上 下
225 / 266

225 あきらめなければ助けてやる

しおりを挟む
ゲンジは勇太のテストを受ける気分で、歌おうとしている。

リーフカフェの中。開店から1時間弱。

それでもテーブル席には20人が座り、テイクアウトの商品を買いに来た12人のお客さんもいる。

女性からの注目を一斉に浴びている。

頭が真っ白になった。

最近は、それなりにクラスや学校で注目されている。清潔にしたら、希少な男子ということで声をかけられる。

かなり人と話せるようになった。

けれど進歩していないとゲンジは思った。

メイちゃんに助けられたとき、ヤマモトタロウに睨まれて固まった。

ヤマモトはメイちゃんの印象を良くするためなのか、行事の時に頼まれれば教室の前に出て挨拶するようになった。

ゲンジも2学期の終わりに、ひと言を頼まれたが尻込みした。

改めて、そういうものから逃げてきた自分を後悔する。

♩♪♪♪♩♪♪♩

とっくに勇太のギターは前奏部分を終えている。そのまんま、もう3小節くらい先を弾いている。

ゲンジは声が出ない。メイちゃんと一緒に放課後に歌ってきたカオルのテーマソング。歌詞も完璧に覚えたのに、足がすくんでいる。

不合格だ。涙が出そうだ。


けれど勇太は何事もなかったかのように呼びかける。

「ほれゲンジ、落ち着け。次はうまく入れ。導入部分で合図する」

「え?」

「失敗したらやり直したいって言え。逃げるな。そしたら助ける」

♩♪♪♪♪♩♩♪♪

勇太は話ながら、適当に音を鳴らしている。お客さんも、そういう演出かと見ている。

勇太は今、この歌を贈ったカオルの顔を思い浮かべている。

「お姉さん達が目の前にいるけど、失敗しても誰もお前をとがめたりしない。おいゲンジ」

ゲンジは勇太の顔を見た。

「お前だけはメイちゃんの顔を思い浮かべろ」

「は、はい!」

パンッ、とギターの木の部分を勇太がたたいて鳴らした。

「♪♩♪あきらめない君は♪♪♩♪」

今度は歌えた。声は震えているゲンジ。声はまだ小さい。

だけど一小節ごとに音量は上がっていく。

歌はうまいけど素人レベル。ギターも普通。

スマホを向けたお客さんの大半は純子&風花の演奏も、ここで聞いている。レベルは数段落ちる。

けれど必死なゲンジの歌が、女性達の心に響く。

ゲンジは、目の前を気にしていない。メイちゃんの笑顔だけを思い浮かべている。

真剣に話を聞いてくれるメイちゃん。

震えながら目の前で庇ってくれたメイちゃん。

「♩♩僕は君の後ろ姿を♪♪♪♪」

サビの部分から、勇太も加わった。勇太の横でゲンジの姉3人も加わった。

ゲンジ姉達は、勇太の女神印な歌を直撃で浴びた。

この効果で高揚感マックスになり、姉3人の声に艶が乗った。

「♪♪♪♩頑張ろう♩♪♩₤」

お客さんから、惜しみ無い拍手が送られた。

たった1曲で、ゲンジは汗びっしょり。

だけど達成感はある。

姉3人を見ると顔が紅潮している。


「ゲンジ、もう1曲くらい、いっとくか?」

「・・はい。じゃあ、『泳ぐ君と僕とのバラッド』でお願いします」

「お、生意気なやつだな。もうリクエストか?」

あくまで厳しいお兄ちゃん目線。マウンテンゴリラだ。

「お願いします!」

それには答えず、勇太はイントロを弾き始めた。

♩♪♩♪♪♩♩

イントロに混じって、勇太の声が聞こえてきた。

ぼそっ「ギリ合格」

「・・・え?」

♪♩♪♪♪♪♪

「ほら、また歌い始めのとこ逃してるぞ」

「あ、すみません」

「どうする」


「もう一回トライさせて下さい」

「よっし、オッケー」

♪♪♩♪♪♪♪♩♩♪


メイちゃんは、冬季講座を受けていてリアルタイムで見ていなかった。

けれど休み時間、友人からタブレットで録画を見せられた。

歌い出す直前『お前だけはメイちゃんの顔を思い浮かべろ』『は、はい!』勇太とゲンジの声が入っていた。

ゲンジの気持ちは分かった。いや、もう知っていた。

正直、まだ勇太への恋心は消え去っていない。

それに自分が、再び希少な男子から好かれるなんて信じられなかった。だから戸惑っている。

この世界、成熟した女性なら迷わず飛び付くチャンスが来た。

けれどメイちゃんは、そこまで達観していない。

塾の廊下、友人に囲まれて顔を赤くしている。


いや、それ以上の問題が発生しているぞ、勇太。

東京に向かうリニアモーターカーのグリーン車。伊集院君が、配信された光景を見ている。

そして焦っている。

「ゆ、勇太君、僕と一緒に歌ったときより生き生きしていないかい・・。僕が一番の友達だよね」

返事をしない録画映像に向かって、必死に呼びかけている。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

貞操逆転世界の男教師

やまいし
ファンタジー
貞操逆転世界に転生した男が世界初の男性教師として働く話。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

処理中です...