上 下
28 / 51

第二十八話 招来

しおりを挟む
「我の身をよくも台無したな。あの老いぼれを殺る前にお前を始末してくれる」
 潜む者は丘から這い出して身体全体を公一の目に晒し、低く響く叫び声を上げて公一に向かって吼えた。
 身体を引きずる音の響きが体の醜さを一層際立たせた。

「仲間といっても自分の身可愛さで見殺しかい? 利用する事しか考えてなかったな」

 未だに燃え盛っている破邪の炎を背にして潜む者は人間の消化器官の様に伸びた体をくねらせた。
 長い胴体には潜む者の犠牲となった猿達の手足が不恰好に生え、中には寸足で空中を蹴るだけの足もあった。

「長い胴体にたくさんの足かい? まるでムカデだな。だがな俺の国のムカデの方が美しく可愛いもんだぞ」

「減らず口を叩くな! 我を貶めることは我が主を愚弄するのと同じと思え」

「俺が言っても判らいだろうな。いますぐに違いを見せてやるよ」
 公一は間髪を入れず招来の呪文を高らかに叫んだ。
「来たれ」

 潜む者はこれから顕れる何者かを警戒して油断なく身構えた。

 公一の胸の中に一抹の不安がよぎった。自分の元いた所と全く違う世界で彼が呼んだ「お使い」が招来に応じてはくれるのだろうかと。
 その時、公一の心の中にノイのいたずらっぽい、そして何処かはにかんだような顔が浮かんだ。
 心の中のノイ姿は公一から心中の不安を消し去り、自分の招来の呪文に対しての強い自信を生んでくれた。

 しかし自信が出来たとはいえ、公一にもこれから起こる事が予想できず息を殺して待つしかなかった。

 辺りには破邪の炎が汚された死骸を焼く微かな音が響くだけで、空気の揺らぎや何かが近づいて来る気配など五感に感じる事は何もおこらなかった。
 
 潜む者の哄笑が緊張を破った。
「ひ、ひひひ… 何も来ないではないか。お前の呪文も全く役には立たないな。そもそも、お前が呪文をつかえたかも怪しいものだ」

 公一は潜む者の嘲笑う声を全身で受けながら槍を体に預け合掌をしていた。

「なめた奴め、何もおこせないばかりか素知らぬふりか。その度胸だけは認めてやる。が、我と主を愚弄したことは命をもって償ってもらうぞ」

 公一は一礼をして潜む者に改めて潜む者に目を向けた。 
 その哀れみをたたえた表情を見た潜む者は、大きく見開いていた目を細め
いぶしげに見返し腹の底から響く声で脅した。
「何をたくらんでいる。小細工は効かぬぞ。今更ながらの命乞いもだ」

「小細工はしない。俺が心配なのはお前を生きて連れて行けるかだ」

「この期に及んでまだ減らず口を叩くか。ならば試すがよかろう」
 潜む者は公一の前に消化器官に似た全身を伸ばしそびえ立った。赤黒い体の色はぬめりを帯びた体は背後の破邪の炎の光を浴びて一層不気味さと不吉さを漂わせた。
 不揃いに生えていた猿たちの腕を、辺りに不快な音を響かせながらゆっくりと体の中に引き込んだ。

「そのままじっとしていろ。それとも恐ろしくて動くことが出来ぬか?」
 潜む者は思った以上の速さで、何時でも締め上げることが出来るように公一をを中心にとぐろを巻いた。

「なんだ一気に締め上げないのか? こんなに間合いが空いていれば、すぐにでも逃げられるぞ。それともこの槍が恐ろしいか?」
 公一は槍の調子を取るように石突きで床を突いた。

「強がりは、この刃の全てを躱すことが出来てから言え!」
 潜む者が歯を食いしばり全身を震わすと、身体の中に引き込んでいた猿たちの腕が蛇が鎌首をもたげるように一斉に姿をあらわした。
 猿たちの手には各々、剣や槍が握られており、その刃は全て公一に向けられていた。
「ああ、まさに奥の手だな。まだ隠しているだろう? あと矢だよ矢。お前が死んだ猿たちから取り上げてたやつだ」

「知っていたも避けられるとは限るまい。後悔して死ね。ゆっくりと切り刻んでやる」
「俺は逃げないし何もしない。俺を切り刻む前に少しだけ後ろを気にしたらどうだ?」

「何を言いたい。お前を助ける者など来なかったではないか」
潜む者の目に映ったものは死骸の丘に火が残った墨が赤い光を放っているだけだった。
「また悪あがきか、いい加減……」
 潜む者はそこまで言いかけ口をつぐみ注意深く丘全体に目をくばった。
 そして悪意に満ちた表情はそのまま固まったように動かなくなった。ようやく気がついたからだ。自分とは異質な物の存在に。

 潜む者が丘の燃え残りの炎だと思っていた火の揺らぎは模様だったからだ。
 模様の持ち主は死骸の丘全体に巻き付くようにしてとぐろを巻き、長く伸び触覚を細かく震わせていた。赤く燃える目で公一と潜む者を静に見つめ、顎は獲物をいつでも食いちぎる準備でもしているかのように乾いた音を出し始めた。

 公一が呼んだ「お使い」が現れていたのだった。

 炎をまとったムカデ恰好をした「お使い」は頭を上げ触覚を伸ばし震わせた。
 それに答える様に丘の頂上の空気が揺らいたと思うと空中から動物の前足が突き出された。
 逞しい前足は鋭い爪と黄色と黒の縞模様があり、死骸の丘に爪を突き立てると空中からのっそりと全身を表した。
 別の「お使い」も現れたのだった。

「虎も送ってくれたのか……」
 公一は感謝の気持ちをこめ感謝の呪文を呟いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生してギルドの社畜になったけど、S級冒険者の女辺境伯にスカウトされたので退職して領地開拓します。今更戻って来いって言われてももう婿です

途上の土
ファンタジー
『ブラック企業の社畜」ならぬ『ブラックギルドのギル畜』 ハルトはふとしたきっかけで前世の記憶を取り戻す。  ギルドにこき使われ、碌に評価もされず、虐げられる毎日に必死に耐えていたが、憧れのS 級冒険者マリアに逆プロポーズされ、ハルトは寿退社(?)することに。  前世の記憶と鑑定チートを頼りにハルトは領地開拓に動き出す。  ハルトはただの官僚としてスカウトされただけと思っていたのに、いきなり両親に紹介されて——  一方、ハルトが抜けて彼の仕事をカバーできる者がおらず冒険者ギルドは大慌て。ハルトを脅して戻って来させようとするが——  ハルトの笑顔が人々を動かし、それが発展に繋がっていく。  色々問題はあるけれど、きっと大丈夫! だって、うちの妻、人類最強ですから! ※中世ヨーロッパの村落、都市、制度等を参考にしておりますが、当然そのまんまではないので、史実とは差異があります。ご了承ください ※カクヨムにも掲載しています。現在【異世界ファンタジー週間18位】

灰色の冒険者

水室二人
ファンタジー
 異世界にに召喚された主人公達、  1年間過ごす間に、色々と教えて欲しいと頼まれ、特に危険は無いと思いそのまま異世界に。  だが、次々と消えていく異世界人。  1年後、のこったのは二人だけ。  刈谷正義(かりやまさよし)は、残った一人だったが、最後の最後で殺されてしまう。  ただ、彼は、1年過ごすその裏で、殺されないための準備をしていた。  正義と言う名前だけど正義は、嫌い。  そんな彼の、異世界での物語り。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

未知なる世界で新たな冒険(スローライフ)を始めませんか?

そらまめ
ファンタジー
 中年男の真田蓮司と自称一万年に一人の美少女スーパーアイドル、リィーナはVRMMORPGで遊んでいると突然のブラックアウトに見舞われる。  蓮司の視界が戻り薄暗い闇の中で自分の体が水面に浮いているような状況。水面から天に向かい真っ直ぐに登る無数の光球の輝きに目を奪われ、また、揺籠に揺られているような心地良さを感じていると目の前に選択肢が現れる。 [未知なる世界で新たな冒険(スローライフ)を始めませんか? ちなみに今なら豪華特典プレゼント!]  と、文字が並び、下にはYES/NOの選択肢があった。  ゲームの新しいイベントと思い迷わずYESを選択した蓮司。  ちよっとお人好しの中年男とウザかわいい少女が織りなす異世界スローライフ?が今、幕を上げる‼︎    

処理中です...