愛の花、その香り─

深崎香菜

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第一部 高校編

第十二話 いなくなった彼女

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 翌日も、その翌日も、一週間経っても恵美ちゃんは学校には登校して来なかった。
 その間何度も連絡を試みたけれど、携帯の電源が入っていないのかずっと繋がらない。
 先生は事情を知っているのか、出席確認の時には何も言わず、痺れを切らしたわたしが聞いてみると言葉を濁すように体調不良だと答えた。

「折原さん、どうしたんだろうね」
 真美がわたしの様子を伺いつつ恵美ちゃんの席を見る。
 今ではクラス中が恵美ちゃんの事を噂していた。
 それはどれも悪い噂ばかりで、耳を塞いでしまいたくなる。ただ、一番の原因はあの日の騒動だった。
「ねえ、大丈夫?」
 真美が心配げに顔を覗き込む。わたしは心配をかけないようにと、笑って返すけれど大丈夫ではなかった。

 恵美ちゃんが登校しなくなって二週間も経てば、皆の話題は別のものに変わっていく。
 今ではクラスメイトの一人が登校してきていないことに誰も関心を示していない様子だった。
 先週、わたしは一度だけ恵美ちゃんの家を訪ねた。タイミングが悪かったのか、家の中は留守だったようで、ガレージに車も恵美ちゃんの自転車やスクーターもなかった。
 この時、自転車とスクーター両方が無かった事にわたしは疑問を抱くべきだったのだ。けれど、その時は日を改めようと来た道を引き返してしまった。
 今週も恵美ちゃんと連絡が取れなければもう一度家まで行こう。そう思っていた矢先、朝のホームルームで先生から恵美ちゃんに関する情報を告げられ、わたしの頭は真っ白となった。
「あー、折原だが、家の都合で親戚のお家に引っ越す事になったそうだ。当校に通学する事が困難になる為、急ではあるが転校する事になった。この時期の転校で驚くものも多いだろうが、変な詮索はしないように。委員長、折原は何か委員会に入っていたか?」
「ど、どうして!?」
 思わず立ち上がってしまう。クラス中の視線が一気に集まった。
 先生は落ち着くようにと声をかけるけれど、もう一度、同じ質問を繰り返す。
「柏原、折原個人からの希望で理由や引越し先は公表しない事になっている。個人的に連絡を取ってみたらどうだ」
 そういえば柏原は折原と仲がよかったようだしな。そう言ってカラカラと笑う先生に苛立ちを覚える。
 ホームルームが終わり、一限目が始まる前にわたしは席を立つ。
 真美のとめる声を無視して教室を飛び出した。

 道中かけ続けていた電話には恵美ちゃんは出てくれない。
 恵美ちゃんが出てくれるよりも先に、恵美ちゃんの家に着いてしまった。
 相変わらず、恵美ちゃんの自転車やスクーターはなかったけれど、おばさんの乗る車はガレージに停まっている。家の中にいるはずだとチャイムを鳴らす。
 一度、二度と鳴らしてみるけれど、誰かが応答してくれる様子はない。
 それでも諦めずに三度、四度と鳴らしてみたけれど家の中に人の気配を感じない事もあり、仕方なく家の前で待たせてもらう事にした。
 もちろん、家の前での待ち伏せが迷惑行為である事は重々承知している。けれど、今日は諦めて帰るわけにはいかなかった。


 三十分程待った頃、愛香ちゃんから着信が入る。お昼休みになった事で、わたしが教室を飛び出した事を知ったのだろう。
 ひょっとすると、クラスメイト辺りが噂をしていてわたしが恵美ちゃんのことを聞いて飛び出した事も聞いたのだろうか。
 着信を無視しても、電話は鳴り続ける。電源を切ろうか迷っているところに、折原家の玄関が静かに開く音がした。
 はっとして立ち上がると、警戒するように恵美ちゃんのお母さんが顔を覗かせていた。わたしの顔を見ると、泣きそうな表情になってしまう。
「あ、あの……恵美さんと同じクラスの柏原愛花です! 何度か、ここにもお邪魔していて……恵美ちゃん、学校に来なくなったかと思うと、突然転校したって聞いて……連絡も取れなくて、心配で押しかけてしまいました。ごめんなさい」
 頭を下げると、おばさんはほっと胸を撫で下ろす。
「さっき、チャイムを鳴らしてくれていたのも、あなた?」
 小さく頷くと、おばさんは「ごめんなさい」と小さく漏らした。
 家の中に招き入れてもらい、リビングに通される。暖かい紅茶が可愛らしいカップに入って差し出された。
「寒かったでしょう、ごめんなさい」
 おばさんはそう言った後、小さくため息を零す。
「あの子から、誰が来ても追い返すようにって言われているの。理由は話してくれなかったけれど、突然、ウチの田舎にある私の実家の方へ引っ越したい、転校したいって言われた時に……学校で何かあったんだって思ったわ。その……イジメ、とか。けれどあの子は謝るばかりで私たちに理由を話してはくれなかった。あの子が田舎に行ってしまった今でも、理由がわからないのよ」
 おばさんはクラスで恵美ちゃんに対する虐めがあったのかと聞く。わたしは首を横に振った。
 そうすると、当然おばさんは「じゃあ、どうして……」と頭を抱えた。
 どうして。それはあの日わたしが何度も思った言葉。あの日、恵美ちゃんがたくさん口にした言葉だ。
 どうして。どうして彼女は何も言わずにこの街から姿を消してしまったのか。それは、本当に誰にもわからない事なのだろうか。
「恵美ちゃんの、連絡先を教えてはいただけませんか。携帯にかけても、繋がりません」
 今度はおばさんが首を横に振る番だった。なんとなく予想はしていたので、すんなりとその答えを受け入れる事ができる。
「あの子の携帯は、この家にあります。近々、解約をしに行くつもりです。向こうで新しい携帯を私の母名義で契約すると言っていました。実家の連絡先も……ごめんなさい。あなたなら大丈夫だとは思うのだけれど、あの子がこういう行動に出た理由がわからない以上、教える事はできないわ」
 おばさんは「ごめんなさい」と付け加える。謝ってもらう必要なんて無い。けれど、寂しい気持ちと、悲しい気持ちが入り混じってかける言葉が見つからなかった。

 その後、おばさんとは恵美ちゃんの話をした。
 学校での様子を気にしていたから、私から見た恵美ちゃんを話してみたり、家での雰囲気を聞いたり。とても良い時間を過ごさせてもらった。
 そろそろ帰宅しようと、玄関に向かった時おばさんは再び頭を下げた。
「あ、あの……謝らないで下さい」
 そうだ。もしかすると、こうなった原因はわたしかもしれない。あの日、わたしは勝手に和解したつもりでいたけれど、それ自体が間違っていたのかもしれないのだから。
「愛花さん、また来てくださいね。また来て、恵美の話を聞かせて頂戴。あの子、自分の事はほとんど話さないものだから」
「はい。次に来た時は恵美ちゃんの昔の話し、聞かせてください」
「ええ。アルバムでも見ながら、お話しましょう」
 ほんの少しだけ、涙を目に溜めておばさんは笑ってくれた。
 わたしは力強く頷き返し、家を出る。

 外はすっかり日が傾きかけていて、赤く染まっていた。
 ポケットの中で震え続けていた携帯をようやく取り出し着信履歴を確認する。
 ほとんどが愛香ちゃんからのものだったけれど、数件真美からの連絡も混ざっていた。
 いきなり飛び出してしまったものだから、心配しているに違いない。
 まずは愛香ちゃんに電話をかけてみた。いつもなら5回ほど鳴らせば出てくれるけれど、今回ばかりはなかなか繋がらない。
 心配をかけた事を謝るメールを送信し、今度は真美の方へ電話をかける。
 けれど、結局繋がる事は無く、ため息を零す。真美の方へも愛香ちゃんに送ったものと似た内容のメールを送信しておく。
 
 もしかすると、一緒にわたしを探しているのだろうか? いや、二人に限って一緒にいるという事はまずないだろう。
 とりあえず帰路に着こう。きっと、途中で連絡が来るだろう。
 そう考えて、歩き出すのだった。


*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *


「あんたでしょ、折原さんに何かしたの」
 夕日に染まる教室で、愛花の連絡を待っていると相沢真美がやってくる。
 とっくに帰ってしまったものだと思っていたから少し驚く。
 忘れ物でもしたのだろうかと、無視を決め込んでいると向こうの方から話しかけてきた。
「何が言いたいの?」
「折原さん、最後に登校してきた日、様子が凄くおかしかった。愛花に掴みかかって、大変だった。あの時、愛花は何が起こっているのか理解していないようだった」
 愛花に聞くまでも無く、あの日の詳細はあっという間に噂になっていた。折原恵美という生徒が同じクラスの女子に掴みかかっていたと。その相手が双子の妹の方だと。
 あの時あたしはずっと愛花についていたかったのだけれど、両親が学校に呼ばれあたしまで職員室に動向する羽目となった。
 その際に、愛花のいる保健室には相沢真美らが残っていたものだと思っていたけれど、相沢達も別の場所にいたらしい。
 そして、その時保健室にいたのは折原恵美だったということも、噂で回ってきているし、愛花自身の口からも聞いている。
「それは知っているわ。あれだけ騒ぎになったんだもの。あたしの耳にも入るわよ」
「あんたが、何かしたのよね?」
 鋭い視線でこちらを睨み付ける。威嚇しているつもりなのかもしれないけれど、どうってことは無かった。
「だったら、何なの?」
「もし、そうなのだとしたら……私はあんたを軽蔑する……今以上に」
「あなたに軽蔑されたところで痛くも痒くも無いわ」
 あたしの返事が気に食わないのか、相沢は舌打ちをした。嫌いな相手だとして、舌打ちをされると腹が立つ。
 しかし、ここで腹を立ててしまっては相手の策略にはまるだけだ。あたしは冷静を取り繕う。
「あんたが何かをしたから、こんなことになったんでしょう。折原さんが、転校する必要なんてなかった」
 遠くで部活動をする生徒の声が聞こえてくる。
 ああ、長くなりそうだなぁ。と、興味の無い相手の長話につき合わされるのだった。
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