリックも自殺してしまった事を話した。

「ゾーイ様が!?」

マリーは息を飲んだ。
自分の護衛を引き受けたせいで、彼の運命を狂わせてしまった事に心が痛んだ。

「マリー、お前が悪いんじゃない。全ての元凶はマーガレットであり、そのマーガレットの怒りを増幅させてしまったワシの責任だ。」

「…お父様。」

マリーは何も言えなくなって黙り込んでしまう。

「マーガレットには悪い事をしたとは思っている。しかし、マーガレットがしでかした事は決して許される事ではない。」

「…お母様は?」

悲しげな顔をするマリーの頭をバイルツンはそっと撫でた。

「お前は優しい子だ。あんな目に合わされたのに、まだマーガレットの心配をするのだね。」

バイルツンはしばらく考え、マリーに真実を話すのをやめる事にした。
もう十分悲しい思いをした娘に、これ以上の十字架を背負わせたくなかったのだ。

「マーガレットは好きな人と結ばれたよ。」

「好きな人!?」

驚くマリーに、バイルツンは驚く程優しげな顔で頷いた。

「マーガレットは初めからワシとは結婚したく無かったのだ。今回の事できちんとお互いに話し合い、離縁する事を決めたんだ。」

「離縁を…」

「あぁ、これで良かったんだ。」

マリーはバイルツンの嘘に気が付いていた。
死んではいないだろうが、マーガレットは今幸せな状況ではないのだろう。
それでもそれはきっと仕方ない事なのだと思った。
多くの人がマーガレットのせいで不幸になったのだから。

「そうですね。」

賢明にもマリーはバイルツンの嘘を暴こうとはしなかった。
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