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村娘編

ユリ

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執務室で包帯や薬、着替えを用意し待機していたユリは驚いた。

チャールズがマリーをお姫様抱っこで現れた上に、イチャイチャオーラが満開なのだ。
ユリは気まず過ぎて消えて無くなりたかった。

「あぁ、ユリご苦労。後は俺がするから、下がって良いよ。」

「えっ?陛下が?あっ…とはい。よろしくお願い致します。」

ユリはアタフタしながら頭を目一杯下げると一目散で部屋から出て行こうとする。

「あっ!ユリさん!」

マリーはそんなユリを呼び止めた。
顔を上げたユリが真っ青だったので、マリーは申し訳なく思う。

「さっきは逃げてしまって本当にごめんなさい。もう勝手な真似はしないから…」

お姫様抱っこという情けない姿ではあるが、マリーは真剣な気持ちで謝罪した。
ユリの顔色がほんの少しだけ戻った気がする。
ほんの少し微笑んでまた頭を下げ、今度こそ出て行った。

バタン

「ハァー…緊張した。」

扉を閉めてからユリは息を目一杯吐いた。

「ご苦労様。」

「!!!」

肺が空っぽになるぐらい吐いた所で、誰かに話しかけられ、むせて涙目になった。

「ゲホッゲホゲホッ…ハァーハァー…グハッ…」

「そんなに慌てる事はないでしょうに。ご苦労様と言っただけですよ。」

扉の外で立っていたのはもちろんチャールズの側近ウェスタンだ。
ユリは涙を拭きながら身体を小さくする。

ユリはウェスタンが苦手だった。

釣り上がった細い目にすっと通った鼻筋、薄い唇の大きな口。
銀糸の美しい長い髪で獣耳でも付いていたならば妖狐そのものだ。
ユリは何を考えているか分からないこの男が怖かった。

ユリはペコリと頭を下げるとその場を後にしようとする。

「役立たずの聖女でしたっけ?」

その耳に聞こえたのは胸をえぐるような、ユリにとっては二度と聞きたくない言葉だった。
頭を上げ、無言でウェスタンを睨み付ける。

「あぁ、期待外れの聖女でした?」

どう見ても怒っているユリにウェスタンはお構い無しに続ける。

「…私はクビですか?」

そんな話しを持ち出したのだ。
ユリはクビを覚悟した。
いや、行方不明だった隣国の姫様の逃亡を許したのだから、クビで済むなら良い方だろう。
何らかの処罰があるかもしれないと拳を握りしめた。

「クビ?何でですか?」

「えっ?クビじゃない?」

ユリの言葉にウェスタンは不思議そうに首を傾げている。
そしてユリもまた首を傾げた。

「マリーアンジュ様を逃したからですか?」

「…はい。」

「ハァー、そんな事でクビにしていれば、人手が足りなくて困ってしまいますよ。あなたは良い立ち位置でいる貴重な人材ですからね。こらからもお願いしますよ。」

「…良い立ち位置?」

ウェスタンはユリの問いにニヤリと笑った。

「あなたは異世界からやって来たお客様なのでしょう?」

「…お客様。」

その言葉に苦笑いを浮かべた。

ユリは他国で異世界召喚された聖女だった。

マッキンダム王国と海を隔てた先にある帝国、イングディニア帝国では禁忌の術とされる異世界召喚の術が古くから行われていた。

しかし、それも何百年もの間忘れられ、物語の中だけの話しとされていた。

その異世界召喚の術を彼らに思い出させたのは、何を隠そうチャールズの存在だったのだ。

チャールズの持つ青い炎の魔法は、闇魔法の最高峰だった。

しかし、この世界では闇魔法の使い手は確認されておらず、文献が残るだけの幻の魔法とされていた。

闇魔法と対の関係にある光魔法もまた、誰にも受け継がれること無く忘れ去られていた。

しかし、チャールズが父を殺したその時、彼は闇魔法を覚醒させた。
その力があったこそクーデターを成功させたと言えるだろう。

そしてその噂が広がった事で皆思い出したのだ。
光魔法の存在を。

イングディニア帝国は考えた。
大国であるマッキンダムの国王が闇魔法の力を得た今、自分達もそれに対抗出来る魔法を手に入れねばと。

そこで古い文献を漁り、忘れられていた禁忌の術が発見されたのだった。

「そして君が召喚されたんですよね?」

ウェスタンの問いにユリはコクリと頷いた。
責められるのではと指先が震える。

「聖女として呼び出したが光魔法は使えず、器量も悪いし、魔力量も少ないでしたっけ?」

「…はい。」

それはユリがイングディニア帝国の皇帝に言われた事だった。
17歳で召喚され、実力が無いと分かると奴隷の様にこき使われた。
ロクに食べさせて貰えずユリは徐々に弱っていった。
そして、もう使えないと判断されればゴミの様に捨てられたのだ。

ユリが今ここで生きていられるのは、たまたまマッキンダム王国へ帰る所だったチャールズの部下に拾われたからだった。

ユリは今25歳。
召喚されてから8年もの年月が流れていた。

「君は小説とお菓子を与えて貰えれば機嫌良く働くんでしたよね?」

「へっ?えぇ…はい。」

ユリはコクコクと頷いた。

「酷い仕打ちを受けて来たのに恨んでいる様子も無い。王族や貴族の政に興味も無ければ、お金に執着もしない。」

「…はい。」

ユリはまた頷いた。

「いやぁ、最高ですね。こんな人材他にはいませんよ。」

「へっ?」

ユリは何を言われたのか分からずにポカンとした顔でウェスタンを見た。

「アベロンから、マリーアンジュ様付きのメイド達が来るまでは、あなた1人にマリーアンジュ様の事をお願いしますからね。」

「えっ、はい。そう聞いております。」

ウェスタンは満足そうに頷いた。

「そうは言ってもマリーアンジュ様は執務室と陛下の部屋で軟禁状態になるでしょうから、お呼びがあるまでは自室でゆっくりしてても良いですよ。」

「…小説を読んでも?」

「どうぞ。」

ウェスタンがそう言うとユリは弾けるような笑顔を見せた。

「良いですかユリ、この国では聖女の力を必要としていません。」

「…。」

「のびのび生きたら良いんですよ。」

「ウェスタン様、ありがとうございます。」

ユリは涙を浮かべ頭を下げた。
握りしめていた拳は柔らかに開かれ、気付けば身体の震えも止まっていた。
ユリはこの世界に来て初めてちゃんと呼吸をした、そんな気がした。
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