上 下
3 / 6
流風と天馬のお話。

自症中に兄弟フラとか笑えない

しおりを挟む
 ハッと目が覚めた。ふと周りを見ればいつも通り、自室のベッド。
「……」
 天馬がいない。いつも五時に起きる天馬だが、それは平日のこと。今日は日曜のはずなので、十時に起きるはずだ。その天馬がいないってことは……。
「うわ、十一時半じゃん……」
 寝起きのまだざらついている声が出た。取り敢えずベッドから降りようと、転げ落ちるようにベッドから落ちた。ちなみにその時に先端が体の下敷きになったのは言うまでもない。
「…っう、」
 じくじくと、先端がむず痒くなりだした。やばい。やばいやばいやばいやばい。…あ。
「そうだ、昨日あれ抜かなかったから…あーもう……」
 そうだった。昨日思いつきでやった天馬と藤和兄弟との実習お勉強会。禁症が出たら抜かないと後々面倒なことになるというのは分かっていたのに、その場の空気となんとなくの羞恥心で抜いていなかったのだ。
 ああ、なんでスペシャルサービスとかいうなんかよく分からないことをやってしまったのだろう。あのあと結局気まずくなってしまって涼がちゃんと光に禁症を出してもらっていたのかさえ確認ができなかった。あとでラインで訊けばよいのだが、見せてしまったものが見せてしまったものだ、話せたものではない。
 うじうじと後悔をしながらも、徐に背中を壁につけ、世の男子高校生が夜によくやるそういう体勢になる。俺の場合は下半身ではなく、髪の方だ。というか一回も自慰行為というのをしたことがない。快感を求めるのなら自発…自己発症で事足りる。
「……ふ、」
 次第にむず痒さが増していく中、息を詰めて髪の先端を持つ。天馬に昨日舐められたところだ。天馬があの手で触ったところ。
 
 まじまじと本来の目的を忘れて眺めていると。部屋のドアがノックもなしに突如として開かれ。天馬が顔を覗かせたのである。

「おい流風ー? そろそろ昼飯だけど食べねえのー?」
「えぁっ⁉︎」
 この時間が止まって見えた。どっ、どっ、どっ、どっ、と心臓の音がうるさいくらいに頭の中に響く。怪しまれないように髪を握っていた手をゆっくりと離して布団で体を隠す。カクカクと緊張でぎこちなく動いてしまう首、そして全身から吹き出す汗。動揺で跳ね上がりそうになった髪をなんとか抑え込み、レンチン三分くらいのクオリティの笑顔を顔面に貼り付けてようやく天馬の方を見つめた。
「……どしたよ」
「いや、ぁっ、なんでもないんだ本当に、ひ、昼飯? ああ食べる食べる、先に行ってて」
「……? ああうん、わかった」
 何事もなかったような笑顔を貼り付けながら、部屋から出ていく天馬の後ろ姿に手を振る。動揺からかまだ笑顔のままだ。
 このまま抜いてから一階に昼食を取りに行くのもいいのだが、天馬が呼びに行って変な間があったら逆に怪しまれてしまうかもしれない。昼食さえ爆速で食べ終わってしまえばこちらのものだ。


 下に行くと、天馬、冬馬、冬子が勢揃いだった。テーブルの上に乗っているのは冬子の好きなオムライス。チキンライスのいい香りが食欲を誘ってくるのだが今の俺はそれどころではない。一分一秒を争うのだ、髪が本当にむず痒くて仕方ない。なんならここで隠れてやってしまってもいいのだが冬子がいる。あと冬馬にこういう場面を見せるのはなんだか癪に触る。そそくさと席について、冬子の「いっただっきまーす!」というどこぞの幼稚園生かよという挨拶に合わせて食事を始めた。
 父親がいるときは原則喋ってはいけないというルールがあるのだが、現在父親は遠出中、なごやかに会話が始まった。天馬の原稿の進捗、冬馬が最近はまっている本、冬子が道端で見つけた可愛いたんぽぽの話。たんぽぽは知らねえよ黙っててくれ。急いでいるせいか常にイラつく。髪をいつもの癖ではたはたと揺らそうとするも、昨日抜かなかった影響で動きが制御できず、変な動きをずっと繰り返してしまう。
 俺はまあ優しいので、せっかく作ってくれた冬馬のオムライスを完食しないというわけにはいかないのだが、ここは男兄弟が多いため、料理も自然と体育会系に狩ることが少なくなく、もちろんそのオムライスも例外ではなかった。めちゃくちゃチキンライスが固いのだ。固いというよりかは何かで押されて通常のご飯よりも密度が高い状態。だから食べても食べても減らない。口の中がもう米卵米米米卵米ケチャップ米米米くらいの割合で米だ。米に殺される。正直言って爆速どころではない。
 そして追い討ちをかけるように制御できなくなっていく俺の髪が発熱しだした。隣は冬子、気づいている様子はない。心配をしているようだ、冬馬が身を乗り出してこちらを見つめてきた。冬馬のオムライスはもう既に五分の一ほどになっている。なんでそんなに早く食えるんだよ。天馬も同じように視線だけをこちらに遣っている。
「流風? さっきから何も喋らないけど大丈夫?」
「えは、あ~、はは。うん大丈……」
「流風にいの髪の毛すごい、わんちゃんの尻尾みたいになってる」
「ピャッ⁉︎」
 予想外の発言に、ギギギ、と左隣を見ると冬子がスプーンを咥えながら俺の制御が効いていない髪を、不思議なものを見るかのようにまじまじと見つめていた。
「あの冬子サンこれは見ないでいただきたく」
「え、なんで?」
「いやなんでとかそういう問題じゃないんですよこれは」
 冬子がこれ以上髪に興味を持たぬよう、手で発熱した髪を持つ(結構膝下までって長いんだよな)と、席を立った。皿にはまだ半分のオムライスが残っている。
「……ごめん冬馬、ちょっと急用思い出したから部屋行くわ。俺のオムライス残しといて、あとで食べる」
「……? あ、そうなの? 分かった、いってら」
 少し心配そうな顔をしてみせる冬馬だが、あの顔は「余ってるならこっちに寄越せよ」と考えている顔だ。年齢が高校生の冬馬の食欲は凄まじい。

 再び二階の自室に戻る。ベッドに直行し、壁にもたれかかり、先端に手をかけた。ビリビリと痺れる。この感じじゃあすぐに抜けてしまいそうだ。
「う、う……!」
 呼吸がどうしても荒くなってしまう。びくっ、と肩が震え、先ほどまで感じていた突っかかりのような熱がするすると抜けていく感覚がする。ぞわりとその感覚の余韻に浸っ、
「流風? 熱測るか?」
「うわああああああッ⁉︎ ば、バカ、今入ってくんなバカ!」
「え、えと、あ、ごめ……。あーと、その…抜いてた?」
「抜く以外になんだっていうんだよこのやろうタイミング考えろやドアホが」
 出てくるわ出てくるわ天馬に向けた罵詈雑言の数々。
「じゃあさっき具合悪そうだったのは?」
「わざわざ訊きますそれ?」
 天馬も何となく察しがついたらしい、押し黙ってしまった。
「昨日抜かなかったん」
「あんなとこで抜くわけねえじゃん! 抜いたら俺の沽券に関わる!」
 天馬の表情が次第にうんざりとした表情に変わっていく。どうせ面倒だなあとでも思っているのだろう。自業自得なのは俺もよく分かってはいるが、そもそも触り方を涼に教えたかっただけで、全くもって天馬に発症させて欲しいとか思っていなかった。うん、俺は何も悪くないぞ。
「……まあ流風が何をしていようと俺には関係ないけどさ」
 ポツリと呟くと、天馬は俺の座っているベッドに腰掛け、距離をずずいと詰めてくる。天馬の色素の薄い茶色の髪が俺の髪に触れた。体をよじろうとすると「待って」と天馬が俺の腕を掴んだ。俺によく似た、氷の上に粉雪をまぶしたような真っ白な肌を持つ、女性と勘違いしてしまいそうな顔が近づいてくる。

「……俺、ちょっと流風のフェロモンに酔ったっぽい」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

弟の可愛さに気づくまで

Sara
BL
弟に夜這いされて戸惑いながらも何だかんだ受け入れていくお兄ちゃん❤︎が描きたくて…

兄弟ってこれで合ってる!?

ててて
BL
母親が再婚した。 新しいお義父さんは、優しそうな人だった。 その人の連れ子で1歳上のお兄さんも優しそう ずっと一人っ子だったおれは、兄弟に憧れてた。 しょうもないことで喧嘩したり、他愛もない話をしたり、一緒にお菓子を食べたり、ご飯も1人で食べなくていいし。 楽しみだな… って、思ってたんだけど!!! 確かに仲のいい兄弟に憧れはあったけど!!! え、兄弟ってこんなに距離近いの? 一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たり?? え、これって普通なの!? 兄弟ってこれで合ってる!?!?

愛され末っ子

西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。 リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。 (お知らせは本編で行います。) ******** 上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます! 上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、 上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。 上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的 上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン 上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。 てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。 (特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。 琉架の従者 遼(はる)琉架の10歳上 理斗の従者 蘭(らん)理斗の10歳上 その他の従者は後々出します。 虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。 前半、BL要素少なめです。 この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。 できないな、と悟ったらこの文は消します。 ※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。 皆様にとって最高の作品になりますように。 ※作者の近況状況欄は要チェックです! 西条ネア

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

好きな人に迷惑をかけないために、店で初体験を終えた

和泉奏
BL
これで、きっと全部うまくいくはずなんだ。そうだろ?

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

処理中です...