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64 不器用な優しさ

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左手首の深刻な怪我を、なかったことにすることにした勇太。

ただし女神印の回復力でも、アメコミヒーローほどは極端ではない。

本当の完治まで1日、最低限の回復でも40分と見立てた。カオルに悟られないように時間を稼ぐことにした。

ルナが駆けつけてきた。
「勇太、大丈夫?」
「問題ないよ。すぐに治るって」

ルナが柔道着の袖から出ている左手を見ると、手首が腫れている。紫色の部分もある。

ぼそっ。「ルナ、俺ってちょっとだけ特異体質なんだ」

「え、そうなの」
「ちょっと回復力が強めなの。もし、1時間しても腫れてたら病院に行くよ」

セック●5時間の耐久レースに付き合ったルナは、勇太の回復力にモロに心当たりがある。思い出して顔も赤くなった。

「け、けど・・」
「ほら、カオルが不安そうに見てる。お願い、普通にしてよ。インターハイも近いのに気に病ませたくないから、協力して」

ルナは、こういうときの勇太の考え方って男子なのに優しいと思った。

ただ、それと怪我は別だ。しかし勇太は、あまり気にした風でもない。


ルナに目配せして、一緒にギャラリー女子の方に近付いて行った。

なんというか、簡単にいえばギャラリーに大丈夫をアピールする。

間違ってネットで、自分をカオルが怪我させたなどと流されたくない。カオルの不安を取り除きたい。

1時間くらいカオルと物理的に距離を取る。

とっさに考えたのは、下手な演技と営業。


早速、部活をサボって勇太を見に来たラガーシャツ女子に声をかけられた。
「あの、坂本さん、左手を怪我しませんでした」

「大丈夫だよー、ちょっと休憩。営業もさせてねー。みんなクッキーいらない?」

「え、ネットで見る、アレですか」
「ほしー」
「私もいただけるなら」

「ちょっと待ってね。生地は本職の人が作ってるから味は確かだよ。ルナ手伝って」

「やったー」

今日は茶薔薇学園に来る前に、パンのウスヤをアピールするためクッキーを山ほど焼いてきた。

それを荷物から取り出して持ってきた。

「一つの包みに3枚しか入ってないけど、欲しい人はどうぞー」

たちまちギャラリー女子に勇太とルナが囲まれた。

「可愛い子に囲まれてうれしいなー」

「え、初めて男子に言ってもらいました」
「うれしい!」

ルナは普段と違う勇太の浮かれっぷりを見た。だけど、嫌な感じはなかった。

「あ、あの勇太さん、私達にもあーんしてクッキー、していただけないでしょうか」

自分も、私も、と希望者が殺到。40人のギャラリーが武道場の端で縦一列に並んだ。

「お、時間稼ぎにちょうどいいな」
「そうだね。カオルには勇太は大丈夫って言ってくるね」

勇太の呟きで、改めてルナは納得した。梓に見せたら鬼の形相になる光景だが、カオルのためにやっている。

ルナは勇太とアイコンタクトを取って練習に戻った。

「ラグビー部2年、アサダカリナです。あーん」。ぱくっと、勇太からクッキー。
「吹奏楽部1年、キクタです、楽器はクラリネットです。あーん」。ぱくっ。

「陸上部ハルヤマレイナ。23歳。現在は彼女が2人います。年下男子も大歓迎です。あーーん」

大人っぽいと思ったら教師までいた。生徒にブーイングを食らっていた。

「はーい、パラ横商店街のウスヤさんでは、クッキーも売ってまーす」

「分かりましたー。あーん」

7人目の生徒がちらっと見たのは、勇太の左手。ぎょっとした。

彼女は空手部ゴウダカナでカオルの友人。格闘系女子だから怪我も多い。勇太の左手首の腫れ方が、空手部員の去年の怪我にそっくりだと思った。

その仲間は、手の甲骨が折れていて1か月半も部活を休んだ。

笑顔で平然としている勇太を、カオルが心配そうに見ているときがある。そのカオルに勇太が左手を振っている。

勇太が痛いのを我慢して、手を振っていると思った。

希少な男子なのに、カオルにも優しいと聞いている。

ぼそっ。「激痛のはずなのに、カオルを不安にさせないために笑ってる?」

とんでもない優しさを感じる。

カオルには聞いている。ルナと梓は嫁確定だけど、自分は別枠。どちらかといえば友人だと。

カナは確信した。そんなことないやん。さっきの行動といい、カオルも十分に勇太君の嫁枠やん、と。

目の前の男子はフツメン、普通の身長。だけど、すごく魅力的。

汗まみれなのに臭くない。むしろ引き寄せられる。それに声も笑顔もすごくいい。

帯の締め方も甘いから、あーんしたとき、胸板が視界に入る。


40人にクッキーを食べさせ終わった。そしてカオルとの関係の質問タイムで45分が経過していた。

ちょっとくどいやり方だけど、確実に時間を稼いだ。

もう勇太の左手首に痛みはない。うっすらと赤みが残っているけど、もう完治は近い。

「すみません、もう治ったんで、練習に参加させて下さーい」

カオルに左手をにぎにぎして見せた。
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