ヒツネスト

天海 愁榎

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第一話 『想獣』

起ノ壱 咸木フレンズ

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 ◆◇◆◇◆


 ━━自己紹介をしようと思う。

 先程は都合上、詳しくを説明できなかった。
 よって今回は、きちんと俺と言う人間の説明をしようと思う。

 俺の名前は咸木結祈。

 容姿、学業、運動能力全てが『並』の、平凡すぎる高校二年生だ。
 友達は特別多いという訳ではないし、いない訳でもない。
 恋人は作らない。
 作らない……と言う訳でもないんだが、過去を辿れば、そこに大きなトラウマがあるからだ。それについては、いずれ明かそうと思う。
 そもそも、俺には人を信じる事ができない理由があるのだ。
 学校生活ではこれといった特別なイベントも起こらず、平和で普通の日常を過ごしている。


 …………はずだった。


 

 ◆◇◆◇◆



「……あちゃー、結構やりすぎちゃったかな?」


 そう言いつつ、その少女は倒れた不良達を見る。
「き、君は何者なんだ? あのナニカ・・・を知ってるみたいだし……」
「え、あなた、あれが視えるの?」

 俺の問いに、同じく問いで返す少女。

「ま、まあ……」
「へー、すごいね!」
「すごい、んだろうな。けど、君だって視えるんだろ?」
「私はもちろん視えるよ。けど、ただの人間・・・・・からしたらすごい事なんだよ!」
「ただの、人間……?」

 なんか含みのある言い方だな。

「そう言うってことは、君は人間じゃないのか?」
 訝しむ様な表情を浮かべつつ質問を重ねる俺に、一言。

「……少なくとも、あなた達みたいな存在ではないよ」

「…………て事は、人間ではないのか……?」
 正直、その言葉が信じられない。
 先ほど俺に見せた大太刀の如く、白く美しいロングの髪。整った顔立ち。
 それは、端的に言えば、美少女だ。
 確かに人間離れした容姿ではあっても、それが本当に人間でないと言われれば、疑わざるを得ない発言だった。
 もしそれが本当だとすれば、あと残る可能性は━━

「っ! ……もしかして、君もあいつらと一緒なのか?」
「んー、そうではないんだけどね」

 ━━強いて言うなら、と。

 難しそうな顔をしながら彼女は言う。

「私は、人でも霊でもない━━生と死の狭間にいる存在なの」

「生と死の、狭間」
 生体でも、死体でもなく━━その狭間。
 生きておらず、死んでいない。
「そ、そうか。…………それじゃあ、名前は? 自分の名前くらい、分かるだろ?」

「うーん、名前……」

 おい、なぜ間を開ける。
 そこは即答しろよ。
 まさか、名前すら分からないとか……いや、これ以上考えるのはよそう。
 さあ、己の名を名乗るのだ! ワッチャーネーム!?

「あれ? 私、自分の名前を思い出せない……」

 がく。
 と崩れ落ちた俺へ、満面の笑みを浮かべて。

「ごめん! 私、名前忘れちゃった!」

「なんでだよ!? 自分の名前くらい覚えとけよ!」
 おっと、いかんいかん。
 怒りのあまり、つい他人への礼儀を失っちまったぜ。
 けどまあ、こいつとはあまり歳の差を感じないし、俺より年上なんてあるわけがない。

 よってセーフ。

「名前が無かったらなんて呼べっつうんだよ……。まあいいや。次の質問。お前、どうやってアレを倒した?」
「あ、急に『君』じゃ無くなった! どうして!」
「きみを したに みてるから」
「うわ、この人がおかしくなった!」
「うるさい だまれ ばか……痛ってぇえええ!!」
「うるさいのはそっち! 黙るのはそっち! 馬鹿はそっち!」

 お。頬を膨らませて怒ってる。少し可愛いな。

「と、とにかく! どうやって倒したんだよ」
「それはもちろん、この子でスパッと斬ってやったんすよ!」
 スパじゃなくて、ズバズバな希ガス……。
「それに、この刀は特殊な力で出来ていて、宿った人間を傷つけず、想獣だけ・・を鎮める刀なの!」

 想獣ってなんぞや?

「へぇ、その刀でね……。でも良いのか? お前みたいのが、そんな業物わざものを振り回して。危ないだろ」
「それがねー、大丈夫なんだな!」
「は? どうして?」
「よくぞ訊いてくれた!」
 それから、しばらくの間が過ぎ、小さな胸を張って彼女は言う。

「私には、想獣そうじゅう耐性が付いてるからね!」
「想獣……? 耐性……?」

 想獣。

 なんか、字面が怪獣みたい。ややこしい。
「そうか。あなた、想獣を視ることはできても名前は知らないのね」
「てことは……あれ・・が想獣って言うのか?」
「そうだよ」
 なるほど。

 そして彼女は、想獣について語る。

 ━━この世界は、数多の概念によって作られている。

 その中でも俺達人間は、極めて特殊な物らしい。
 人間から生じる感情━━意志が『概念』となり。
 その『概念』が『想い』になり。
 そしてその『想い』はやがて━━自らが意志を持った存在、『想獣』と成る。

 ━━意志から生まれ、意志を持つ。

「…………原点回帰って訳か……」
「そして! その想獣を鎮しずめる役割を担った私達こそが、『想獣狩りソビト』と呼ばれているっ! はい、説明終了ー」

 ━━想獣狩り。

 そんな人達が、今までいたなんて、思ってもいなかった。

「それじゃあ、お前もその『想獣狩り』って奴なのか?」
「まあ、そんなとこだね」
「さっきからてめぇ、同意しかしてねぇじゃねえか」
「それがなによ。ふん!」
「ダネダネうっせぇ。どっかの研究所に行けば貰えんのか?」
「私は誰の物でもないよーだ」
「そうですか。それは本不思議フシギダネ」
「はぁーあ、なんか疲れちゃった」
 そう言うと、そのまま地べたに寝そべってしまった。
 ったく、まだ夜なんだから気をつけろっての。

「ん? …………そうだ!」

「は? 何が?」
「そうだよ! 私、とっても良いこと思いついた!」
「だったら俺も良いことを教えてやる。誰かにとっての好都合は、誰かにとって不都合だという事をな」
「いいから聞いて!」
「わ、分かったからその手を離せ! 振り回すな!」
 案外素直に離したな。
 数秒の間を明け、放たれた言葉は。

「━━私に代わって、想獣狩りをやってくれない?」

「やってくれない」
「なんで!?」
「やるわけねぇだろ! そんな危険なこと!」
 あんなもんを間近で見せられて、自分もやりたいですなんて言い出す奴とか、正気の沙汰じゃねぇだろ。

「簡単だよ! 想獣への耐性が付いてれば誰でもできるって!」
「……なるほど。━━……それじゃあ耐性が付いてねぇ奴にやらせる事じゃねぇよなぁ!?」

 お前それ、外人に『アナタニホンゴシャベレマスヨネ?』つってるようなモンだからな!? 世界の共通言語は英語なんだよ! 覚えとけ!

「じ、じゃあ、こうしよう!」
「あ? 今度はなんだ?」
 私と一緒にやろうなんて言い出したら、前髪を掴んで投げ飛ばしてやる自信があるぞ。
「私と一緒にやらない? 教えながらやるから! って、きゃあああ!!」

 案の定かよ!

「はな、離して!」
「離すか! ずっとこのままにしてやる。ぐへへ……」

「ふっ!」

 ━━……彼女の肘が猛スピードで飛んできた先は、僕の下半身でした。
 あの大太刀とまでは行きません。でも、『並』程度の剣でした。

「ぐぼぉあ%#なわはd-29/#▼8さやた%@ぁあああ!!」

「だ…………大丈夫?」
「だい、じょうぶじゃ、な、い……」
 くそ……女だからと言って油断した……。
「もーしらん! やるか!」
「えぇー!? ショック……」

 僕の股間もショッキングナウ。

「大体、なんで俺なんだよ! 違う人に頼めば良いだろ」
「うーん、それもいいんだけど……」
「な、なんだよ?」
 いきなり顔を近づけやがって。……と、ときめいたりなんてしないんだからね!
「……なんだか、あなたなら想獣に対して十分耐性があるように見えるし、似合いそうな気がするの」
 今すぐ眼科へ行く事をおすすめするの。
 俺の何を見てそんな気がしたんだよ。しかも、かなり真剣な眼差まなざしで。

「……だめ?」
「ダメだ」
「どうしてもだめ?」
「ぅるせえな! ダメなもんはダメなんだ!」

 ━━辺りが、静寂に包まれる。

「……他をあたりな」
「そっか……。うん! そうだよね! じゃあ、今日は諦める!」

 切り替え早いなこいつ。……って、ん?

「お前、もう来ないよな?」
「何言ってるの? 今日がダメなら、また明日来て、明日がダメならまた次の日に来ればいいんだよ!」
「よくねえよ。俺は明日も明後日も、この命尽きるまで断り続けるつもりだ」
「それに、私嬉しいの!」
「は?」

 すると突然、俺の元へ体を近づけ、琥珀色の瞳で俺を見つめる。

「……私、今までこんなにお話したこと無かったから、あなたと会えて嬉しい!」
「な、なんだよ急に。調子狂うだろが」
「だから、一緒に想獣を鎮めるのは無理でも、たまに私と一緒にいてくれたらって……」
 まあ別に、こいつは、見た感じはかなりの美少女だしな。例の件を持ち出さずに話だけするってんなら、付き合ってやってもいいかもしれない。

「……分かった。それじゃあ、話したくなったらまた来い」
「やったあ! ありがとう! えーっと……」

 そういや、名乗ってなかったな。

「咸木結祈。覚えとけよ」
「うん! よろしく、ユーキ!」
 伸ばすなや。
「ああ。俺の日常に影響を来きたさない程度にな」
「分かってるよ。……あ!」
「え? 何?」
「私、思い出した!」
「いや、伝わらねぇよ」
 忙しい奴だな。

「私の名前!」

「名前。……ああ。お前の名前か。それで?」
「私の名前は、『ヒツネ』!」
「ヒツ……ネ…」

 俺の質問に、食い気味にそう答える少女……もとい、ヒツネ。
「そうか。なら、これからよろしくな。ヒツネ」
「うん! よろしく!」

 宵闇に包まれた街の中で、その笑顔が輝いて見えた。

 なんだか、元気が出てきた。よし! このまま家へレッツゴー……
「そういえばユーキ、誰かと待ち合わせしてるんじゃなかったっけ?」
  「…………あ」

「━━忘れてたぁあああ!!」

 そうだった! 俺、待ち合わせしてるんだった!
 こりゃ、家へ帰る前に土へ還るかもしれねぇなぁ……。
「じ、じゃあなヒツネ!」
「うん! じゃあね!」
 そして、ヒツネは再び、見た目に相応しい笑顔を浮かべて言った。

 ━━俺は、死ぬために走り出した。はあ……。

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