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81 泥臭いだろ、勇太君
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インターハイ柔道の最終日。
全13階級の個人戦決勝戦を残すのみとなった。順番は今朝、役員がランダム抽選で決めた。
明かに作為が入っている。
試合場は4ヵ所だけを使う。3試合×4場の12試合が終わったあと、63キロ級。
カオルと不知火マイコの試合が単独で行われる。
勇太ら3人は、運営委員会の人達に観戦場所を提供された。特例ということで、役員席のスペースで観戦させてくれる。
試合場の真横。
勇太に柔道連盟の高校運営委ではなく、本部のトップ役員が挨拶に来た。
153センチの小柄な女性で50歳くらいの人。かつての柔道スターだった鬼塚一子。
勇太は、前世で五輪2連覇を果たした鬼塚一郎のパラレル体だと思った。確か身長185センチくらいあった、100キロ級だったと記憶している。
パラレルカオルと今川薫どころじゃない変わりようだ。
この3日間で、少し人気が下火になっていた柔道の価値が高まっている。間違いなく勇太効果だ。
鬼塚一子は、勇太に連盟に関わってもらえるように動いている。まずは半年後の世界柔道・日本大会で何か仕事をしてもらえないかと思っている。
2日前のインターハイ関連のニュースは、人気のサッカーを押さえて柔道が堂々の1位だった。
去年の柔道は9位だった。
大会参加中に男子と結婚の約束をした今川カオル。将来は間違いなく連盟の顔になってもらう不知火マイコ。
2人は同階級で、ライバルということで注目を浴びている。そのきっかけを作ったのは勇太だ。
それを除いても、その勇太が来てから、会場内のあちこちで柔道をアピールしてくれている。
ネットのインターハイ関連ニュースも、柔道、今川薫、坂元勇太、不知火マイコ、花木留奈、坂元梓、の検索数が多かったと聞いている。
鬼塚の4歳の孫が最近歌っているパンの歌も、勇太が作ったと聞いて驚いた。
鬼塚一子は呟く。「くそう、私の現役時代に勇太君が現れてたらなー」
鬼塚一子、妻4人で子供8人、孫が2人。家族に恵まれているが、不知火マイコ同様の男前キャラ。男子に興味があるのに縁がなかった。
◆
勇太らは、桜塚ハルネ部長の試合を応援している。
対戦相手は北海道代表のサクラリンゴ。
「桜塚部長ー、頑張ってー!」
極限まで集中しているハルネには、何も聞こえない。
美人ではないが、横顔が素敵だと勇太は思った。普段の恋愛に興味津々な面白キャラではない。
試合が始まって、ハルネは劣勢だった。
戦前の評価はサクラが1番目でハルネは6番目。順位だけみれば、ハルネが勝てない相手とは断言できない。
ただサクラの1番は、高校生の枠を超えて国内トップなのだ。
同じ高3でもサクラは、社会人、大学生の強豪を押しのけ2年後のニース五輪出場の最有力候補。インターハイ個人戦の3連覇に王手をかけている。
開始4分、勝負が決まった。
ハルネは内股を食らって、宙を舞った。
ギリギリで体をひねって転倒。これで転げたのは4回目。すでに3つの有効を取られていた。ハルネはノーポイント。
「ぐわっ」。技あり。
サクラ選手が押さえ込みに来た。
ハルネの目が大きく開いた。「うおおおおお!」
ハルネは、相手を死ぬほど研究してきた。春頃に右腰を痛めているサクラは、かがむときにほんの少し動きが悪くなるときがある。
ヒデオを100回して気付いたくらい、ほんの少しだ。
ハルネは、サクラも3日間で試合を重ねれば、多少は腰に影響が出ると予測していた。
ここに勝機を見いだすしかないと思っていた。
「泥臭くてもいい、カオル、力くれえ!」
押さえ込まれる前に、サクラ選手の帯をつかんだ。左手の薬指がねじれる感覚があったが構わない。
ハルネは柔道を真剣にやってきたからこそ分かる。
自分の才能では、世界には通じない。サクラみたいに、五輪の金メダルを計算できるやつとは違うと。
だからといって、あきらめる理由にはならない。
ハルネの作戦は功を奏した。意表を突かれた相手をひっくり返し、その瞬間に押さえ込んだ。
もう一度やれと言われても、恐らくできない。それくらいに手足が完璧に動き、技に入ることができた。
もがくサクラを全力でつかんだ。ズリズリと動くサクラを畳の上に押さえ付けた。
そして30秒が過ぎた。試合終了12秒前。
ハルネが優勝した。
礼をしてサクラに肩を抱かれた。
試合場を出たところで、茶薔薇の部員達が待っていてくれた。勇太も出てきた。
「おめでとうございます、部長」
「すごい」
「おめでとうハルネ」
部員達も喜んでくれていて、みんなと抱き合った。
勇太も待っていてくれた。
「はは、我ながら華やかさの欠片もない勝ち方だな・・」
「いいえ、すごく格好良かったです、あんな素晴らしい極め方、初めて見ました」
「胸、借りていいか」
「はい」
勇太も抱き締めてくれた。ハルネは静かに涙を流した。
勇太は、ハルネの涙は綺麗だと思った。
ネットにも映像が流れたが、アンチはゼロ。
最近は冷静なルナさえも涙が出た。
全13階級の個人戦決勝戦を残すのみとなった。順番は今朝、役員がランダム抽選で決めた。
明かに作為が入っている。
試合場は4ヵ所だけを使う。3試合×4場の12試合が終わったあと、63キロ級。
カオルと不知火マイコの試合が単独で行われる。
勇太ら3人は、運営委員会の人達に観戦場所を提供された。特例ということで、役員席のスペースで観戦させてくれる。
試合場の真横。
勇太に柔道連盟の高校運営委ではなく、本部のトップ役員が挨拶に来た。
153センチの小柄な女性で50歳くらいの人。かつての柔道スターだった鬼塚一子。
勇太は、前世で五輪2連覇を果たした鬼塚一郎のパラレル体だと思った。確か身長185センチくらいあった、100キロ級だったと記憶している。
パラレルカオルと今川薫どころじゃない変わりようだ。
この3日間で、少し人気が下火になっていた柔道の価値が高まっている。間違いなく勇太効果だ。
鬼塚一子は、勇太に連盟に関わってもらえるように動いている。まずは半年後の世界柔道・日本大会で何か仕事をしてもらえないかと思っている。
2日前のインターハイ関連のニュースは、人気のサッカーを押さえて柔道が堂々の1位だった。
去年の柔道は9位だった。
大会参加中に男子と結婚の約束をした今川カオル。将来は間違いなく連盟の顔になってもらう不知火マイコ。
2人は同階級で、ライバルということで注目を浴びている。そのきっかけを作ったのは勇太だ。
それを除いても、その勇太が来てから、会場内のあちこちで柔道をアピールしてくれている。
ネットのインターハイ関連ニュースも、柔道、今川薫、坂元勇太、不知火マイコ、花木留奈、坂元梓、の検索数が多かったと聞いている。
鬼塚の4歳の孫が最近歌っているパンの歌も、勇太が作ったと聞いて驚いた。
鬼塚一子は呟く。「くそう、私の現役時代に勇太君が現れてたらなー」
鬼塚一子、妻4人で子供8人、孫が2人。家族に恵まれているが、不知火マイコ同様の男前キャラ。男子に興味があるのに縁がなかった。
◆
勇太らは、桜塚ハルネ部長の試合を応援している。
対戦相手は北海道代表のサクラリンゴ。
「桜塚部長ー、頑張ってー!」
極限まで集中しているハルネには、何も聞こえない。
美人ではないが、横顔が素敵だと勇太は思った。普段の恋愛に興味津々な面白キャラではない。
試合が始まって、ハルネは劣勢だった。
戦前の評価はサクラが1番目でハルネは6番目。順位だけみれば、ハルネが勝てない相手とは断言できない。
ただサクラの1番は、高校生の枠を超えて国内トップなのだ。
同じ高3でもサクラは、社会人、大学生の強豪を押しのけ2年後のニース五輪出場の最有力候補。インターハイ個人戦の3連覇に王手をかけている。
開始4分、勝負が決まった。
ハルネは内股を食らって、宙を舞った。
ギリギリで体をひねって転倒。これで転げたのは4回目。すでに3つの有効を取られていた。ハルネはノーポイント。
「ぐわっ」。技あり。
サクラ選手が押さえ込みに来た。
ハルネの目が大きく開いた。「うおおおおお!」
ハルネは、相手を死ぬほど研究してきた。春頃に右腰を痛めているサクラは、かがむときにほんの少し動きが悪くなるときがある。
ヒデオを100回して気付いたくらい、ほんの少しだ。
ハルネは、サクラも3日間で試合を重ねれば、多少は腰に影響が出ると予測していた。
ここに勝機を見いだすしかないと思っていた。
「泥臭くてもいい、カオル、力くれえ!」
押さえ込まれる前に、サクラ選手の帯をつかんだ。左手の薬指がねじれる感覚があったが構わない。
ハルネは柔道を真剣にやってきたからこそ分かる。
自分の才能では、世界には通じない。サクラみたいに、五輪の金メダルを計算できるやつとは違うと。
だからといって、あきらめる理由にはならない。
ハルネの作戦は功を奏した。意表を突かれた相手をひっくり返し、その瞬間に押さえ込んだ。
もう一度やれと言われても、恐らくできない。それくらいに手足が完璧に動き、技に入ることができた。
もがくサクラを全力でつかんだ。ズリズリと動くサクラを畳の上に押さえ付けた。
そして30秒が過ぎた。試合終了12秒前。
ハルネが優勝した。
礼をしてサクラに肩を抱かれた。
試合場を出たところで、茶薔薇の部員達が待っていてくれた。勇太も出てきた。
「おめでとうございます、部長」
「すごい」
「おめでとうハルネ」
部員達も喜んでくれていて、みんなと抱き合った。
勇太も待っていてくれた。
「はは、我ながら華やかさの欠片もない勝ち方だな・・」
「いいえ、すごく格好良かったです、あんな素晴らしい極め方、初めて見ました」
「胸、借りていいか」
「はい」
勇太も抱き締めてくれた。ハルネは静かに涙を流した。
勇太は、ハルネの涙は綺麗だと思った。
ネットにも映像が流れたが、アンチはゼロ。
最近は冷静なルナさえも涙が出た。
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