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プロローグ

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 イザヴェル平原――魔王領アスガルズの最南端に位置するそこでは、人類対魔族の最前戦が繰り広げられていた。
 魔王軍の度重なる侵略に業を煮やした人類連合が、遂に敵の本拠地である魔王領に攻め入った形だ。
 しかしイザヴェル平原の防衛は頑強で、攻略の糸口が全く見えない状況だった。

 そんな中、一人の少年が戦場に投入された。

 後ろオールバックに束ねた髪の毛とその身を包む外套は共に漆黒、対してその両手に持つミスリルサーメット製の双剣は白磁の如き滑らかな輝きを放っている。

 体つきは特に鍛えている風には見えず、どちらかというと華奢。しかし身体強化フィジカルエンチャントによって、その動きは力強く、そして俊敏。

 少年は双剣を振るい、すれ違う魔族の兵たちを撫でるように次々と斬る。
 その攻撃全てが的確に相手の急所を捉えていた。
 彼の通り過ぎた後には血の絨毯に彩られた死屍累々の道が築かれていく。

 殺戮の流れ作業ルーティンワークが延々と続くかと思われたとき、それは聞こえた。

 遥か前方から突如響き渡る地鳴り。

 少年の行く手には、巨大な魔獣ビヒモスの群れが壁のように迫っていた。

 獣王とも呼ばれるビヒモスは、体長20メートル程の巨体が鋼のような剛毛で覆われ、頭部に生えた長大な二本の角が特徴的な魔獣だ。
 その戦闘能力は他の魔獣とは一線を画し、通常個体でさえ軍隊級の脅威とみなされる。
 歴戦の冒険者でさえ、たった一匹を仕留めるのに数十人規模の連隊を要すると言われている程。
 それが目視できるだけでも百体以上迫ってきているのだ。
 まともな神経を持った兵士なら、すぐさま180度踵を返し遁走するであろう。

 しかし少年は怯まない、恐怖と言う感情を何処かに置き忘れてきたかのように、さらに加速してビヒモスの群れに突っ込んでいく。

「さすが魔族の本拠地だな、少しは楽しませてくれる」

 少年は口元に笑みを浮かべ、ビヒモスの巨大な脚に刃を這わせるが、キィィイインッと金属を引っかくような甲高い音だけが響く。
 凡そ生き物の皮膚を斬りつけた音ではない。

「なるほど、硬いな……最上級の鎧の素材にも使われるだけはある」

 自身の剣撃が通らなかった事実にさほど嘆く様子もなく、逆に今の状況を楽しむような口調で語る少年。

「だが、これならどうだ? 風刃エアロエッジ!」

 少年が剣を交差させると、その刀身に真空の刃が踊る。

 風魔法の付与による斬撃強化キーンエッジ風属性エアロダメージの追加。

 二つの剣を中心に、渦巻く風の刃はやがて巨大な竜巻となって巨木のような脚を切り刻んでいく。

 土属性アースのビヒモスに対し風属性エアロの効果は絶大。
 先ほどまでとは打って変わり、風の刃がまるで抵抗なく皮膚を切り裂き、筋繊維を断ち、骨を削る。
 無論、弱点属性だからと言うだけでこれほどの効果が出る訳ではない、並大抵の風魔法ではその体表にすら傷をつけることなど不可能。
 魔導を極めた者と呼ばれる少年だからこそ成しえる所業であった。

 四肢を切断された巨獣たちが、自重を支えきれずに次々と倒れていく。
 その様は、まるで森の木々が根こそぎ伐採されていくようだ。

 しかし魔族側もただやられるのを黙ってみているわけではない。
 更に大きな地鳴りと共に、他の個体よりひときわ巨大なビヒモスが、猛々しい二本角の生えた頭部を低く構え、闘牛の如く少年目掛けて突進してきた。
 その巨躯に施された派手な戦化粧や装飾から察するに、名有りネームドの強大な力を持った個体。
 突進をひとたび喰らえば、打ち所が良くても悪くても、或いは掠っただけでも即死は必至。

 しかし少年は、巨獣の突進を真っ向から受け止めた。
 角の先端を剣の切っ先だけで受け止めていた。
 普通ならば圧倒的体重差により少年が押し負けるはずだが、外套に施された666層の複合式防護結界によって物理、魔法、それらすべての負荷は少年に届くこと敵わず。少年はその場から微動だにしなかった。

「悪くはない攻撃だった。しかし相手が悪かったな」

 そう言いながら少年は、手首を軽く捻る。
 するとビヒモスの角が先端から歪み表面に亀裂が奔った。
 同時に、亀裂から空気が吹き出し、周囲に角笛のような音が響き渡る。
 それは剣の切っ先から放たれた風の刃が、角の内部で反響している音だった。
 螺旋状に渦巻く風の刃は、角を伝い頭蓋にまで達し脳を食い散らしていく。

 程なくして、ビヒモスの巨体が痙攣しながら大地に沈んだ。

 その光景を目にした魔族の兵と人族の兵たちは、剣を交えることも忘れ、ただ立ち尽くすばかり。

 凡そ六百年間にわたり魔族領を守護してきた獣王『アウズンブラ』とその眷属たち。

 それがたった一人の魔法剣士の少年――アルス・マグナにあっけなく全滅させられたという事実は、この戦の勝敗を決するのに十分だった。
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