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27 聖女の癒し、悪魔の略奪
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◇◇カナワ冒険者ギルマス、ラグ◇◇
魔法剣士の俺は前から、ユリナのスキルの隠された部分を見たかった。
いや、利用する気はない。新人時代から36年も冒険者ギルトに携わって、初めて見た予測がつかないスキル。
「スキルオタク」の血が騒ぐのだ。
だが、見る機会は最悪の形で訪れた。
冒険者ギルドでも要注意とされているカスガ男爵家。そこでも最低な長男ワルダーに、ユリナの自己回復スキルを知られたらしい。
自分の利益のためにユリナを確保に来て、我々も巻き込むトラブルの末に、ファイアランスをギルド内でぶっ放しやがった。
ユリナとリュウに炎が当たった。
ユリナ自身は右手に負った大やけどが瞬時に治った。
リュウを見ると、こちらは絶望的だった。左の脇、心臓付近の胸が焼け焦げ、炎の魔力は内側まで達していた。
リュウの状態から復活したやつを見たことがない。
しかし、ユリナがリュウの頬に手を当てて『超回復』と唱えると、奇跡が起きた。
魔法の反応はなかった。魔力の残滓もなにもない。
なのに、リュウが一瞬で復活した。何もないのに・・
い、い、いやいやいや、異変があった。ユリナが縮んでいる。身長が160センチから150センチを切るくらい、小さくなっている。
ギルドの中に残っていた人間は、ユリナの変化には気付かない。回復魔法のようなものを見て、あっけに取られた。声も出ない。
ユリナの仲間も悲痛な面持ちでユリナを見ている。
だが、沈黙を破ったのは、トラブルを引き起こしたあいつだ。
「ユリナ、やっぱりお前は他人も完全回復できるのか。我がカスガ男爵家が後ろ盾になってやる。王にも会わせてやる。一緒に来い!」
しくじった。
騎士4人を拘束していたから油断した。殴り倒して放置していたワルダーが、ギルドの受付嬢の首にナイフを当てて人質に取っている。
これで完全な犯罪者だが、そんなことを言っている場合ではない。
「そこの職員と冒険者、騎士達の拘束を解け。そしてユリナ、1人でこっちに来い」
最悪だ。
ユリナは、立ち上がって言った。
「分かった。その受付嬢さんを離して。ワルダー、あなたと一緒にカスガ男爵家に行くわ」
「ユリナ!」
「リュウ君、ここでお別れよ・・」
リュウに小さな革袋を渡した。
解放されたワルダーの騎士1と騎士2が左右からユリナをつかんだ。
「汚い手で触らないで。後悔するわよ」
「へっ。こんな細い腕で何ができる」
「そっちこそ、痛めつけてやろうか」
ユリナの雰囲気が変わった。
「とうか・・」。何か呟いた。
「おらっ、来い!」
「生意気な・・え?」
俺は息を飲んだ。
騎士2人がユリナをつかんでいた手が離れた。
手首から指先まで、骨に皮を張り付けたように干からびて、物が握れないのだ。
ユリナが『超回復』と唱えたときと同じく、魔力反応はゼロだ。
「うわわわわ!」
「俺の手、手がああ!」
あっ、ユリナの身長が元に戻っている。
何なのだ、あの現象は?
異変を感じた騎士3、騎士4がユリナに近付いたとき、彼女はなんと、自分の首にナイフを刺した。
瞬時に吹き出す血が止まったユリナは、怯んだ騎士2人の手をつかみ呪文を唱えた。
今度は聞こえた。「等価交換」だ。
片方の手がミイラ型モンスターのようになった騎士4人を見てユリナは言った。
「座って、いい子にしてなさい。そしたら元に戻してあげる。勝手に立ったら一生そのままよ」
「あ、あ」
「ひいいい」
騎士4人は従った。
ユリナはワルダーに向き直った。
「く、来るな、来るな。この受付嬢を殺すぞ!」
「・・殺れば?」
悪手だ。ワルダーは虚勢は張るが気が小さい男の典型だ。
受付嬢の首に当てていたナイフを思い切り引いてしまった。
ブシュッ。頸動脈が切れた。
受付嬢の首から吹き出す血を浴びながら、ユリナは受付嬢に急接近し、顔に手を当てた。
『超回復』
「え、あれ?」
ユリナに引き寄せられた受付嬢は、自分の首を手で触り、何が起こったか分からないでいた。
「ワルダー、おとなしくしなさい」
「ひいいい、来るな」
ザクッ、ザクッ、ザクッ。
ユリナはワルダーの振るうナイフが当たっているのに、何もなかったかのように立っている。
「リュウ君を殺そうとした奴は、楽に死なせてあげない」
ユリナは手を伸ばすと、指先をワルダーの下唇に当てた。
「等価交換」
「ひゃひへょ?へ?ひゃひゅへり」
ワルダーの下の歯茎がむき出しになり、歯が何本も抜け落ちて舌もしぼんでいるようだ。
ユリナは自分の手首を切り、ワルダーの両手をつかんで再び同じことをした。
「あなた達、男爵家の馬車で来たんでしょ。停車場に案内しなさい。嫌なら、手も口も治さない」
戦う決意をした者の目だ。
ユリナのスキル。
あれは女神、はたまた魔神のスキルだ。
自分の体を分け与え、リュウの傷を癒やしたのだ。
かと思えば、敵の身体を壊して自分の体を修復している。
魔法戦士の視点で見ると、戦う能力としては穴だらけだ。
だが、あの力があれば「聖女」になれる。
逆に「悪魔」として追われる危険性もある。
もっと彼女の活躍を見ていたいが、彼女は街を出て行くだろう。
箝口令を敷く前にギルドから何人か出て行った。
その中に、領主が飼っている諜報員もいた。話はすぐに、領主のカナミール子爵にも届くだろう。
ちょうど王も延命のため「未知のスキル」を探し、各貴族に情報提供を求めている。タイミングも悪すぎる。
子爵自身はまともなほうだ。だが貴族として、あれほどのスキルを放っておくはずがない。
それを分かっているから、ユリナの仲間は人前での使用を止めたのだ。
ユリナ、お前は私の想像以上にとんでもないものを手に入れた。
けれどいつか、お前が望む「ささやかな幸せ」をつかめることを祈りたい。
魔法剣士の俺は前から、ユリナのスキルの隠された部分を見たかった。
いや、利用する気はない。新人時代から36年も冒険者ギルトに携わって、初めて見た予測がつかないスキル。
「スキルオタク」の血が騒ぐのだ。
だが、見る機会は最悪の形で訪れた。
冒険者ギルドでも要注意とされているカスガ男爵家。そこでも最低な長男ワルダーに、ユリナの自己回復スキルを知られたらしい。
自分の利益のためにユリナを確保に来て、我々も巻き込むトラブルの末に、ファイアランスをギルド内でぶっ放しやがった。
ユリナとリュウに炎が当たった。
ユリナ自身は右手に負った大やけどが瞬時に治った。
リュウを見ると、こちらは絶望的だった。左の脇、心臓付近の胸が焼け焦げ、炎の魔力は内側まで達していた。
リュウの状態から復活したやつを見たことがない。
しかし、ユリナがリュウの頬に手を当てて『超回復』と唱えると、奇跡が起きた。
魔法の反応はなかった。魔力の残滓もなにもない。
なのに、リュウが一瞬で復活した。何もないのに・・
い、い、いやいやいや、異変があった。ユリナが縮んでいる。身長が160センチから150センチを切るくらい、小さくなっている。
ギルドの中に残っていた人間は、ユリナの変化には気付かない。回復魔法のようなものを見て、あっけに取られた。声も出ない。
ユリナの仲間も悲痛な面持ちでユリナを見ている。
だが、沈黙を破ったのは、トラブルを引き起こしたあいつだ。
「ユリナ、やっぱりお前は他人も完全回復できるのか。我がカスガ男爵家が後ろ盾になってやる。王にも会わせてやる。一緒に来い!」
しくじった。
騎士4人を拘束していたから油断した。殴り倒して放置していたワルダーが、ギルドの受付嬢の首にナイフを当てて人質に取っている。
これで完全な犯罪者だが、そんなことを言っている場合ではない。
「そこの職員と冒険者、騎士達の拘束を解け。そしてユリナ、1人でこっちに来い」
最悪だ。
ユリナは、立ち上がって言った。
「分かった。その受付嬢さんを離して。ワルダー、あなたと一緒にカスガ男爵家に行くわ」
「ユリナ!」
「リュウ君、ここでお別れよ・・」
リュウに小さな革袋を渡した。
解放されたワルダーの騎士1と騎士2が左右からユリナをつかんだ。
「汚い手で触らないで。後悔するわよ」
「へっ。こんな細い腕で何ができる」
「そっちこそ、痛めつけてやろうか」
ユリナの雰囲気が変わった。
「とうか・・」。何か呟いた。
「おらっ、来い!」
「生意気な・・え?」
俺は息を飲んだ。
騎士2人がユリナをつかんでいた手が離れた。
手首から指先まで、骨に皮を張り付けたように干からびて、物が握れないのだ。
ユリナが『超回復』と唱えたときと同じく、魔力反応はゼロだ。
「うわわわわ!」
「俺の手、手がああ!」
あっ、ユリナの身長が元に戻っている。
何なのだ、あの現象は?
異変を感じた騎士3、騎士4がユリナに近付いたとき、彼女はなんと、自分の首にナイフを刺した。
瞬時に吹き出す血が止まったユリナは、怯んだ騎士2人の手をつかみ呪文を唱えた。
今度は聞こえた。「等価交換」だ。
片方の手がミイラ型モンスターのようになった騎士4人を見てユリナは言った。
「座って、いい子にしてなさい。そしたら元に戻してあげる。勝手に立ったら一生そのままよ」
「あ、あ」
「ひいいい」
騎士4人は従った。
ユリナはワルダーに向き直った。
「く、来るな、来るな。この受付嬢を殺すぞ!」
「・・殺れば?」
悪手だ。ワルダーは虚勢は張るが気が小さい男の典型だ。
受付嬢の首に当てていたナイフを思い切り引いてしまった。
ブシュッ。頸動脈が切れた。
受付嬢の首から吹き出す血を浴びながら、ユリナは受付嬢に急接近し、顔に手を当てた。
『超回復』
「え、あれ?」
ユリナに引き寄せられた受付嬢は、自分の首を手で触り、何が起こったか分からないでいた。
「ワルダー、おとなしくしなさい」
「ひいいい、来るな」
ザクッ、ザクッ、ザクッ。
ユリナはワルダーの振るうナイフが当たっているのに、何もなかったかのように立っている。
「リュウ君を殺そうとした奴は、楽に死なせてあげない」
ユリナは手を伸ばすと、指先をワルダーの下唇に当てた。
「等価交換」
「ひゃひへょ?へ?ひゃひゅへり」
ワルダーの下の歯茎がむき出しになり、歯が何本も抜け落ちて舌もしぼんでいるようだ。
ユリナは自分の手首を切り、ワルダーの両手をつかんで再び同じことをした。
「あなた達、男爵家の馬車で来たんでしょ。停車場に案内しなさい。嫌なら、手も口も治さない」
戦う決意をした者の目だ。
ユリナのスキル。
あれは女神、はたまた魔神のスキルだ。
自分の体を分け与え、リュウの傷を癒やしたのだ。
かと思えば、敵の身体を壊して自分の体を修復している。
魔法戦士の視点で見ると、戦う能力としては穴だらけだ。
だが、あの力があれば「聖女」になれる。
逆に「悪魔」として追われる危険性もある。
もっと彼女の活躍を見ていたいが、彼女は街を出て行くだろう。
箝口令を敷く前にギルドから何人か出て行った。
その中に、領主が飼っている諜報員もいた。話はすぐに、領主のカナミール子爵にも届くだろう。
ちょうど王も延命のため「未知のスキル」を探し、各貴族に情報提供を求めている。タイミングも悪すぎる。
子爵自身はまともなほうだ。だが貴族として、あれほどのスキルを放っておくはずがない。
それを分かっているから、ユリナの仲間は人前での使用を止めたのだ。
ユリナ、お前は私の想像以上にとんでもないものを手に入れた。
けれどいつか、お前が望む「ささやかな幸せ」をつかめることを祈りたい。
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