ヒツネスト

天海 愁榎

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第一話 『想獣』

承ノ惨 咸木エネミィ

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 ◆◇◆◇◆


「━━じゃあなんだ、お前のそのケガは他校生にやられたのかよ!?」
「そこまで怒らなくても……」
「心配してんだよ! ……それ、警察沙汰だろ」
 俺の周りって、こんな友達思いな人いたっけ?
 なんつーか……こんなホワイトを見るのは、初めてな気がする。

「そもそも、そこに至った経緯が分からねぇな。そうなったのには、何かしら理由があんだろ? 人助けの為とか」

 ぎくっ。
 なんだか、やけに鋭いな。
 まずい……このままだとあの件が知れ渡ってしまう。
「そ、そうなのか? べ別に理由なんて無いけどなぁ~! ハハハ……」
 やべぇー! 動揺しすぎてあからさますぎる演技になってもうた!
 まあどうせ、ホワイトの事だ。なんだかんだ言って結局はバカだ。
 どうか、バレないように祈ろう。
「なんだよ。心配しただけ無駄じゃんか」
 お。これは、上手くいったんじゃ……?
「確かに、お前がそんな事する訳ないよな! 期待して損したぜ!」
 そうだけど、言い方ってもんがあんだろ。どんだけ俺を過小評価してんだよ。
 とりあえず、一つの危機から逃れた訳だが……。
 まずいな。このままだと俺がつい口走ってしまう可能性が高い。
 誰か、この状況を切り抜けてくれる奴は……。

「これはこれはユーキにホワイト! 何してんの……うわっ!? 顔ヤバっ!」
 どいつもこいつも、上手く日本語を使えねぇのか!
「つーか、お前は……」

 一般的な男子高校生の身長である俺より少し小柄なこいつは、桐橙麻きり とうま
 クラスは一組と、俺達とはかなり離れているが、俺達三人は一年からの付き合いがある。
 なんというか……この三人の関係性については、触れないでおこう。
 できれば説明などしたくもないのだが、あえて分かりやすく述べるとするならば、俺が三人分いると解釈してくれれば構わない。

「大丈夫かよ、ユーキ? 大分派手にやったな……」
「ああ、ちと色々あってな。心配すんなよ。すぐ治る」
「へぇー……。そんな事より、二人とも!」
「そんな事より!?」
 切り替えが早いのは良いことだが、もう少し心配してくれよ!
 いやまあ、大丈夫って言ったのは俺だが!
 俺の話をすぐさま切り捨て、桐が出したのはとある雑誌だ。
 あ、勘違いするなよ? 決してその……いかがわしい物じゃない。
 ちゃんと、ゲームとかそこらの記事を主に掲載している有名な情報誌だからな!?

「なになに……? うおっ! マジかよ!」
「どれ。……おぉ」
 俺達が驚いているのには、もちろん理由がある。
「そうだ! 俺も最近知ったんだが……」

 桐が嬉しそうに指差すそのページには、一つのゲームの特集が組まれていた。

「超大手ゲーム会社『キコーヨー』の代表作『サクセス・ファンタジー』の、続編が発表されたんだ!」

 ━━サクセス・ファンタジー。略称『SF』。
 物語の舞台となる異世界都市で、剣士となったプレイヤーが世界を守るため奮闘するという、まあどこかありがちなストーリー設定だが、他には無い技術を駆使し、とてもやり応えのある作品になっている。
 その面白さは国境さえ越え、今では全世界で大ヒットした超大作である。
 今の所シリーズは『3』まであり、俺は一応全て揃えてある。
 正直他と大して変わらないようにも思えるが、と言っても決してつまらない訳では無いので、時間の合間にやったりもする。
 その大人気ヒット作の続編が発売されるとなれば、翌日には店の前には大勢の人で溢れ返るだろう。ネットでも即完売、恐らく在庫は一時間もかからず切れる。

「こんなの……決まってるよな!?」

「ああ! あれ・・しかねぇ!」
「もう、今からでも準備を済まさなければ!」
 そうだ。相手はあの大人気作。
 まず在庫は即効で無くなる。店も大行列間違いなし……ならば!

「「「今から泊まりで、ゲーム屋に蔓延はびこるぞ!」」」

 どんな無謀も、やぶさかではない!

「……教えてくれてありがとな、桐!」
「気にしなくていいって。それより、早くしないと授業に遅れちゃうぞ」
「っと、そうだな。それじゃあな、ホワイト、桐」
「おう、また後でな!」
「じゃねー。ユーキ」

 マジか……、SFの新作!
 やべぇ~! 今考えてるだけでもワクワクしてきた!
 絶っっっ対!! ゲットしてやるよ!


 ━━一限目の休み時間。

 そういや、最近あまり寝てないんだった。
 あいつらの件もあるしな……。このままだとSFの発売に間に合わない。
 よし! これから発売までの一週間、休み時間は必ず睡眠をとるようにしよう。
 それじゃあ、夢の国ミナキーランドに入場するとしますか…………、

「ユーウーキー……?」

 ハハッ! どうやら、一人の少女がやってきたみたいだね!
 ここは華麗にスルーを決めて、いち早く睡眠をとった方がいいと思うよ! ミナキーは!
「あ? んだようるせぇな。俺は今寝て……」
「………………ね、て?」

 ガバッ!

「あっ、ちょっと! なんでまた寝るのよ!」
 もうやだ! 今回は休ませてくれ!
 ここ最近のストレスは、海桜おまえから来てるということにいい加減気づきなさい!
「起ーきーなーさーいー! 水憑について、何か調べるんじゃないの?」
「………………っは!」
「アンタもしかして、忘れてたの……?」
 忘れてる訳じゃ無いんだけどな……。
 SFの話題のインパクトがでかすぎて、もはや忘れかけていたわ。
 そうだな。よしっ、ここは覚悟を決めて……

「寝るっ!」

「だから何でよ!? アンタ、水憑がどうなっても良いの?」
 海桜が必死に呼び掛ける。
「うーん。確かに、ただ事じゃないのは知ってるけどよ……」

 そもそも、論点がおかしい。
 それこそ俺はここ最近、青春についてばかり行動しているが、それはその……海桜の交換条件あっての事だ。そんな事が無ければ、たかがクラスメイトの為にいちいち優しくしてやらない。
「別に、今急がなくてもいずれ解決してやるんだから、良いだろうが」

「それじゃ、ダメなの!」

「…………何がダメなんだ?」
「お願い、ユーキ。確かに、私だけ何もできなくてユーキに迷惑かけてるのは分かってるの。だけど……、このままじゃ水憑が……っ!」
 涙目になってまで、懇願する海桜。正直、幼馴染のこんな姿を見るのは初めてだ。
 そこまで、青春の事を心配してんだろ……。よく伝わってくるよ。
 でもな、海桜……、
「違うんだ」
「何がよ。どうせ面倒くさいとか考えて……」

「━━俺達に今、何ができる?」

 その方法が無いから無駄なんだよ。
 俺は海桜にそう言い放った。
「……そ、それは……そうだけど……。で、でも! 何か一つくらいあるでしょ!?」
「ここで俺達が変に行動してみろ。必ず條原に情報が漏れる。するとどうなるか……もう分かんだろ」
「……じゃあ、このまま何もできずに終わっちゃうの?」
「大丈夫だ。これも作戦だよ」
 互いに睨み合い、こちらから動いたら負け。
 このジレンマから、抜け出す為の唯一の方法とは。

「━━……今の俺達が取れる最善手は、何もしない・・・・・事だ」

「そんなっ! …………分かったわよ」
 ふぅ……。なんとか話が通じたか。
「でも」
 目尻に溜まった涙を拭い、海桜は言った。
「いつかは、水憑をあの悪夢から覚ましてくれるんだよね?」
「………………ああ。約束する」
「……本当?」
 心配そうな顔をした海桜が、俺に上目遣いで語りかける。
 その姿がやたらと可愛くて、胸が締め付けられる感覚になった。
「本当だよ。お前の幼馴染を信じろってな」
「それじゃあ……約束ね」
 海桜が小指を差し出す。
 二人の指が重なり合い、交差する。

 人生で二回目・・・に、指切りを交わした瞬間であった。
 ったく……。高校生なんだから、今さらこんな恥ずかしい事しなくてもいいだろうに。

「…………よ」
「ん? 何か言ったか?」
「だから! いつまで握ってんのよ! ちょっと痛いんだけど!」
「え? あ、ああ……。ごめん」

 感動のワンシーン、崩壊の瞬間であった。
 はあ……。ちょっとシリアスやると、すぐこれだ。やれやれ……。


 ━━現在時刻、一八時。

  帰宅途中の俺は一つ、忘れかけていた事を思い出した。
 いや、正確には思い出さされた、か。
 俺が今歩いている商店街。
 普段なら、道行く人で溢れ活気に満ちた通りとなっているのだが、今日はやけに人が少ない。

 否。
 人が━━不自然な程にいない・・・

 俺以外、誰も。
 いや、この表現は少し誇張しすぎた。
 流石に一人はいる。いるんだが、いない。
 あ、決して日本語がおかしくなった訳じゃないからな! 今でもちゃんと、漢字検定二級は取れるくらいに国語は得意な方だから!
 ━━さて。
 そろそろ、この不自然さの原因を突き止めるとしよう。
 そこにいて、いないモノ。
 要するに、生体でも死体でも無い物。ここまでくれば、自ずと答えは見えてくる。
「危うく忘れかけてたぜ……」

「━━……何の用だ? …………ヒツネ」

 人間のいない商店街の路地で一人佇む少女━━ヒツネに、そう問うた。
「久しぶりー! ユーキ!」
「やたらハイテンションだな。ともあれ、会うのは二週間ぶりくらいか」
「そうだよー。ユーキったら、私が話しかけようとしてもいつも忙しそうなんだもん。いつ話しかければ良いか分からなかったよ」
「そうかそうか。分からなかったのか……」
 へぇー。そう…………、
「って、え!? おま、ずっと見てたのか!?」
「あったり前でしょうが。私達からすれば、人間共の生活なんてスッケスケで見えるんだよ」
 つまり。俺はここ最近ずぅっっと、監視されていた、と。
 そう考えると、背筋に軽く悪寒を覚えた。
「それじゃあ、俺が何をしていてもバレバレ……?」
「うん。バレバレ。バレバレの見え見え」
「何をしていても?」
「何をしていても」
ナニ・・をしていても?」
「何が違うか分からないけど、多分そう」
 眼前の少女が、ストーカーレベルにつけ回してて困る。

 ━━閑話休題。

「んで? 今日は何しに来たワケ?」
「何よその反応。この間、ユーキが言ったんじゃん。『寂しくなったらいつでも来いって」
「んな━━」
 先を言おうとして、言葉を呑む。
 確かに、言っちゃってたな……。そんな事。
「要するに何? お前は今暇してて、今暇な俺に今だけ相手をしてほしくて、今ここにいるの?」
「すごいね……。一言の間に四つも『今』を入れてくるなんて。どれだけ強調したいのかな」
「俺は過去なんかより今を好む男だ。後も先も関係ねぇ。今を全力で生きるのさ」
 と、思ってもない事で格好つけてみたものの。俺は重大な事実に気づいてしまった。
 これ、話が一歩も進んで無いぞ……?

「よしそうか、なら話そう。いっそ話して夜を明かそう。それじゃあ、早速話題を提示してくれ」
「そうだね。ユーキ、よろしく!」
 何に対してのよろしく!?
「まさかお前、自分で振る話題とか無いのかよ」
「無いよ。ナッシング」
「そうか。なら今日の俺の学校での出来事を聞いてくれ」
「どうぞ」
 気づくと道端に一枚の座布団が敷かれていた。
 その前にヒツネがちょこんと正座をする。
「それでは、咸木亭結祈の馬鹿馬鹿しい話にお付き合いください」
 パチパチパチ……
 茶番とも言える演劇が始まった。

「えー……、今日の俺はなかなか風変わりした一日を過ごしたんだよ。つーかしてる」
 そして、背後で人形劇が進められる。
「まず、朝から変な夢を小一時間ほど見てだな。そのせいで学校に遅刻したんだが、そこに向かうまでが大変だったんだよ。幼馴染の頭がとち狂うわ、俺の自転車は大変な事になるわで、それは日常も自転車もメチャクチャだったんだ」
 眼前の少女から白目を向けられている気がするが、気にせず話を続ける。
「そんで風紀委員長に怒られるし、風紀委員長にボコられるし、寝ようとしても起こされるし、本当に今日の俺はどうなってんだよ!」
 怒りに任せて扇子を床へ叩きつける。
 そして深呼吸して、平静を取り戻す。
「……おあとがよろしいようで。以上が、異常な俺の一日にございます」
 終演を知らせるように、そっと幕が閉じる。

「━━……どうだヒツネ、少しは楽しめたろ?」
「全然面白くない」
「ぐはぁっ!」
「そもそも、短い。オチが無い。その上つまらない。こんなだったら、まだ魚のいない水槽を一日中眺めてた方が有意義だよ」
「ぐぼぇ!」
 ヒツネの一言一言が、刃となって突き刺さる。
 いや、流石にただの薄汚れた水よりはマシだろ!

 それからしばらく経ち、やがてヒツネが、
「ねぇ、ユーキ」
「ん? なんだ? 今度はどんな無茶振りを押し付けてくるんだ?」
 そう皮肉げに応えた俺の発言を平然と無視して、ヒツネが一言。

「━━ここら辺で一回、『想獣狩り』をしてみない?」

 ……こんな無茶振りかよぉおお!!
「ふざけんな! やるわけねぇだろ!」
「なんで~! 『想獣狩り』が、そんなに嫌?」
「い や だ ね! それとこれとは話が別だ! 大体、この前言っただろ! んなことしねぇって!」
「ぅう~……!」
 それから黙り込んだヒツネだが、数瞬の間を開けて、

「━━……青春水憑」

「は? 今お前、何て言った?」
「だから、青春水憑を救いたいんでしょ? だったら、なおさらこの仕事を引き受けた方が良いよ」
 よくわからん。
 というか、話の進め方が強引すぎる気がする。
 おい作者! この話を書いている時間が夜遅くだからといって、適当なシナリオを描くんじゃない!
 それはそれとして置いといて。
 俺は、目下の疑問を指摘する。

「ん~……。仮にその、想獣を倒したとして……、それと青春に何の関係があるんだ?」
「それは後で説明するよ。ほら、こうしてる間にもタイムリミットが近づいて来てるんだよ? 善は急げ。百聞は一見に如ずとは、よく言ったものだよ」
「わ、ちょっ……押すなよ」

 言われるがまま、手を取られ連行された俺だった。
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