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第三部 終章
第三十話 二人だけの世界
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肌と肌が触れ合っていることはとても気持ちのいい事だ。
ただ、静かに体を重ね合い互いの呼吸のリズムを感じながら微かに聞こえる心臓の音に耳を傾ける。それがとても心地よく感じながら微睡む。二人だけのお休みの日は、時々こうして朝寝坊して過ごす事が密かな楽しみとなっていた。
「アイちゃん、起きてる?」
「起きてるよ。どうかした?」
「ううん、呼吸がゆっくりになったから、眠ったのかと思っただけ」
愛花はそう言うと、ゴロンと寝返りを打って体をこちらに向ける。後ろから抱いていた時と同じくらいに身体を寄せ、小さく微笑む。
「ちょっとウトウトしてた」
「うん、だと思った」
愛花はクスクスと笑ってみせる。あたし達は自然と視線を交わらせ、そのまま唇を重ねる。最初は軽く触れ合うだけのキスから、啄ばむようなキスに変わり、どちらともなく舌を差し出し頭が真っ白になるくらいに絡めあう。
「ん。はぁ……んぅ……」
時々息継ぎをするように、唇を離すけれどお互いがそれを許さず、追いかけるようにして唇を再び重ねる。酸素が足りなくなればなるほど、気分が高まっていく。
「ァ……アイちゃん、だめ……、がっこ、遅れちゃう。三限には出ないt……んぅ!」
あたしの指が愛花の胸に触れると、愛花は小さく首を横に振りながらそう漏らす。あたしはその言葉を遮るようにして唇を重ね、最初は撫でるように、そしてだんだんと敏感なところを指で弾く様にして愛花の胸を愛でる。
愛花は学校に遅れると口にしながらも、本気で嫌がる事はせずあたしにされるがままだ。
あたしはそんな愛花が可愛く、愛おしく、そして……壊したくなる。
愛花が声にならないか細い音を漏らすのを聞いて、あたしの気持ちはどんどん高い処へと昇っていく。
結局あたしたちが出席したの四コマ目の授業からとなった。
互いにどっちが悪いなんて、文句を垂れながらも手を離す事はなかった。
大学入学から一年と少し。この頃、あたしたちはサークルへは一切顔を出さなくなっていた。
別に脱退したわけでもなければ、どちらかが行くのをやめようと言ったわけでもない。
自然と部室へ足を運ぶことがなくなったのだ。
大学の中で、別の授業の時以外はあたしにくっついて行動するようになっていたし、あたしもそれを受け入れていた。
入学して間もなくできた愛花の友人は少し距離を置いているようで、その理由も知っていた。
『あの姉妹、ちょっと流石に気持ち悪くない?』
常に行動を共にし、キャンパス内で手を繋いでみたり、腕を絡めて見たりと調子に乗っていたあたしたちに向けられた陰口だった。
最初は陰口に慣れてしまっているあたしはともかく、今まで対象にならなかった愛花が心配になったが、耳に入っていないのか入っていて尚、そうしているのかはわからないが愛花の様子は変わらなかった。
むしろ、陰口を囁かれ始めた頃よりもあたしにくっついている頻度が増したようにも思える。
それでもあたしはもう、どうでもよくなっていた。周りが何を言おうと構わない。あたしには愛花だけがいれば充分で、愛花もまた、あたしがいれば充分だと考えていた。
いつの間にかあたしたちは孤立し、二人だけの世界にいた。
けれど、あたしたち二人は孤立したグループの中にあたしと愛花の二人だけがいる。その現状がとても嬉しく思えていた。
あたしたちがこうして周りから陰口をたたかれるようになってしばらく経った頃、授業が休校になってしまい、愛花の授業が終わるまでの間、暇を潰そうと久々に大学の図書室へ足を運ぶ。
ここ最近は、図書館通いもしてはおらず、読みたい本があれば本屋に行って買うようにしていた。
それでもほしい本は毎月何冊も出て、お小遣いじゃ追いつかず自分の中にある購入予約表はどんどんと作品名を並べていた。
図書室の新書一覧を眺め、先週発売したばかりの新刊を見つける。あたしは目を輝かせて、一冊の本を手に取った。
お気に入りの作家さんが久々に本を出したとなってすぐにでも買いたかったのだが、その月はもう既に本を買ってしまったあとで、ハードカバーの本を何冊も買うというのはお小遣いで生活している学生にはなかなか辛いものがあった。大学生になったんだし、アルバイトくらいしたいのだけれど、両親がそれを許してはくれなかったのだ。
新刊なんだし、私が一番乗りだったらうれしい。そう思いながら、パラパラとページをめくり、裏表紙に差し込まれている図書カードに目をやってはっと息をのんだ。
『佐藤 和輝』
あの日、消した携帯データと共に、あたしが切った友人。連絡を絶ち、サークルにも顔を出さなくなった当初は何度もあたしに声をかけに来ていた。
その度に無視を決め込んでいると、そのうち目の前に現れる事がなくなった人だ。
「そういえば、あの人あたしと本の趣味似てたっけね」
そんな事をポツリと漏らし小さく笑う。
当時、あたしは本の事を語り合う友人ができて大層喜んだ。けれど、その裏で愛花を悲しませていると気づき、先輩との関係を切ったのだ。
あたしが折原恵美と愛花の関係を不安で、信じ切れなかったのと同じで、あの子だってあたしと先輩の関係が不安で仕方なかったのだろう。
だったらあたしが優先すべき気持ちは愛花に決まっていた。
窓際の席に腰かけ、本のページを捲る。発売から一ヶ月は経過しているはずだけれど、未だレビューさえ読んでいない。
先輩は「どこにネタバレが転がっているかわからないだろ?」と言って、目次頁は飛ばして読むと言っていたけれど、あたしはネタバレを食らうかもしれないけれど、目次を見てどんな物語が展開していくのだろうと想像するのが楽しみだった。
目次頁を堪能した後は、ようやくプロローグに差し掛かる。
あたしはこの作家さんが書く物語も、もちろん好きだが文章自体がとても好きだ。
語り部の言い回しや、主人公やヒロインといった登場人物の雰囲気、舞台背景。読めば読むほどその世界に取り込まれていくようだった。
今回の物語は、この作家さんには珍しい恋愛小説のようだった。大学生の女の子と、カメラマン志望のフリーターの男の子のお話。
いい年をしてフリーターである主人公をよく思っていないヒロインの両親が彼と会う事を叱り、彼女からカメラを取り上げてしまうというシーンが早くも訪れる。
本来、こういったシーンは物語の終盤に訪れそうなものだが、こんなにも早くこういう展開が訪れるという事は、この作家さんの事だ。まだまだもう一波乱あるに違いない。
『どうして? どうして、彼と会っちゃいけないの? 別に、私たちは何一つ、悪い事をしていないわ。ただ一緒に、同じ被写体を撮って、出来上がった写真の感想を言い合うだけよ?』
ヒロインが泣きじゃくりながら、両親に訴えかける。両親の意見に納得の出来ないヒロインは、ある日の夜家を飛び出してしまう……
ふと、先輩があたしの前に現れる事がなくなってしばらくした頃、愛花が言った言葉を思い出す。
「ほら、所詮こんなものなのよ。ちょっとした障害があっただけで、アイちゃんに会いに来るのをやめるだなんて、その程度の気持ちだったの違いないよ。ね? アイちゃんもさっさとあんな人と、関わるのやめてよかったでしょう?」
その後、愛花はあたしをぎゅっと壊れるくらいに抱きしめてこう言った。
「わたしは、絶対にアイちゃんを裏切ったりしない。絶対に、離したりしないんだから」
正直あたしは愛花のその姿に少し戸惑った。今までの愛花だったら、そんな事言わなかったはずだ。
あの一軒以来、愛花の様子が時々おかしくなり、あたしは少し怖いと感じていた。
けれど、あたしだって折原恵美の一件で愛花を相当怖がらせたはずだ。当然の報い、なのかもしれない。
「それでも、流石に寂しかった……」
思わず声に出してしまった事に驚く。はっとして周囲を見渡し、誰も行かなかった事に安堵する。
頭を振って、余計な考えを取り払う。あの日までのあたしは死んだはずだった。
いつの間にか生まれていた余計な感情を持ったあたしを殺し、余計な感情を持つ前のあたしに戻ったはずだ。
それなのに、こうして時折先輩の事を思い出す自分に腹が立つ。
愛花が他の人の事を考えているだけであたしはすごく嫌な気持ちになるというのに、自分だけはいいだなんてあるはずがない。
小さくため息を吐いて、本を閉じる。愛花の授業が終わるまで時間はたっぷりあったが、この本を読んでいると余計な事を考えてしまう。別の本を読もう。もっと、誰も読まなさそうな古いものがいい。
元の棚に戻してこようと、立ち上がった時誰かが本棚の影から姿を現した。その人はあたしの姿を見つけるとはっと息を呑んで、驚いたように名前を呼ぶ。
「柏原……?」
顔を上げてあたしも同じように息を呑む。佐藤先輩が、そこに立っていたのだから。
ただ、静かに体を重ね合い互いの呼吸のリズムを感じながら微かに聞こえる心臓の音に耳を傾ける。それがとても心地よく感じながら微睡む。二人だけのお休みの日は、時々こうして朝寝坊して過ごす事が密かな楽しみとなっていた。
「アイちゃん、起きてる?」
「起きてるよ。どうかした?」
「ううん、呼吸がゆっくりになったから、眠ったのかと思っただけ」
愛花はそう言うと、ゴロンと寝返りを打って体をこちらに向ける。後ろから抱いていた時と同じくらいに身体を寄せ、小さく微笑む。
「ちょっとウトウトしてた」
「うん、だと思った」
愛花はクスクスと笑ってみせる。あたし達は自然と視線を交わらせ、そのまま唇を重ねる。最初は軽く触れ合うだけのキスから、啄ばむようなキスに変わり、どちらともなく舌を差し出し頭が真っ白になるくらいに絡めあう。
「ん。はぁ……んぅ……」
時々息継ぎをするように、唇を離すけれどお互いがそれを許さず、追いかけるようにして唇を再び重ねる。酸素が足りなくなればなるほど、気分が高まっていく。
「ァ……アイちゃん、だめ……、がっこ、遅れちゃう。三限には出ないt……んぅ!」
あたしの指が愛花の胸に触れると、愛花は小さく首を横に振りながらそう漏らす。あたしはその言葉を遮るようにして唇を重ね、最初は撫でるように、そしてだんだんと敏感なところを指で弾く様にして愛花の胸を愛でる。
愛花は学校に遅れると口にしながらも、本気で嫌がる事はせずあたしにされるがままだ。
あたしはそんな愛花が可愛く、愛おしく、そして……壊したくなる。
愛花が声にならないか細い音を漏らすのを聞いて、あたしの気持ちはどんどん高い処へと昇っていく。
結局あたしたちが出席したの四コマ目の授業からとなった。
互いにどっちが悪いなんて、文句を垂れながらも手を離す事はなかった。
大学入学から一年と少し。この頃、あたしたちはサークルへは一切顔を出さなくなっていた。
別に脱退したわけでもなければ、どちらかが行くのをやめようと言ったわけでもない。
自然と部室へ足を運ぶことがなくなったのだ。
大学の中で、別の授業の時以外はあたしにくっついて行動するようになっていたし、あたしもそれを受け入れていた。
入学して間もなくできた愛花の友人は少し距離を置いているようで、その理由も知っていた。
『あの姉妹、ちょっと流石に気持ち悪くない?』
常に行動を共にし、キャンパス内で手を繋いでみたり、腕を絡めて見たりと調子に乗っていたあたしたちに向けられた陰口だった。
最初は陰口に慣れてしまっているあたしはともかく、今まで対象にならなかった愛花が心配になったが、耳に入っていないのか入っていて尚、そうしているのかはわからないが愛花の様子は変わらなかった。
むしろ、陰口を囁かれ始めた頃よりもあたしにくっついている頻度が増したようにも思える。
それでもあたしはもう、どうでもよくなっていた。周りが何を言おうと構わない。あたしには愛花だけがいれば充分で、愛花もまた、あたしがいれば充分だと考えていた。
いつの間にかあたしたちは孤立し、二人だけの世界にいた。
けれど、あたしたち二人は孤立したグループの中にあたしと愛花の二人だけがいる。その現状がとても嬉しく思えていた。
あたしたちがこうして周りから陰口をたたかれるようになってしばらく経った頃、授業が休校になってしまい、愛花の授業が終わるまでの間、暇を潰そうと久々に大学の図書室へ足を運ぶ。
ここ最近は、図書館通いもしてはおらず、読みたい本があれば本屋に行って買うようにしていた。
それでもほしい本は毎月何冊も出て、お小遣いじゃ追いつかず自分の中にある購入予約表はどんどんと作品名を並べていた。
図書室の新書一覧を眺め、先週発売したばかりの新刊を見つける。あたしは目を輝かせて、一冊の本を手に取った。
お気に入りの作家さんが久々に本を出したとなってすぐにでも買いたかったのだが、その月はもう既に本を買ってしまったあとで、ハードカバーの本を何冊も買うというのはお小遣いで生活している学生にはなかなか辛いものがあった。大学生になったんだし、アルバイトくらいしたいのだけれど、両親がそれを許してはくれなかったのだ。
新刊なんだし、私が一番乗りだったらうれしい。そう思いながら、パラパラとページをめくり、裏表紙に差し込まれている図書カードに目をやってはっと息をのんだ。
『佐藤 和輝』
あの日、消した携帯データと共に、あたしが切った友人。連絡を絶ち、サークルにも顔を出さなくなった当初は何度もあたしに声をかけに来ていた。
その度に無視を決め込んでいると、そのうち目の前に現れる事がなくなった人だ。
「そういえば、あの人あたしと本の趣味似てたっけね」
そんな事をポツリと漏らし小さく笑う。
当時、あたしは本の事を語り合う友人ができて大層喜んだ。けれど、その裏で愛花を悲しませていると気づき、先輩との関係を切ったのだ。
あたしが折原恵美と愛花の関係を不安で、信じ切れなかったのと同じで、あの子だってあたしと先輩の関係が不安で仕方なかったのだろう。
だったらあたしが優先すべき気持ちは愛花に決まっていた。
窓際の席に腰かけ、本のページを捲る。発売から一ヶ月は経過しているはずだけれど、未だレビューさえ読んでいない。
先輩は「どこにネタバレが転がっているかわからないだろ?」と言って、目次頁は飛ばして読むと言っていたけれど、あたしはネタバレを食らうかもしれないけれど、目次を見てどんな物語が展開していくのだろうと想像するのが楽しみだった。
目次頁を堪能した後は、ようやくプロローグに差し掛かる。
あたしはこの作家さんが書く物語も、もちろん好きだが文章自体がとても好きだ。
語り部の言い回しや、主人公やヒロインといった登場人物の雰囲気、舞台背景。読めば読むほどその世界に取り込まれていくようだった。
今回の物語は、この作家さんには珍しい恋愛小説のようだった。大学生の女の子と、カメラマン志望のフリーターの男の子のお話。
いい年をしてフリーターである主人公をよく思っていないヒロインの両親が彼と会う事を叱り、彼女からカメラを取り上げてしまうというシーンが早くも訪れる。
本来、こういったシーンは物語の終盤に訪れそうなものだが、こんなにも早くこういう展開が訪れるという事は、この作家さんの事だ。まだまだもう一波乱あるに違いない。
『どうして? どうして、彼と会っちゃいけないの? 別に、私たちは何一つ、悪い事をしていないわ。ただ一緒に、同じ被写体を撮って、出来上がった写真の感想を言い合うだけよ?』
ヒロインが泣きじゃくりながら、両親に訴えかける。両親の意見に納得の出来ないヒロインは、ある日の夜家を飛び出してしまう……
ふと、先輩があたしの前に現れる事がなくなってしばらくした頃、愛花が言った言葉を思い出す。
「ほら、所詮こんなものなのよ。ちょっとした障害があっただけで、アイちゃんに会いに来るのをやめるだなんて、その程度の気持ちだったの違いないよ。ね? アイちゃんもさっさとあんな人と、関わるのやめてよかったでしょう?」
その後、愛花はあたしをぎゅっと壊れるくらいに抱きしめてこう言った。
「わたしは、絶対にアイちゃんを裏切ったりしない。絶対に、離したりしないんだから」
正直あたしは愛花のその姿に少し戸惑った。今までの愛花だったら、そんな事言わなかったはずだ。
あの一軒以来、愛花の様子が時々おかしくなり、あたしは少し怖いと感じていた。
けれど、あたしだって折原恵美の一件で愛花を相当怖がらせたはずだ。当然の報い、なのかもしれない。
「それでも、流石に寂しかった……」
思わず声に出してしまった事に驚く。はっとして周囲を見渡し、誰も行かなかった事に安堵する。
頭を振って、余計な考えを取り払う。あの日までのあたしは死んだはずだった。
いつの間にか生まれていた余計な感情を持ったあたしを殺し、余計な感情を持つ前のあたしに戻ったはずだ。
それなのに、こうして時折先輩の事を思い出す自分に腹が立つ。
愛花が他の人の事を考えているだけであたしはすごく嫌な気持ちになるというのに、自分だけはいいだなんてあるはずがない。
小さくため息を吐いて、本を閉じる。愛花の授業が終わるまで時間はたっぷりあったが、この本を読んでいると余計な事を考えてしまう。別の本を読もう。もっと、誰も読まなさそうな古いものがいい。
元の棚に戻してこようと、立ち上がった時誰かが本棚の影から姿を現した。その人はあたしの姿を見つけるとはっと息を呑んで、驚いたように名前を呼ぶ。
「柏原……?」
顔を上げてあたしも同じように息を呑む。佐藤先輩が、そこに立っていたのだから。
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