愛の花、その香り─

深崎香菜

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第一部 高校編

第九話 問い詰め

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「家、門限とかない?」
「あ、うん。夕飯の7時までに帰ればいいの。それが門限」
「そっか。ならあんまし食うなよ?」
「わかってるよー。わたしはポテトだけにしとく」
「ふーん。あたしはビックワックにしようかな。」
「え、食べすぎー!!」
 そんな事を言いながらわたしは折原さんにポテトをご馳走してもらった。
 ファーストフードまでの道、わたしがあまりに黙るもんだから折原さんに怒られてしまった。気まずいのにもほどがあるって。

 夕方ということもあり、少しは客足が減っているもののほぼ満員状態のファーストフード。
 わたしたちと同じような学校帰りであろう制服姿の子や、私服に着替えた同年代の子。勉強をしている大学生や、仕事帰りの大人の人だっている。
 よくもこんなところで勉強なんてして、集中できるもんだな……と思うが騒がしいほうが落ち着くって人もいるみたいだ。
 わたしたちは席が空いてなくて困っていたのだけれど、自分達はもう帰るからと、お孫さんを連れたお婆さんが席を譲ってくれた。
 お礼を言い席に座るなり、おなかがすいていたのか折原さんはわたしのポテトを一本口に運んだ。
「そいや、大学って何処行くんだっけ?」
 口をもごもご動かしながら折原さんが聞いてくる。もう、飲み込んでから話してほしいなぁ。
「あ、聖画大だよ。山のほうだから通学不便~」
「だよな。あそこはなぁ。けど結構でかくない?」
「うん。オープンキャンパス行ったんだけど、すっごく広かった」
「柏原なら迷うかもな」
「うん、迷っちゃったよ……って愛花って呼んでくれるんじゃないの?」
「あ、そうだった。慣れてるんだし、仕方ないだろ」
「そだけど」
 そう言ってわたしはジュースを飲む。目の前の折原さんは大きな口でハンバーガーにかぶりつく。ほんと、豪快だなぁ。

「あのさ、柏原。」
「なぁに?」
「やっぱり、さっきみたいなのは嫌だよ。あたしはさ、オマエがいなくなってからもっと言いにくい状況になって後悔しないように今日その……言ったんだ。だけど、これじゃ後悔してしまう。あたしの自己満につき合わせて悪いけどさ、やっぱりいつも通り接してよ。あれはなかったことでもいいんだ。な?」
「けど、」
「けどとかはナシ! なんか寂しいだろ? 同情とかで一緒にいてくれてるのか? なんて考えるのも惨めだし?」
「ん、わかった。ちゃんと愛花って呼んでくれるならそのお願い聞いちゃう」
「……はいはい。じゃあよろしく、愛花。」
 クシャっと、ハンバーガーの包みを丸めトレイの上に放り投げる。その様子をクスクスと笑いながらわたしもポテトの入っていた箱をたたむ。
「了解です、恵美ちゃん」
「あ、あたしはちゃん付け~!?」
「えへへー」
 二人して笑いあう。折原さんが大きな声で笑うから、騒がしい店内でも目立ってしまった。それをまた笑いながら頭を下げた。
 あの瞬間、恵美ちゃんがわたしに伝えてくれた気持ちを、言葉を忘れることは絶対に出来ないし、したくない。
 けどこうしてこれからも友達として傍にいる。それが一番だというのなら、そうしようと思えた。
 私自身、真美以外にこんなにも楽しく過ごせる友人は初めてだったのだから。




 玄関の鍵を開けると母が出迎えてくれた。母は愛香ちゃんと一緒に帰ってこないことを珍しいわねと笑いながら台所へと姿を消す。
 すでに玄関には愛香ちゃんの靴が並べられていて、先に帰宅したことを教えてくれた。
「アイちゃん、ただいま」
 自室の扉をそっと開く。電気が消えていて静まり返った部屋の中。
 その中で何もせずただベッドに横たわる愛香ちゃんの姿を見つける。眠っているのだろうか?
 もしそうだとしたら夕飯まで寝かせてあげよう。そう思ったわたしは物音を立てないようにそろりと部屋に入る。
 カバンを置き、制服を脱いで部屋着に着替える。そのとき、後から視線を感じ振り返る。
 いつの間に起きていたのか、愛香ちゃんがじっとこっちを見ていた。それに気づいた途端、わたしの身体はかーっと熱くなる。
「あ、アイちゃん、おはよう」
「おかえり」
「あ、うん。ただいま。あの、ごめん……そんなに見られたら恥ずかしいよ」
「そ、ごめんごめん」
 そう言って反対側に寝返りを打つ。少し様子がおかしいな? なんて思いながらパーカーの袖に手を通した。
 電気を消したままこうやってコソコソ着替えるなんて滅多にしない。その所為か、ここが自分の部屋とは別の空間に感じてしまう。
 いつもは可愛いと思う机の上にいるカエルのぬいぐるみや、うさぎのぬいぐるみ。そんなのが少し不気味に見えてしまう。

「ねぇ、マナ?」
「ひっ!?」
 突然、耳元で名前を囁かれ心臓が飛び上がる。心臓だけじゃない。わたし自身も飛び上がっていた。
「あ、アイちゃん。驚くじゃん」
「ねえ、マナの用事はなんだったの?」
「え?」
「今日、放課後用事あったから帰れないって言ってたじゃない?」
「あ、う、ん。そう、そうだね。」
「で、用事は何だったの??」
「え、っと、その……」
 折原さんのことを話そうか迷う。けれどこのことは話さないほうがいいだろう。今回の事は、わたしの中だけで覚えておけばいいことなのだから。
 だからわたしは黙っていなければならない。けど、下手な嘘をつく事はできない。愛香ちゃんはやけに鋭いから。だから、墓穴を掘らないよう、慎重に愛香ちゃんの質問に答える。
「お、折原さんが、買い物に付き合ってほしいって」
「ふーん? それだけ? どこに行ったの?」
「いろいろ、行ったんだよ。あ、あの……アイちゃんは、なんだったの? アイちゃんが放課後用事って珍しい、よね!」
 すごく、不気味だった。だから早く話題を変えたい。
 わたしが放課後に用事が出来て一緒に帰れないこと今までだって何度かあった。そりゃこういう関係になる前だったけど。
 それでもいつも、真美と出かけるという事は伝えても、詳細まで話すなんて事はした事がなかった。なのに、どうして今更そんなことを?
「私の用ね、告白だったの。後輩に告白されちゃった。」
「え?」
 思わず息を呑んでしまう。それを見て愛香ちゃんはクスリと笑う。
 心臓がドキドキと脈を打ち、それが聞こえてしまうんじゃないかってくらいにうるさい。
「そ、そう、なんだ」
 声がかすれる。どうしてわたしはこんなにも怯えているのだろうか。
 愛香ちゃんはただ、自分が告白されたと告げただけだ。そのこにいい返事をして、愛香ちゃんを盗られてしまうと感じたから?
 ううん、違う。そんな感じじゃない。もっと、もっと別の……
「漫画の世界みたいだったわ。うちの学校の子よ。あたしが卒業したら大学は別になるからって。とってもまっすぐな子。なんだか、嬉しくなったの」
「そ、そっか……!」
 耳を唇で挟まれる。身体中に鳥肌が立つ。こんなの、もう嫌だ。違う話をしよう。そうすればきっと大丈夫だから。
「あ、の……今日の夕飯ハヤシライス、なんだって」
「そう。楽しみね。……で、マナの用事ってなんだったの? 本当に、買い物だけ?」
「え……あ……」
 呼吸をするのも辛い。そう感じるほどに緊張していた。どうして? どうしてこんなこと聞いてくるのだろう?
 今までこんな風に聞かれた事が無かった。きっと、普通に聞かれていたらわたしもここまで不気味に感じなかっただろう。
 けれど、愛香ちゃんの雰囲気はただならぬものがあり、わたしの恐怖心を煽る。
 何か言おうとしてもそれは言葉にはならず飲み込まれてしまう。そんな様子を見て、何が楽しいのか愛香ちゃんはクスクス笑う。

 もしかして、愛香ちゃんは知っているのだろうか? 折原さんが、わたしに告白したことを。
 だとしたらそれを隠しているのがいけないのだろうか? けど、けど……こんなこと人に言うことじゃない。これを話すということは、彼女の秘密も話すことになってしまう……!
「マナ?」
 でも、言わないからこんな変な気持ちになるのだ。それに、愛香ちゃんがそういうことを面白おかしく人に話すとも思えない。だったら……だったら言っても大丈夫じゃないかな。

「わ、わたしも、その……実、は、卒業間近っていうので、告白、されたの……」
「誰に? あの子?」
「お、折原、さん。け、けどね! けど……! 折原さんはわたしとは今までどおりの関係でいたいって言われたの。今日の事は言わないと後悔するからって、だから言っただけって。だから、その……これからも普通に友達だし、それにわたしはアイちゃんが……!!!!」
 思わず口を噤んでしまう。それ以上続けたくても続けられなかったから。
 彼女は囁いた。わたしの耳元で優しく、息を吹きかけるよう静かに……


「あの子の唇は、柔らかかったの?」


 と……
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