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251 指先さえ届けばいい詩

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ゲンジは歌う。

それもヤマモトタロウと勇太のあと。

タロウは、この男子に甘い世界なら歌手として売り出せるレベル。勇太は女神印の反則な声で、中学生をうっとりさせている。

はっきり言えば、女の子はふたりの歌の余韻に浸っている。

タロウや勇太と女の子が話して、ざわざわしている。

おそらく自分の歌は、クラスメイトにもカフェの女性にも聞き流される。ゲンジはそう思う。


けれど、今のゲンジには些細なこと。左側を見た。メイちゃんだけは自分の方を見てくれる。

♪₩♪♩♩♩♪♪♪

ゲンジはリズムを取っている。だけどほとんど場所を動かない。

メイちゃんと向かい合った。

ふたりで、にっこりと笑った。

ゲンジは前触れもなく歌い出した。

最初、ゲンジの歌声はあまり聞こえなかった。

「あれ?」
「・・ゲンジ君、歌ってる」

みんなが気付いた。けれどゲンジは、ただ前を向いている。

そう、メイちゃんだけを見ている。

今は、受験に集中したいメイちゃんの邪魔はしないと言った。だから励ますだけ。

年末に公園で泣かせたときのように混乱させない。勇太に失恋した心をかき乱さないよう、余計なことはしない。

ただ気持ちが溢れるのは抑えられない。目の前の女の子に向けて歌っている。

クラスメイトはゲンジだけでなく、メイちゃんも見ている。

語るように詩を綴るゲンジが、ほんの少しだけ手を開いた。

メイちゃんも手を出して、指先がほんの少し触れた。

♪♪♪♪♩♩♩♪♩

みんながふたりに聞いても、付き合っていないと言う。

受験が終わって新生活が始まるまでは、すべて保留だと。

けれどゲンジメイちゃんは、相思相愛にしか見えない。

♪♪♪♩♩♩♩

「♪♩♪静かな君の後ろには♪♪♩」

ゲンジもメイちゃんも、カフェの中にたくさん人がいるのに、お互いしか見ていない。

歌は、タロウと勇太の方がうまいのだろう。

漏れてくるゲンジの歌は、それに比べたらレベルは低いのかもしれない。

けれど、表現力というのか、向けた相手がはっきり分かる。

メイちゃんだけに感情を向けている。

タロウの歌も、勇太の歌も、多くの人に訴えかける力がある。

ゲンジの歌を例えるなら・・

ただの小さな花。

その、たった一輪しかない花を差し出す男の子。そして差し出される女の子。

ゲンジの歌は、メイちゃんの心を撃つために特化しようとしている。

タロウはゲンジの前に歌った。メイちゃんがすごく拍手してくれた。自分の彼女3人も喜んでいる。

その彼女3人の方から、メイちゃんがその気になるなら、受け入れていいと言われた。

一時は女同士の冷戦状態だったけど、メイちゃんの憂いを帯びた目には女同士でも感じるものがあった。

クリスマス前に勇太とメイちゃんの親密さを見たからこそ、付き合わないのではなく、付き合えないのだと思った。

するとタロウと同じ考えに至った。
勇太とメイちゃんは『名乗れない異母兄妹』の関係にあると考えた。

そうなると同情的になった。

こんな世界で、男子の方からアプローチされて好きになってもらえた。

なのに、メイちゃんは勇太との間を、血縁という大きな壁に阻まれた。

心を砕く悲恋劇。

余計なフィルターを取り除いて考えると、メイちゃんがタロウやゲンジの彼女にならないのは当たり前。

心を痛めている。

むしろ、安易な恋とセック●に逃げないメイちゃんに一目置いている。


タロウは、やっと分かった。

この世界の当たり前として、メイちゃんを4人目の彼女として求めた。

そんな普通の感覚では、メイちゃんのみを求め、多くの女を愛そうとしない『異常者』にはかなわない。

その異常者同士がお互いを見つけてしまっている。

見切りを付けたい。

だけどふたりが綺麗に映る。


タロウは悔しい。

そして見ている女の子達は、まるで男女比1対1の架空ラブストーリーのような世界に見とれている。
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